ヒルダの疑問

 世界を変える方法?! ディアナは目を輝かせた。


「セリカ、早く教えてよ!」


『それはね、任せられる仕事を他人に任せることよ』


 えっへん! と偉そうにセリカはいう。

 なんじゃそりゃ。ディアナは呆れた。


「でも、蚕の世話とかは、慣れてない元娼婦の女の子たちよりも、私自身でやった方が早いよ?」


 セリカは首を振る。


『あなたにはやってもらうことがいっぱいあるんだから、分業しなきゃだめよ』


「でも……」


『怠けろっていうんじゃないの。他の人でもできることは他の人に任せて、あなたはあなたにしかできない事に専念出来るようにしてほしいのよ』


「うーん」


『例えば、絹の生産拡大のために貴族の人と交渉して土地やお金をもぎ取るとか、王様に愛想よくして養蚕ようさんを広める許可をもらうとかね』


「確かに大事なことだけどすごくめんどくさい……私だってカイコ触りたい……」


『えらい人はえらい人なりの働き方しなきゃいけないのよ、がんばりなさい』


「はぁーい」


 偉い人なりの働き方をする、ということで話は締めくくられた。

 とはいえ、まだまだかいこの飼い方をわかっている人間は少ない。

 養蚕学校からの依頼を受け、改めてミルキーたちにもディアナは養蚕を教えることになった。


「えーと、今は網の上にマルベリーの葉を置いて、カイコの幼虫たちの上においてやれ」


「分かりましたわ、皇太子様」


 たくさんの人の前で話すから、正体がバレてしまうのではないかとディアナはおびえていたが、今のところ誰もがディアナのことを【皇太子レーン】だと信じているようだった。

 これからもうまくやらなきゃ。ディアナは、昨晩セリカから言われたアドバイスを思い返す。


『王子様として振る舞ってるので台詞の語尾を若干かためにするといいわ』


 網が全て置かれた後、ディアナは次の指示を出す。


「カイコが上にうつったら下の糞を掃除するのを繰り返せ。カイコたちが4回脱皮して、その次にエサを食べなくなってうろつくようになったら、網は全部とって、これから作ってもらう軽い木枠を入れてほし……入れてくれ」


『ディアナ、あなたはなにか人に頼むとき『お願い』とか『よろしく』と対等の立場で相手に言うけれども、それは王子様にはふさわしくないわ。下の身分の人間に振る舞うときは、意識してほんのり命令口調になさい』

  

 そうだった。ちょっとしくじったかな? 内心ディアナが冷や汗をかいていると、「皇太子様」と誰かに呼ばれた。


「木枠って、どんな役に立つんですか?」


 ミルキーの質問。良かった。バレてない。ディアナは胸を撫で下ろした。


「色々あるそうなんだけど……まず、仕切った小さい空間がないと、カイコはきれいな繭を作れない。そうすると、せっかく繭を作らせても糸を取れなくて大変なんだ。あと、繭を作る直前にカイコはおしっこをする。これで繭が濡れると繭の糸が傷んで、良い糸が取れないんだって」


 それから作り方を説明すると、ミルキーは納得したようだった。


「そうなんですか……。サラ、あんた木工細工慣れてるよね、さっき王子様がおっしゃったのって皆でやれば簡単そう?」


「大丈夫! 格子に組めばいいんでしょミルキー姐、200かそこらの格子なら、道具と材料があればしっかりしたのができるよ」


 サラは胸を張って答えた。


「じゃあサラ中心で作ってもらう。道具は調達するから、必要なものを後で教えて」


 ディアナが指示を出していると、背中に視線を感じた。

 振り返ると、じーっとヒルダがディアナを見ている。


「ヒルダ、どうした?」


「……王子様……、ひとつ、質問してもいいですか……?」


「何?」


「……王子様、私達に教えてくれる時、ナントカだって、とか、ナントカだそうだ、って、よく言いますけど……。王子様が私達に教えてくれてるみたいに、王子様に、カイコの事を教えてくれてる人が、いるんですか……? どんな人、なんですか……?」


「へ?」


 一瞬の戸惑い。

 ヒルダはセリカの存在に気づいている?

 ヒルダが何を言っているのか気付き、ディアナはは真っ青になった。


「娼婦から養蚕学校の生徒となった子たち……とか、桑畑の世話してる皇太子様の召使いのなかで、噂になってるんです……」


「ど、どんな噂が?!?!」


「姿は見えないけれど、皇太子様に養蚕の知識を教えてる誰かか、何かの存在があるって……」


 セリカの存在は、バレてない。ディアナはほっとした。

 でも、まさか自分以外には見えない悪魔と契約して教わってるなんて言えない。

 どうしよう。

 ディアナがセリカを見上げると、困った顔をしている。


「えっと、その……いない訳じゃないんだけど……悪いけど、その人の素性とかはあんまり教えられない。皆に会わせるのも難しい」


「皇太子様が……そうおっしゃるなら」


 ディアナのしどろもどろの答えに、ヒルダは疑問を引っ込めた。だが、納得いかない、と言いたげな表情だった。

 他の子も、ディアナの言うことに、不思議そうな顔をしている。


「でも、養蚕を皆に教えようっていうのはその人が言い出したことで……、そのために毎日がんばって考えてる。だから、その人のその気持ちは信じてほしい」


「……わかりました」


「そうか」


 ヒルダの表情が和らぎ、ディアナはほっとした。


「……その人のことは……全然、わからないけど……、私達を助けてくれた、王子様が頼ってる人だから……信じます」


「……そうか」


「でも」


「どうした? メリッサ」


「王子様は自分のお勉強、皇子的なマナーとかの特訓のこととかと同時に、私達に教えるのも全部やらなきゃいけなくて、大変じゃありませんの? その人がもうちょっと王子様を手伝ってくれたらいいと思いますの」


「えーっと……」


 これは本格的に困った。

 ディアナは、自分にしか見えない、宙に浮かぶセリカと、目と目を見合わせた。

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