幕間・ある少年と双子の過去3

 俺が双子の片割れが何をしているかについてレーンに尋ねると、答えはすぐに返ってきた。


「ディアナならいつも森に行ってるよ、レミー」


「まあ、普通外で遊ぶよな。確か女だろ? 花摘んでくるのか?」


「きれいな羽の虫見つけたら、いつも見せに来てくれるんだ。花より虫のことが多いよ」


「虫取り!? 本当に女かよ!?」


 俺は耳を疑った。

 レーンは、当たり前だ、とばかりにうなずいた。

 だが、虫取りなんて女がやることじゃない。


「マジかよ……虫がそんなに好きなのか? そいつ」


 俺の質問に、レーンの表情は曇った。


「あ、いや、バカにしたわけじゃねえんだ。女で虫好きなのは……ほら、珍しいから、さ、びっくりしただけ、なんだよ」


 機嫌を損ねて、屋敷から追い出されたらたまらない。

 俺は口から出まかせの言い訳をレーンに投げつけた。


「レミーに悪気がないのはわかってるよ」


 返ってきたのは、枯れかけの草そっくりのカラカラに乾いた声だった。


「じゃあ、なんでレーン、暗い顔してんだよ?」


「……ディアナは虫が好きだけど、それだけじゃなくて、多分、あんまり家にいたくなくて森にばっかり行ってる……」


「は?」


 わけがわからねぇ。

 この家は、雨風しのげてふわふわのベッドがあって、三食飯がある。

 路地裏で残飯をあさっていたことがある俺からすれば、絶対に出たくない楽園だ。


「ディアナが僕と同じくらいモノを覚えても、難しい計算ができても、ママはディアナを褒めてくれないんだ。僕だけ褒める」


「女で勉強できても役に立たないからじゃないのか?」


「……確かにそうかもしれないけど、僕だけ褒められるとき、僕、すごく嬉しくない」


「…………そうか」


 正直、金持ちのボンボンが理想論を振りかざしているとしか俺には思えなかった。

 だが、真剣に沈み込んだレーンの表情を見ると、女も褒められるなんて夢物語だと笑い飛ばす気にはならなかったのだ。


「君がここにいられるのだって、僕が男の子だからなんだ」


「どういうことだ?」


「ママがね、僕の身体を強くするために、僕はいいことをたくさんしなきゃいけないんだって。だから、大怪我を負ったレミーを助けることで、僕をディアナくらい、元気いっぱいにしようとしてる」


「なんじゃそりゃ」


「僕が女の子だったら、君は手当てもされずに森に放り出されたままだと思う。それは、僕も、嫌だ」


「そうか」


 怪我が治った時、俺はレーンの言葉の意味を、改めて突きつけられることになるなど、今の俺には知る由もなかった。


 レーンと意味深な話をしてから1ヶ月。


「レミー。あなたのために仕事とファミリーネームを用意しましたわ!」


「あ、ありがとうございます。ナオミ様」


 怪我が完治し、双子の屋敷で小間使いの真似事をしていた俺は、ナオミ様ーー双子の母親の派手なドレスを着たオバさんに呼び出された。

 その背後には、なぜかニコニコ顔のブレナン先生がいた。


「レーン、あなたの仕事が決まったわ。飛脚のバリーゾールさんが、あなたを養子にして、飛脚として雇ってくれるの」


「ありがとうございます」


「ナオミ様の慈悲に感謝することだ。本来なら、レーン様とディアナ様に頼まれたとはいえ、お二人の安全のためにも、正体不明の者は森に捨て置くのが当然なのだからな」


「もう、ブレナン。むしろ感謝すべきは私達の方なのよ? レーンが徳を積んで、レミー……いえ、これからは苗字がついてレミー・バリーゾール君の怪我を治すことで、レーン自身が回復するきっかけを、神様がくださったのよ?」


 大人二人の言い争いはしばらく続いたが、ナオミが勝って終わった。


「機会があれば、あなたを指名してなにか運んでもらうから、たまにはレミーに顔を見せてちょうだいね」


 ニコニコ笑顔のナオミ様に手を握られて、俺は屋敷を出た。

 レーンは寝込んでしまって、見送りには来なかった。

 世の中を甘く見ている、話していると多少むかつくお坊ちゃんだったが、最後に話せなかったのが名残惜しくて、屋敷を振り返りながら街へと向かった。

 すると、


「おい、レーン……」


「私はディアナだよ?」


 金色のポニーテールを揺らして、が首をかしげた。


「すま……申し訳ありません! 人間違いでした! お嬢様は、ここで何を?」


「何って……虫捕りだよ?」


「蝶々とかですか?」


「ううん、マルベリーの葉っぱを食べるだよ? 幼虫が逃げちゃうのがちょっとめんどくさいけど、まゆの触り心地がすべすべで、気に入ってるんだよね」


「そ、そうっすか……じゃ、これで」


 嬉しそうに虫の話をするレーンと同じ顔、というのに違和感しかなくて、俺は逃げるようにディアナと別れた。

 それから、俺は飛脚の仕事についた。

 荷物を盗まない、という意味では真面目に仕事はしたが、ものすごく稼げるわけでもない。

 蓄えがない奴は、ちょっとしたきっかけで坂道を転がり落ちるように、世間の下へと向かっていく。

 怪我して仕事と金を失って、盗賊団に逆戻りは嫌だ。

 そんなわけで俺は、ちょくちょくレーンにガラクタを売りつけに行った。

 道端で拾った小石に銀貨一枚の値段をつけたり、という感じだ。

 レーンは、俺が外のことを話すだけで、すごく嬉しくていつも笑っていた。

 その上、俺が持ってくるガラクタに、自分の小遣いを惜しげもなく使った。

 ぼったくりの自覚はあったから、さすがに罪悪感が湧いてきて、尋ねたことがある。


「なあ、レーン。お前、貴族とはいえ病気だろ? 薬代とか高いだろ? 石買う余裕、あるのか?」


「あるよ。使いもしないのに、ママが僕に好きなことをしろって、沢山お金をくれるから……ディアナには、銅貨一枚も渡さないのにね。ディアナの方が、欲しい物いっぱいあるはずなのに」


 レーンの笑う顔を見て、最初に会ったとき、天使だと思ったのは間違いじゃなかったのかも、と俺は思った。

 ガラクタで笑うなら、もうちょっとマシな物を渡した方がいいんじゃないか? と俺は思い始めていた。

 そんな矢先、俺がノーデンの飛脚屋で待機していると、虫の細工物を持ったお客がやってきた。

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