第8話 彼と彼女の思惑3

 依頼された噂話は集めた。

 後は地下にいたのが本人かどうか確かめなければならない。

 たまたま地下室を掘り当てただけの人間に嘘をつくとは思えないが、一応確認はしておくべきだろう。


 何事も事前に調べることが重要だ、と教えてくれたのは養父オットーだ。


 リサは馴染みの骨董屋へ行き、店の中を見回した。

 が、高値の物を売る店にはあると聞いていた国王一家の肖像らしいものはない。

 ようやく奥に小さな姿絵を見つけたが、それは国王夫妻だけのものだった。


 他に王子の姿絵がありそうな所の心当たりは、一つだけだ。

 王都に四カ所ある聖堂。そこになら絶対あるのはわかっていた。ただ、非常に近づきたくない。


 しばし迷った後、リサは家に帰ってなるべくマシな服に替えてから再び出かけた。


 貧民街を出ると、辺りの様子はがらりと変わる。

 それは昼間から道ばたで安酒を抱いて寝ている人間がいないせいかもしれないし、探索者になるでもなく、迷い込んだ人間から金を巻き上げようという者が、路地の角から周囲を見張っているせいかもしれない。


 もちろん、そういった者にリサが襲われることはまずない。

 貧民街で暮らす人間の大半が、親や夫が探索者であり、寄る辺ない者達同士の横の連携が強固だからだ。誰かが襲われたとわかれば、その相手は貧民街から叩き出されるだけでは済まない。


 元が別世界の人間であるリサも、仲間として扱ってくれる。

 養父を亡くしてもずっとここに居続けようと思うのは、探索者以外に生き方がわからない部分もあるけれど、貧民街のみんなが温かく迎えてくれるからだ。


 中心部へと近づいていくにつれ、人通りが急に多くなる。

 荷物を背負った商人やそれを買う者、旅装の人間から追いかけっこをする子供まで雑多な人々で溢れはじめる。


 大きな通りに入ると、馬車が通った後を清掃する者までいるので道も綺麗だ。

 やがて聖堂に近づく。

 ここにくると今度はエプロンをして家から飛び出してきたような庶民の女性や、腕をまくり上げた力仕事をしている人間はいなくなる。

 代わりに上質の織物を身につけた人々や、召使いを連れた色鮮やかなドレスを着た女性が増えてくる。


 聖堂に礼拝にくる人は富裕層が多い。

 昔は貧民層にも……という神官がいたのだが、彼が地方に飛ばされてからは近づき難くなったのだ。

 喜捨がほとんど期待できない貧民層はお呼びではないと、何らかの理由をつけて追い払われてしまうから。

 そのせいで、明らかに流行など関係ない質素な服を着て聖堂の近くへ来ると、周りから浮いてしまう。


 リサはなるべく隅っこを歩いた。

 目立たないように。道に敷かれたの煉瓦の色に自分が溶け込んで見えるようにと願いながら。


 幸い、聖堂周辺は人通りが途切れていた。

 急いで中へ入り、エントランスをそっと駆け抜ける。

 聖堂の奥には神を模した剣形の石碑がある。樹や蔦が絡み合い、剣のような形をしたものだ。その足元の祭壇には神官が一人いた。


 リサは気づかれないように、さっと聖堂内を見回した。そして国王一家の肖像を探して歩み寄る。

 聖堂の国王一家の絵は、一年に一度は掛け替えられる。だから聖堂の絵を見れば、本人の今の姿がわかるはずなのだ。


「――いた」


 国王らしき壮年の男を中心に、右側に少し頬の肉が落ちてきた王妃。左側にはあのイオニスそのものの青年がいた。


「ほんとだったんだ……」


 リサは思わず声を漏らしてしまった。

 いくらなんでも穴を見つけて掘り進んで、本当に王子様を捜し当てるとは思わなかったのだから。

 が、それがまずかった。


「ちょっと、あの子は何なの?」


 神経質に高ぶった女性の声に振り向く。

 聖堂の戸口から少し入った所に、黒いベールを被り、侍女まで従えたいかにも富裕そうな女性がいた。彼女は不快そうに口元を抑えている。


「乞食がまた何か盗もうとしているのではなくて? そもそも私、この時間は誰もいないからと聞いて来ましたのに……」

「いえ、本当に申し訳ありません。ちょっとお待ち下さい」


 その女性と一緒にいた中年の神官が、一緒に居た若い神官達に目配せする。

 リサはとっさに逃げようとしたが、相手は入り口の近くにいたのだ。すぐに捕まり、乱暴に聖堂の外に放り出された。


 地面に肩を打って倒れるリサを一瞥し、神官達は聖堂に戻っていく。

 こんな扱いに慣れていたリサは、すぐに立ち上がる。

 受け身の取り方も万全だ。


「用事がなかったら、こっちだってこんな所に来たくなかったわよ」


 罰当たりだとは思わない。金持ちにしか優しくない神など、そもそもリサは信じていない。

 そもそもリサは、日本の宗教観を引きずって生きているし、養父もそれを変えろとは言わなかった。

 なので異世界の神様には何も思うことはないし、異世界の神様を信じて人に辛く当たる人達は大嫌いだ。


 それでも気分の悪さを引きずりながら、リサは帰途につく。

 とりあえず地下室の王子に関しては、確認ができたのだから。

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