第10話 彼と彼女の思惑5

「助けてくれるのは有り難いが、何の目的でそんな申し出をしてくるのかがわからない。取引の末、とんでもない要求をされても困る」


 イオニスの言い分はもっともだ。

 特に王子なら、その後で何を要求されるのかわからない……と思ったところで、リサは自分のことを振り返る。


(そう、ひどい要求じゃないよね?)


 貧民街の人の地位向上を願うのは、それほど悪いことではないと思う。そう自分に言い聞かせた。


「何より悪いのは、取引したあげくに彼らに私を脱出させる力が足りないことだ。だから調べてくれ。この赤色の鍵が親切心から申し出たのなら、彼らに頼ろうと思う。壁を壊して脱出するだけならいろいろ手があるが、君一人で幽閉された王子をかくまうのは難しいだろう? 最悪はそうしてもらうつもりだが。どちらに助けてもらうにせよ、君の要求は飲む」


 リサはうなずいた。だが心の中がざわざわする。

 養父が始めた地下迷宮の発掘。

 リサはそれを買い取る商人のこともほとんどを把握しているし、購入していく貴族のことも、いくらかは知っている。


 だけど赤色の鍵なんて組織の話は聞いたこともない。

 ……が、リサの脳裏をよぎった記憶がある。


 先日目撃した、見慣れない赤いローブの集団。

 もしかしてあれは、赤色の鍵の関係者だろうか。


 考え込んでしまったリサに、イオニスは「わかる範囲でいい」と言ってくる。難しい顔をしていたので、無理ではないかと心配したのだろう。


「ううん、調べるよ。私も自分が知らない人間が王都で遺物を扱ってるっていうのは、なんか気持ち悪いし」

「では頼む。万が一なんだが、この赤色の鍵が国家の転覆を狙う者という可能性もある。たまたま誘拐犯が赤色の鍵の仲間をただの使用人だと思って使い、そこから私が幽閉されたことを聞きつけたのであればいいが……」


 そう話したイオニスの表情は険しい。だけど、リサは今までで一番王子らしい印象を受けた。


「そして二つ目の頼みだ」


 こちらの方を先にしてくれると有り難いんだが、と前置きしてイオニスが告げた。


「私の部屋から、一通の手紙を持ってきて欲しい」

「私に、王宮へ忍び込めっていうの?」


 とんでもないことを要求されて目を見開くリサに、イオニスが説明する。


「とても重要なものなんだ。それを王都に住む、ある女性に渡してほしい。犯人に関わる情報を知るために、それを渡して彼女から聞き出したい事があるんだ」


 そう言ったイオニスは、あらかじめ用意していたのだろう簡単な見取り図と説明を書き入れた紙を渡してきた。


「これが王宮の簡単な見取り図だ。斜め線で影を入れているのが隠し通路。およそこの辺りを通っている」


 イオニスの指が、自室からすっと上に向かって滑り、王宮の外郭をなぞって外へと移動していく。


「隠し通路は、王の部屋と私の部屋、玉座の間に繋がっている。ほとんどが地下になっているから、この部屋のようにどこからかつながっているだろう。そういう場所がなければ、王宮外縁の北の森の中に入り口がある。しかし王家の墓所の近くだ。警備の兵がいる。それを回避するとなると……地下でつながった道を探せる人間の方がいい。君にそれを頼みたい」


 一気に説明されたことを、聞き逃さないように頭の中で反芻し、リサはうなずいた。


「ん、わかった。なんとか地下で繋がっている所を探して侵入する」


 イオニスから、更に女性の住む場所と尋ねる事を書いた別な封書を受け取る。

 これは直前まで封を開けないようにと言われた。重要なことなので、万が一外部に漏れてはこまるからと。また、イオニスの部屋に忍び込めなかったら、燃やして捨てるように言われた。


 それらをリュックに仕舞い、リサが暇を告げようとした時だった。

 こつこつこつ。

 どこからか乾いた音が聞こえてきた。

 とっさにイオニスもリサも周囲を見回した。誰かの靴音かと勘違いしたのだ。しかしもう一度響いた音は、足音とは似ても似つかない。しかもかなり近くからする。


 そこでリサは音の発生源を探し回り「あっ」と声を上げて自分の胸を見た。

 上着のポケットの中。

 昨日卵形の変な物を入れた場所だ。すっかり忘れていた。


 音がするってことは、やっぱり古王国の品だったのだろうか?


 期待してポケットから卵形のものを取り出したリサは、唖然とした。それを壁の穴から覗いていたイオニスも、口をぽかんと開けて王子様らしからぬ表情になる。

 取り出した卵には、ヒビが入っていた。

 しかも内側から殻が壊され、ぼんやりしているうちに、黄色いクチバシが見える。


「おい、なぜ鶏の卵なんて持っているんだ?」

「や、これ、鶏の卵じゃないはずなんだけど! だって私、地下で見つけて、発掘品だと思ったから拾って……」


 あんな壁画に隠された場所で、ぽつんと残されていたのだ。鶏が産んだにしても、古王国時代に産んだままなら確実に腐っている。数百年経っているのだから、化石状態になっていてもおかしくない。


 否定するリサの前で、しかしあきらかにヒヨコっぽい生き物が顔を出した。

 ピヨピヨ鳴きながら這い出すヒヨコの動きで殻が割れ、リサの瓦礫に当たってイオニスの部屋へと転がり落ちていった。


 濡れた羽毛のヒヨコは、ピヨピヨ言いながらリサを見上げてくる。

 じっと目を合わせて呆然としていると、イオニスが吹き出した。


「くっ、くくくっ……」


 リサはヒヨコから笑い続けるイオニスに視線を転じる。彼はこちらをのぞき込むのを止め、苦しそうに体を折り曲げて笑っていた。


 リサもどう反応していいのかわからない。ヒヨコはまだ鳴き続けている。

 とりあえず鳴き声でこの隠し穴がばれるのはまずい。ようやく廻りだした頭でそう考え、リサはイオニスに暇を告げた。


「あの、とりあえず今日は帰るから」


 リサはヒヨコを元のポケットへとりあえず戻し、煉瓦をはめ込む。そして何かのひょうしでヒヨコをつぶさないよう、慎重に地上へと戻り始めた。

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