第9話 彼と彼女の思惑4

 翌日、リサは探索のための準備を整えた。

 けれど発掘品が目当てで潜るわけではないので、かなりの軽装だ。


 いつもより慎重に人目につかないように移動し、川原の入り口から地下へ降りる。

 目指すはあの場所だ。

 到着すると瓦礫をとりのぞき、煉瓦をその辺りの石ころで二度叩く。


 いかにも固そうな音が空洞の中に反響する。

 リサはそのまま返事が来るのを待った。

 ややあって、イオニスが向こう側から煉瓦を引き抜いた。そのまま彼は上下の煉瓦を次々と外していく。


「って、いつの間に穴広げたの?」

「幽閉生活というのはけっこう暇なものでな」


 暇つぶしに少し穴を広げたようだ。

 呆れながらもリサは彼に告げた。


「……あなた、病気ってことになってるらしいわよ」


 外した煉瓦を渡そうとしていたイオニスの手が止まる。けれどそれはほんの一瞬だった。


「そうか。その情報は誰から?」

「知り合いの、親族が王宮の下働きしてる人から」

「そんな末端まで知っているということは、国王陛下が私の不在を誤魔化すために、わざと噂を流したのかもしれないな」


 イオニスに渡された煉瓦を受け取って脇に置き、リサは瓦礫の上に腰掛ける。そうすると穴と頭の高さが丁度良く、楽なのだ。

 それを見たイオニスが不満を漏らす。


「こっちは中腰だというのに、お前だけ楽そうでずるいな」

「椅子を持ってきたらいいじゃない」

「誰か来た時に、こんな所に椅子を置いていたら怪しまれるだろう」


 イオニスはため息をついて、一度背を伸ばす。

 そうすると、丁度組んだ腕が見えた。確かに屈まなければ穴のこちら側が見えないだろう。


 可哀想になったリサは、穴から顔を出してみせた。体が小さいリサなら、窮屈ではあるが通り抜けられそうな穴の大きさになっていたのだ。

 イオニスは少々驚いたように目を見開いたが、膝をついてリサと頭の高さを合わせてくれた。これで話しやすい。


「で、私が王子だと納得してくれたか?」

「まぁ名前は同じだし、一応行方不明でもおかしくない状況ではあるし」


 面会を制限してしまえば、あとは医師と少数の世話係が口をつぐめばわからなくなるだろうから。


「でも、それならあなたのお父さんがそのうち探し出してくれるんじゃないの? 王宮は王様の持ち物でしょ?」

「そして大人しく待ったあげく犯人に先に殺されて、死体で発見されるのはごめんだな」


 思わずリサは黙り込む。

 幽閉した人間が見つかれば、その口から犯人の名前が出てくるのは当然だろう。それを恐れてイオニスを殺してしまう、というのは十分あり得る話だ。

 そこまで考えていなかったリサはうつむき、ふと気付いた。


「犯人が誰かわかってるの?」

「だいたい予想はつく。その人物の目をかすめて、脱走するためには協力者が必要だ」


 改めて頼みたい。そう言って、イオニスは再びリサと顔を合わせる。


「代わりに、私に出来る限りのことはしよう。手伝ってくれないか?」


 その真摯なまなざしに、リサはつばを飲み込んだ。そしてここへくる道すがらに考えていた言葉を、舌にのせる。


「あなたは、脱出したら王太子になるのよね?」

「問題なければ」

「なら、貧民街の人間を都民に格上げしてほしいの」


 そう申し出ると、イオニスは目を丸くした。

 

 リサはイオニスの言葉が本当かどうかを確かめる前から、ずっと考えていた。

 もし本当に王子なら、と。

 王様になにかしらの意見を言うことはできるだろう。それが通るかどうかは別だが、王太子になるのならまず無下にされることはないはず。

 そんな人と知り合えたのなら。貧民街のことを頼みたい。

 自分と仲良くしてくれる人達が、これからもっと穏やかに過ごせるように。そして、養父が願った通りに、貧民街の人達も普通の生活が送れるようにしたかった。


 あとついでに、王都に籍すらもないリサを、そこに加えてほしいのだ。

 別な世界から来たからこそ、何か自分がここにいるという証明が欲しかった。

 ここでずっと暮らしているのに、それでも時々、日本で暮らしていた小さな頃のことを思い出して、今が夢の中ではないかと疑ってしまいそうになる。だから自分が確かにここに存在すると、第三者が証明してくれるものがあれば、と思うのだ。


 声を失ったように答えない彼に、リサは首をかしげる。


「王太子の地位では、そういうのは無理なの?」

「いや、そういうわけではなくて……」


 戸惑った様子のまま、イオニスは呟いた。


「普通女性なら、宝石とかドレスとかを要求するかと思ってたんだが」


 それを耳にして、リサは思わず苦笑う。


「それじゃ王子様に頼む意味がないじゃない。宝石より、私達には食べ物や暖かな住居が必要なのよ。けど私たちが捜した物は、全て信じられないような安値でしか買ってもらえない。私たちが貧民街の人間だから」


 イオニスの目がいつになく鋭くなる。


「そうか」


 王子とはいえ、貧民街の人間の事情は知っているだろう。恐らくは『王都の厄介者』として。


 貧民街の人々は定住者ではない。廃墟に勝手に住み着いているだけだ。

 けれど商売をするには役所へ都民として登記している者でなければならない。確実に税金をとりたてるためのシステムだ。


 しかし税金も払えなくなって逃げたのが、貧民街の人間だ。申請を出したとたんに、逃げ続けていた分の税金を取り立てようとするだろう。利益が出るまでお役人は待ってはくれない。


 そうなると誰かに買い取ってもらうしかない。それが分かっているので、商人達は示し合わせて安値で買いたたくのだ。小作人から搾取する荘園の管理者みたいに。


「だから、直接まともな値段で取引できる基盤が欲しいの。そうしたら、貧民街の人達はお金を貯めて滞納した税をえるようになる。お役所としても、その方がいいんじゃないの?」


 イオニスにとっても都合がいい申し出だろうと言うと、彼は目を丸くして、初めて見る笑みを浮かべた。

 優しい微笑みではない。何かを企んでいるような目で、口元だけ笑った。


「それは君の考えか?」

「一晩考えたわ。貴方のことを誰かに相談なんてできないもの」


 すると彼は「いいだろう」とうなずいた。

 リサは自分の願いが通ったことを素直に喜んだ。


「では、そのためにもまた頼み事を受けてもらいたい。まず一つは、赤色の鍵という古物を扱う者について」

「赤色の……鍵?」


 リサが首をかしげると、彼は訝しげな表情になる。


「最近貴族たちと交流しはじめた、遺物を収集する奴らしい。中心人物は己を古王国の末裔だと言っているらしくてな。今までにない力を持つ遺物を披露してみせ、注目を浴びているようだ」


 何より、とイオニスは一呼吸置く。


「赤色の鍵では特に兵器となる物を集めているようだ。その彼らが、親切にも私を救い出してくれるという」


 そして見せられたのは、小さな紙片だ。細かく折りたたんだ跡がついている。


《脱走をお手伝いが必要なら、ご返信を。赤色の鍵》

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