第39話 そして彼は陽光の下で6

「終わった……か」


 つぶやきに首をめぐらせると、自力で上体を起こしたユシアンが、疲労の張り付いた顔で祭壇の方を向いていた。


「うん。終わった……みたい」


 その場に座り込みながら、リサはつぶやいた。


 リサの予想以上だった。

 古王国の血を継いでいるのなら、きっとイオニスには魔法が扱えるはずだと考えたのだ。だから彼に呪を詠唱させた。そして彼は無事、悪魔を異界に送還したのだ。


 なにせリサは、文字が読めても魔力があるわけではない。

 イオニスができなかったら、もう諦めるしかないとまで思っていたのだ。


 少し離れた場所で、瓦礫の下からクリストが這い出すのが見えた。彼は気を失っているらしい王妃を抱えている。あちらも無事だったようだ。


 ほっと顔を見合わせるユシアンとリサを、強い風が撫でていく。

 風の源へ顔を向ける。青白い体が傷つき、満身創痍になったキケルが地上へ降り立ったのだ。そしてゆっくりとクチバシに加えていた人物を下ろす。

 彼は瓦礫の上に降りたものの、足を痛めたのか、そのままよろけて座り込んだ。


 リサは彼に向かって走った。

 無茶をした彼は、せっかく治したのにあちこち怪我を増やしている。とくに足の辺りは、白っぽい服を着ていたのに血で赤黒く染まっていた。

 それでも、ちゃんと生きている。


「イオニス、この馬鹿っ!」


 駆け寄って、顔もじっくり見ずにリサは彼を抱きしめた。


「なんであんな無茶するのよ! もうちょっと考えれば、きっと安全な方法だって見つかったかもしれないじゃない!」


 怒るリサの腕を、イオニスがなだめるように叩く。


「どちらにせよ、誰かが確実に悪魔にナイフを刺す必要があったんだ。君にはさせたくない。だから私がやった。それだけは譲らないよ、リサ」


 強情に言い張る王子に呆れ、リサは抱きしめた腕を放して座り込む。

 顔を合わせたイオニスは、憑きものが落ちたように暗い影のない笑顔を見せてくれる。

 それは彼が初めて見せた微笑みよりも、ずっと綺麗に見える笑顔だった。


「でも王子がこんな危険なこと……」


 なおも渋るリサの手を、イオニスが握りながら言った。


「王子だからだ。王子という生き物はね、騎士達の模範として姫君を守るように教え込まれるものなんだから」


 そう言って、イオニスはリサの手を持ち上げ、手の甲に口付けた。

 ふれた柔らかな感触に、リサは隠し通路での口づけを思い出して頭が沸騰しそうになる。


「え、や、姫って。わたし、ただの貧民街の子供で……」

「さぁ、帰らなくてはならないな」


 赤面するリサを楽しげに見ながら言って、イオニスが斜め前方を振り仰いだ。

 その先には、少し離れた場所に白い王城が見える。悪魔の被害を受けてか、王城の塔のいくつかが壊れ、白壁にも焼け焦げた後が広範囲に残っている。

 そのうえあちこちから煙が立ち上っていた。


「帰って……大丈夫なの?」


 王妃が無事なのはいいが、これだけの騒動を起こしたのだから、彼女は国王に全てを明かさなければならないだろう。

 そうしたら、イオニスが実子ではないことが分かってしまう。もしかしたら王妃を庇うために、国王はイオニスに悪魔を呼び出した罪をかぶせ、排除するのではないだろうか。


 イオニスはそんな不安などものともせず、艶やかに微笑んだ。


「心配はいらない。誰にも有無をいわせない方法を見つけたから」



 そしてイオニスは、リサと共に再びキケルの背に乗った。

 キケルはユシアンがまだ残っていた発掘品の力を使って翼を補修したので、元気に飛んでくれた。

 わざわざキケルの背に乗ったのはどうしてなのかというと、


「王子様が乗ってる!」

「さっき悪魔と戦ってたこれは、竜?」

「王子が悪魔を倒したの!?」

「イオニス殿下万歳!」


 低空を飛ぶキケルを見上げる人々が、口々にイオニスをたたえた。

 イオニスはキケルの背から手を振っていた。

 そして楽しげに隣にいたリサに話しかけてくる。


「どうだリサ。これで私は救国の英雄。これで誰も私を排除できないし、国民の支持を得た私が王位を得ることを邪魔できる者はないだろう。共に国民の目に触れた君も、国王や王妃が始末することもできなくなっただろう?」


 褒めてくれと言わんばかりの態度に、リサは思わず苦笑してしまった。


「ほんとに、悪知恵ばかり働く王子ね」


 するとイオニスは嬉しそうに微笑んだ。


「君の望みを果たそうと思うと、これしか思いつかなかっただけだよ」


 イオニスが復讐をしないこと。

 けれど彼が本当の王子ではないと知られることがあっても、国王に処分されない理由をつくること。

 リサがイオニスの出生の秘密を知ったからと言って、誰かに殺されたりしないようにすること。

 たしかにその条件を全てクリアするには、この方法が一番だったかもしれない。


 あと、とイオニスは付け加える。


「赤色の鍵や貧民街の人間が協力した事を知らせて、功績と引き替えに特例として彼らに再び都民権を与える事が出来る」


 なにせ王都崩壊の危機を救う手伝いをしたのだ。

 リサとの約束も、これで果たされる。当初予想した以上に完全な形で。


「ありがとう……」


 リサは思わず涙ぐみそうになった。天へ行ってしまった養父に、貴方の望みは果たされたのだと大きな声で叫びたい。

 リサは嬉しさで胸がいっぱいになっていた。


「その代わりといってはなんだけど」


 イオニスは新しいいたずらを思いついたような表情で、リサを見る。


「君に頼みがあるんだ」

「また頼み?」

「そうだよ。君にしかできないことだ」


 イオニスが嬉しそうにすればするほど、リサはなぜか嫌な予感がするのだった。

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