第40話 エピローグ

 一連の騒動の後。

 イオニスが意図した通り、国民は救国の英雄として彼を讃えた。


 そのため、王宮に戻ったイオニスの思惑通りにことは運んだそうだ。

 正門から帰ったイオニスは、助かった大臣たちや貴族達に称えられつつ、国王に成果を堂々と報告したのだから。

 国王は彼をどうにもできなかった。

 

 けれど悪魔を解き放ったのが王妃であるとは明かされなかった。

 それは密かに知らされた大臣達から糾弾されようと、国王が唯一譲らなかった事だ。

 イオニスの出生について伏せられたのも、王妃のことを伏せるために必要でそうなった、という状態だったようだ。


 その決定を下したアウグスト王は、今王妃カトリーナと向かい合っていた。

 悪魔が封印から解かれた騒ぎから、一日が経っている。


 クリストに救われて王城へ運ばれたカトリーナは、目覚めてから水以外の物を口にせずにいた。そのせいか、顔には血の気が足りない。

 彼女は国王が向かいに座ると、深々と一礼して自分を処刑するように告げた。


「なぜ……処刑などと」

「私が国民を、陛下を裏切り、そして王都を滅ぼそうとした大罪人だからでございます」


 王妃は少しだけ、自虐的な笑みを口元にひらめかせる。

 渋面になった国王は、彼女に問う。


「なぜ……子供を入れ替えるなど」

「貴方への報復でした」


 既に自暴自棄となっているらしい王妃は、すらすらと応えた。


「貴方が王の権力で私を召し上げ、望まぬ結婚を強いられた私の、あなたへの復讐です。けれど国民を謀るのは私の本意ではなかった。だからイオニスの立太子を止めさせようとしたのです」


 自分の王妃が、堂々と復讐したいと告げたのだ。

 驚くかとおもいきや、アウグストは長いため息をついただけだった。


「正直、俺の子供ではないとは分かっていた。あまりに似ていなさすぎる。それでも良かったんだ。お前がそばに残ってくれるならと。だが、王都の民を巻き込む前にどうして言ってくれなかったのだ。お前がそれほどまで厭うなら、辛いが手元から離すことも……」

「耳を貸さなかったのはあなただわ!」


 王妃は激昂して立ち上がる。


「ならどうして最初に私を無理に召し上げたの! 私の意見など何も聞かずに! それなのに今更わたしを手放してもいいですって!? そんなことをしたら、あなた私の親族をどうする気? 国王から見放された王妃の一族として他の貴族からの批判は避けられない! そんな状況になるとわかっているのに、どうやって逃げろというのよ!」

「カトリーナ……」


 王妃は、もうどうなってもいいと思ったのだろう。

 自分の罪は明らかにされることはない。であれば、王妃の係累に咎が及ぶこともないのだ。

 だから今まで従って来た国王に、不満を叫ぶことができたのだ。


 薄く扉を開いて続きの間で二人の言葉を聞いていたイオニスは、ため息を飲み込む。

 確かに、最初に采を投げたのはアウグストなのだ。


 国が国としてまとまるには、貴族達は国王に服従しなくてはならない。

 そういう慣習が骨の髄までしみこんでいる貴族のカトリーナには、国王に反抗することなど考えもつかなかったのだ。

 結果、逃れる先が見つからなかったカトリーナは、自分ではなくイオニスや多数の人間を犠牲にしようとした。


 理由はわかる。

 カトリーナは哀れな女だった。

 悪魔の祭壇の前で、自分のしたことに恐怖し怯えて泣く彼女を見た時、イオニスは初めて憎悪の対象以外として彼女を認識したのだ。だから悪魔から庇ってしまったのだが……。


 あくまで二人とも、犠牲にしようとした他者のことなど考えの範疇外のようだ。

 イオニスは意を決して、扉を叩いてみせた。


 はっと二人が扉を開けたイオニスを見る。

 カトリーナは怯えをにじませて。アウグストは自分の情けない姿を見られた羞恥ゆえか、苦悩を眉間の皺として表している。


「失礼とは思いましたが、元家族として話を聞かせて頂いておりました」


 そう言うと、二人とも顔を伏せ気味にする。

 一応は、どちらもイオニスへの後ろめたさがあるのだろう。


「父上、と便宜上そう呼びましょうか」


 イオニスはアウグストに言った。


「国民の誰が、王の意思に逆らえると思っていたのですか?」


 問いに応えず、アウグストはうつむいたままだった。


「母上は自分の大切なものを守るために、こうするしかなかった。それは、全てあなたの失点です」


 だから、とイオニスは続けた。


「ご退位なさいませ。そうすれば、母上は王妃の責務を負わずに済むこととなり、あなたから解放されて一人で静かにお暮らしになれる。相手の意思を考えることもなく行われた略奪愛の代償としては、それが一番適当でしょう」


 退位、の一言にアウグストが顔を上げる。


「だがお前は……」


 血を引いていないと言いたいのだろう。


「私にも王家の血ならありますよ。いみじくも、目の色が似ていない言い訳に使った古王国、その魔法を扱う術も実は手に入れております。……あの悪魔を倒すためにね」


 視線を向けると、王妃はハッとしたように目を見開いた。


「それに今そのことを公表したとしても、国民も貴族も反対はしないでしょう。再び悪魔が現れるようなことがあれば、皆助けてくれる者にいてほしいはず」


 悪魔を封じた功績には文句を付けようがない。そう主張されて、アウグストは押し黙った。

 その様子を見て、さらに押そうと考えたイオニスだったが、近づいてくる荒々しい足音に、そっと扉の前から避けて別な言葉を口にした。


「それに、私は父上と違って良い相談役がいるのです」

「この馬鹿王子! ふざけるのもたいがいにしなさいって言ったで……っ!」


 怒鳴り込んできたリサに、同室していた国王も王妃も目を丸くして呆ける。

 彼らと目が合ったリサも、まさか他に人がいるとは思わなかったようで、硬直してしまった。


 ただ一人平然としていたイオニスが、笑みを含んだ声で言う。


「このように、私は罵倒されても受け入れる寛容さがありますし、有り難くも罵倒してくれる人がいます。きっとあなた方のように道を間違えることはないでしょう」


 イオニスはそう言うと立ち上がり、扉の前で立ち尽くすリサの側へ歩み寄る。


「え? 何? 何話してるの?」


 一緒にいるのは王と王妃ではないだろうか。だから重要な話の途中で割り込んだのかとうろたえるリサに、イオニスは「気にしなくて良いよ」と告げる。


「それよりも仕事の件だけど」

「あ、それより先にこっちの話よ! どうして私がこんなところで暮らすことになってるわけ? 勝手に決められちゃ困るのよ!」


 悪魔を倒した直後にリサがイオニスに頼まれた事。

 それはリサに地下迷宮の遺物発掘を、イオニスに代わって請け負うことだ。

 悪魔の祭壇などの件もあり、臣下からしっかりと地下迷宮を王家の管轄下に入れるべきだという主張が相次ぐのは予想されていた。


 それに応え、イオニスはリサに管理官を任せることにした。

 書類仕事は他の者に任せ、リサは赤色の鍵の面々や元の仲間と共に、今まで通り好きな地下探索をさせようというつもりだった。

 その地下迷宮管理官として、リサに王城の中に部屋を用意したのだ。


「城からでも遺跡の中には入れるじゃないか。そのまま遺物を見つけたら城に直行できる。何の不都合が? 誰かに会いたいなら、君のことだから、そのまま地下を通って王都のどこにでも行けるだろうし」

「そりゃそうだけど……。だって」


「キケルも城で飼えばいいし。そもそも貧民街にはそんな場所、ないだろう?」


 そこをつつかれると痛いのだろう。リサは困った表情になる。

 巨大化しきったキケルはヒヨコに戻ることはなく、王城北に広がる悪魔の祭壇があった広大な狩り場で、勝手に巣を作って棲みついているのだ。


「それに城に住めば、帰ってきたらすぐ召使いに言って、君を隅々まで綺麗にさせることができる」


「埃だらけになるのは仕方ないじゃない。職業的なものだもの。絨毯や床とかは汚さないように気を付けてるってば」


 拗ねるリサは、昨日から王宮にいるため、小綺麗ながらも少年が着るような簡素な服装だ。きっと用意したドレスは貧民街に戻る際に邪魔だからと着なかったのだろう。

 そうはさせない、とイオニスは思う。


「でも私は嫌だね」


 イオニスは、リサが拒否する間もなく彼女を抱き上げた。


「ちょっ……」

「さすがに砂まみれの女の子を抱きしめる趣味はないんだ。……それに昨日、もう一つ約束してくれただろう? ずっと傍にいてくれるって」


 後半部を耳元で囁くと、リサは顔を真っ赤にして大人しくなる。

 イオニスは上機嫌で国王夫妻を置き去りに部屋を出た。

 国王夫妻があっけにとられた表情で、自分達を見ているのがとても爽快な気分だった。


 さぁ、まずは着飾ることに彼女を慣れさせなければ。

 新しい国王の傍にいても、おかしくないように。

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異世界の迷宮で王子様と出会ったら 佐槻奏多 @kanata_satuki

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