第11話 彼女の探索1

 イオニスの幽閉先から、リサはなるべく人に会わないように家へ帰った。


 扉を閉めてほっと息をつく。

 なんにせよ、ヒヨコが早々に鳴き止んでくれて助かった。

 ヒヨコをポケットから取り出してみると、ヒヨコはすっかり眠っていた。濡れていた羽も乾いて、ふわふわもこもこしてきている。


「うーん。けっこう可愛いなぁ」


 小さくて可愛い姿に母性本能を刺激されそうだ。

 そして少し懐かしい。

 元いた世界では、両親に連れられて行った動物園とかで度々ヒヨコを見て楽しんでいたからだ。


 ヒヨコをそっと取り出そうとしたリサだったが、ヒヨコの爪が服にひっかかる。人さし指で爪を服の織目からはずし、取り出してみて――首をかしげた。

 鳥は羽と足がある。常識だ。

 だけどこのヒヨコは、足が四本あるように見えるのだ。


 殻が割れた時はヒヨコが寝そべっていたので、よくわからなかった。その有り得ない足は、どうみても手と言いたくなるような位置、小さな鳥胸の脇にくっついているのだ。


「……突然変異?」


 時折、動物で足の指が一本多いものが産まれるという。が、足そのものが増えているなどという話など、リサは聞いたこともない。

 奇妙だとは思ったが、あの親を見上げるように一途なヒヨコのまなざしを思い出す。


 リサは寝床になりそうなパンの卓上篭にヒヨコを入れた。そこにパンくずを少しと、小さな皿に水を入れておいてやった。

 とりあえず、これでリサが帰ってくるまで死ぬことはあるまい。


 リサは再び家を出た。

 貧民街を出ると、町行く人々に振り返られる。

 たいていは、汚い旅人だと思ってくれているようだけど。

 貧民街の探索者だとわかれば、面倒なことになるので急いで通り過ぎることにしている。


 足早に通りを歩くリサの目に、日傘を差した少女達の集団が映った。

 夕暮れの光の中、桃やリンゴのような色合いのスカートをそよ風になびかせている様は、貴族の庭園に咲く華のようだ。

 時折誰かがレースの着いた真っ白な日傘をくるくると回す。それを見ていると、不意にイオニスの言葉が思い出された。


 ――普通はドレスとか宝石とか――


「持ってたって、どこにも着ていけないもの」


 貧民街でそんな服を着たら、すぐに汚れてしまう。

 見せる人も着ていく場所もない。せいぜい売ってお金に変えるしかないけれど、ドレスの一枚や宝石が少しぐらいでは、貧民街の仲間達を都民に戻すことなんてできない。そもそも盗品だと疑われて、売ることもできないに違いない。


 リサは少女達から視線を外し、さらに西へ移動した。そこまでくると、王都の外へ出てしまう。が、その先の洞窟が、リサの目的地だ。


 木に囲まれて日陰になり、こけむした岩に空いた洞窟。

 ランプを用意して中に入っていったリサは、迷いなく奥へと進む。やがて隅っこにぽっかりと空いた小さな穴を見つけると、その中へと入り込んだ。


 この穴はけっこう小さい。

 大人の男性では、まず通り抜けることができないだろう。

 けれどこの下にも、古代王国の遺跡があるのだ。

 恐らくは、もともと地下道として作られた場所なのだろう。きちんと石が組まれた道を通り抜けると、今度は倒れた家が折り重なって作り出したように、天井が三角形になった道へと入る。


「ここからが王都よね。だから、右が旧市街……」


 ランプを片手に、懐から取り出した自作の地図とにらめっこする。

 旧市街には貴族の邸宅が多く、この穴のいくつかは、貴族の屋敷へと通じているのだ。

 大抵が涸れ井戸だったり、遺跡が崩れて陥没が起きた跡だったりするが、いくつかは地上へ出られる程度の穴になっている。


 リサの目的は、夜会を開いている貴族の邸宅で、赤色の鍵の情報を得ることだ。古代王国の遺物を見せるのなら、赤色の鍵としても人の多い場所へ出たがるだろう。それなら、貴族の夜会はうってつけのはず。

 まぁ、おいそれと上手く行き当たるとは限らないが。


「まずはバーゼル子爵邸ね」


 元は外国の貴族だった人の家だ。

 古代王国の遺跡に明るくなくて、敷地内に変な穴が空いても気にせず埋めるだけで、通報しないでいてくれるので助かる貴族だ。

 地上に出ると外はすでに薄暮の時間だった。が、ここでは特に何かのパーティーをやっている気配もない。それでは赤色の鍵もいないだろう。


 リサは再び地下へ戻った。

 次の男爵家では、人が集まっているようだった。しかも広間にはカーテンが降ろされている。

 期待に胸をふくらませてテラスの側からこっそり中をうかがったが、どうやらここでは何か宗教的な集会が開かれているようだった。


 それから二軒ほどめぐったが、完全な外れだった。


 さらに向かった一軒は、夜会をしていたものの、それらしい人物がいそうな話はなかなか聞こえてこない。


 移動と忍び込むのを繰り返しているうちに、すでに時間は真夜中近くになっていた。

 地面を這うように隠れながら、たまたま庭に出てきた人間の言葉に耳を澄ませるしかないので、時間がかかるせいだ。

 話の内容が関係のないものでも、今度は相手が遠ざからない限り、リサはその場から動けない。物音をたてて、見つかってしまっては元も子もないからだ。


 今も、噴水近くで寄り添う男女がなかなか立ち去ってくれないので、リサは足止めされていた。

 噴水があるために夜会の会場から人がひっきりなしに歩いてくるので、聞き耳を立てるのにはちょうどいい場所だったのだが、この二人が来てからというもの、みんな遠慮して誰も来なくなってしまった。


(もう今日はだめだなぁ。早く帰って寝たい……)


 地下を歩き回り、人の声に聞き耳を立てて気疲れし、リサは疲労困憊していた。


(なんで私こんな事してんだろ……)


 ついそんな考えまで浮かんでくるほどだった。

 が、次の瞬間リサは目を見開く。


「リサ?」


 自分の名前を呼びかけられ、心臓が飛び出していきそうなほど驚いた。と同時に逃げだそうとしたのは、貧民街を一歩出たら石もて追われる生活を送っていたせいだろう。


 しかし相手は、そんなリサの習性を知っている人間だった。

 あっさりと捕まえられ、悲鳴をあげかけたリサだったが、


「僕だよ」


 と目の前に近づいた顔に口をつぐんだ。

 月明かりに煌めく金の髪。リサを捕まえていたのは、ユシアンだったのだ。

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