第33話 任務遂行一

 雨音あまねの言うことは無理難題だ。

 実際、任務を遂行するであろう場所、学校に来てみると本当にそれを実感することが出来た。

 まず、好きな人と昼休みを一緒に過ごし、様々な情報をくことだけでもとても難易度が高いというのに、さらには帰りを一緒に帰れだって? 正直、そんなこと出来る気がしない。それ程の勇気が俺にある気がしない。

 だけど、それを分かってでも雨音は任務を課せてきた。

 これを言い換えるならば、自分の勇気の限界を超えるチャンスを与えてくれた。

 だから、俺は限界を超える。勇気を出して任務を遂行してみせる。それが恋が実るかを左右するから――。


 一時限目の数学の授業は担当教師の話をほとんど聞かないまま終了した。

 ずっと恋について考えていた。溌音はつねについて考えていた。

 そんな気持ちで残りの授業も受けていたらいつの間にか時は経ち、一つ目の作戦を遂行する昼休みの時間はやってきた。


 俺は弁当のつつみを掴みながら覚悟を決め一年生の教室へと向かうべく階段を降りていく。

 一段、二段、三段、四段······いつもは数えない段数までも数えながらゆっくりと。

 そして一年生の教室がある階、二階へと到着した。

 確か、溌音の教室は四組であった気がする。ここからならば、まだ距離はある。

 俺はしたたる汗を夏服の袖で拭いながらも足を次は進めていく。

 一歩、二歩、三歩、四歩······二階の廊下に響く俺の足音。そんなものを聞きながらも俺は足を止めない。

 そして、


「着いたか」


 覚悟を決めるように一言呟いた。

 教室の中を覗いてみると友達と仲良く会話をしている溌音の姿が見えた。

 今のその状態は俺が溌音を呼び出すことによって崩されてしまうかもしれない。

 良好な雰囲気が崩されるかもしれない。

 だが、ずっとそんなことに憂いを持っていたら行動も出来ない。だから俺は首を横に振り、そのムダなものを捨てようとした。

 深呼吸をして呼吸を整えた後、鼓動が速くなるのを感じながらも俺は溌音に呼び掛ける。


「は、溌音。ちょっと弁当一緒にく、食わないか?」


 やはり緊張は表に出てしまったが、自分的には結構よく言えた。

 本当によく言ったぞ俺。

 溌音は一緒に弁当を食べていた友達と俺に交互に視線を向け、そして笑顔で、


「分かりました! 一緒に食べましょ!」


 と、言って俺の方へ笑みを見せながらも向かってきた。

 この時、当然ながら俺は安堵感と確かな達成感を得た。

 身体の中、否、心の中にうごめいているこの感覚。

 高校入試以降の脱力感がその正体だ。間違いなく、今の俺は気が抜けている。

 もう勝ち誇っている。

 だが、この後、溌音についての情報を溌音に訊かなければならない。それはどうにかいったとしても、帰りまでも一緒に帰るなんてハードルが高すぎる。

 そんな風に少し先の未来を考えていると笑顔を保ったままの溌音が俺に言ってきた。


「折角だし、屋上で食べましょ!」


 もちろん、俺には拒否する気持ちが皆無かいむなので賛同する。


「お、おう。じゃあ行くか」


 少し緊張してしまったが、何とか一つ目の任務を遂行することは出来そうだ。

 しかし、俺と溌音が足を進める際、溌音のクラスの男子が俺のことを睨んできた気がする。

 恐らく、嫉妬というやつだと思う。

 その男子は多分、溌音のことが好きだ。だから意識的ではなく、無意識のうちに俺にそんな視線を向けたのかもしれない。

 まあ、今はそんなことどうでもいい。

 とりあえず、二つ目の任務を遂行しなければならないのだ。

 新たな覚悟を持ちつつも俺と溌音は長い長い階段を登って行った。

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