第32話 雨音からの任務

 放課後。俺は自転車に乗りながらも溌音はつねを密かに校門前で待っている。しかし、なかなか彼女は現れない。

 さすがに話して一日目でもう一緒に帰るだなんて踏み込み過ぎたのか。

 そう思った時だった。

 溌音が昇降口から出てきた。

 俺はすぐに溌音に声を掛けようと思ったのだが、何やら楽しそうに友人と会話をしていて、その雰囲気を壊したくもないのでやめることにした。

 だから、そんな溌音の姿だけを見て、俺はペダルの上に足を乗せ、そのまま漕ぎ始めた。


 そしておよそ二十分。溌音のことを考えながらも自転車を漕いでいた足を家に着いたので止める。そして自転車から降りて俺は家へと入る。


「ただいま」


 誰もいないと思うが、帰ってきたことは知らせておく。だがリビングに入ると、


「あー、帰ったんだ」


 と、俺に言う雨音あまねの姿があった。

 現在時刻は午後四時。普通なら雨音は部活動をおこなっている時間だ。なのに、もう家に帰ってきているということは今日の部活動は休みだったのだろう。


「なあ、雨音」

「何?」


 俺が呼び掛けると警戒心漂う声色と表情で雨音が答えた。


「ちょっと相談がある」


 そう、それは今日のこと。何日か前に後輩に恋をしたということ。俺はそれを雨音に伝えて、相談に乗ってもらおうかと思っている。


晴斗はるとが相談?」


 俺は雨音に相談をした事が無い。だからなのか不思議そうな表情で俺の方を見てくる。


「ああ」

「まさかまもるさんと玲香れいかさんと喧嘩したの?」


 雨音は心配しているようで声量を落として暗い顔でいてきた。


「いや、そうじゃない」


 それをすぐに否定して、俺は相談内容を雨音にぶちまける。


「――好きな人が出来た」


 しばらくの沈黙。

 雨音は驚いた顔で俺のことを見ている。

 そんなにおかしな事なのか。まさか俺が恋愛するとでも思っていなかったのか。そんなことが雨音の表情からうかがえる。


「嘘!」


 そして雨音はそれを表情だけでなく言葉にして表に放った。


「本当だ」


 雨音の言葉を否定しておく。実際、こんな嘘をいても意味なんてないし、俺にメリットがない。だから俺が恋をしたということは自分でも不思議に思うが、紛れもなく事実なのだ。

 それを俺の心が俺自身に教えてくれた。


「晴斗が恋······! 成長したんだ」


 どこか俺を馬鹿にしている様子。

 何だよ。今まで俺の事を恋も出来ない哀れな人間とでも思っていたのかよ。まあ、数日前までは本当に恋なんてするなんて思ってもいなかったけどな。

 そんなことに不満を抱きながらも本題に入る。


「それでどうやったら彼女からの好感度を上げられると思う?」


 率直に、何も隠すことなく雨音にいた。そしたら何故だか、雨音の顔は強張こわばった。


「まず、そんなことを妹に相談している時点で好感度は上がらない。するならもっとマシな相談してよ」


 そして雨音は冷たい言葉を俺に放ってきた。確かに、こんなことを妹に相談していたらダメなのかもしれない。相手に好かれる方法は自分自身で探さないとダメなのかもしれない。

 少し、相談する内容を変えよう。


「じゃあその子について知るにはどうすればいいと思う?」


 そしたら雨音は珍しく考えている仕草を見せた。どこか悩んでいる様子で必死に考えてくれている。


「晴斗ってその子にいつ恋したの?」


 質問に質問で返された。


「三日前かな」


 俺が答えると、雨音は顎に指を当てた。


「ちなみにその子って同い年?」

「いや、一年生の後輩」


 素直に答えただけなのに雨音は俺に対する警戒心を上げた。そして、


「本当に晴斗って年下好きすぎでしょ。シスコンでロリコンなんて色んな意味で犯罪犯しそうで怖い」


 と、自分の身をよじりながら言ってきた。

 まあ、確かに俺はシスコンでありロリコンである。先輩とかの年上と会話する際、絶対身体が硬直するし繋ぐ言葉もおかしくなる。

 要は俺は先輩が苦手で後輩が大好きなのだ。


「犯罪までは犯さない。まあ、可愛い年下の子がいたらずっと眺めてるかもな。例えばその後輩とか、雨音とか!」


 好きな人いるけど雨音のことも好きだよアピールをしたら雨音は本気で引いた。

 俺から段々と距離をとっていったが、棚にぶつかりそのまま足は止まり、軽蔑的な視線を俺に向けてきた。


「まじでありえない発言! キモすぎ! そんな言葉を晴斗の好きな人に聞かれていたら好感度はマイナスいくよ! だからまずはその性格を直してから恋しろ!」


 きつく言われてしまった。最近の雨音ならば、結構好感度も上がってきているので、ワンチャン「じゃあずっと私のことを見てて」とか、言われるかもしれない、と思っていたが、どうやらその可能性は皆無かいむのようだ。それどころか、逆に好感度下がってないか?

 そんなことを心配していると雨音は俺に次の質問をいきなりぶつけてきた。


「じゃあその子のどんなところを好きになったの?」


 こんな質問が飛んでくると思っていた。もちろん、俺が彼女を好きになった一番の要因は、


「――一目惚れしたんだ」


 そう、一目みて何とも表現しずらい運命を感じた。赤い糸がそこにあるのだと、そう感じた。

 それから何故だか彼女のことを想うようになりいつの間にか好きになっていた。


「は?」


 俺が素直に言ったら雨音は頓狂とんきょうな声を上げた。確かに、そうなるかもしれない。話したこともない相手をすぐに好きになるなんて好ましいことではないのかもしれない。


「じゃあ、話したことないの?」


 少し、不安そうにしながら雨音は訊いてきた。


「あるよ。初めて会った時喋ったし、今日も喋った」


 まあ、初めて会った時は溌音の方が「すみません!」と、言っただけなので話したうちには入っていないのかもしれないが。


「······本当に晴斗って顔でしか決めないんだね」


 呆れ気味に雨音は言ってきた。

 俺はそれを肯定することもしないし、否定することもしない。


「まあ、晴斗がその子に恋したならそれでいんじゃない。それで、その子に関する情報を知る方法だっけ?」


 首を傾げた雨音がそう訊いてきた。

 俺はそれに対して言葉を出さず、上下に首を振って軽く首肯した。


「じゃあ、今、晴斗が知っているその子の基本情報は?」

「名前と学年とクラスと部活動ぐらいかな」


 次は言葉に出して答えると、雨音は納得がいっていないのか、頭から少し蒸気が出ている。

 え、これってもしかして爆発するパターン?


「何でそれだけの情報しか分かってないの! 誕生日とか好きなものとか好きな食べ物とか趣味とかは知らないの!?」


 首を横に振ることを雨音の視線から感じたが、それをしてしまうと嘘になるので素直に首を上下に振っておいた。

 そしたら、雨音はため息を一つ。完璧に恋愛初心者だと思われた。何か、屈辱的。


「じゃあもう晴斗のやることは決まった」


 ため息の後に急にそんなことを言い出す雨音。

 自分では名前を訊いただけでなく、学年とかも訊くことが出来たので、満足していたのだが、雨音はそれでも物足りないって言っていた。

 だから雨音が言う『やること』には嫌な予感しかしない。


「昼休みはその子と必ずいなさい。帰りは必ずその子と帰ってきなさい。 その時でもいいから私がさっき言った誕生日、好きなもの、好きな食べ物、趣味を全部訊きなさい!」


 やはり俺の嫌な予感は的中してしまった。

 雨音の言うことには無理がある。というか絶対無理。

 名前や学年だけを訊いただけでも達成感というものはすごく厚かったし、その達成感を得るためにはめちゃ緊張した。

 それなのに、そんな俺にさらに難易度の高い課題を要求してきたのだ。

 雨音まじ鬼畜。

 何で女子って恋愛に関することになると炎のように燃えるのだろうか。


「仮に何も訊かず、帰りも一人で昼休みは守と玲香と過ごしてたら?」


 訊くと、雨音の表情は段々と険悪なものへと変わっていく。その目は「そんなことをしたら許さない」と、言っているようにも思えた。


「分かった分かった。んなことしないからその目やめてくれ」


 雨音にずっと強く睨まれると恐怖心しか出てこないので、俺は雨音からの任務を素直に聞くことにした。

 そしたら、


「したら殺すから」


 と、暗いトーンで。恐怖の一つや二つ、味わえさせるには十分すぎる程の恐ろしくて戦慄しかしない声色で言ってきた。

 まじでそれはヤバい。俺はこの時、「やるしかないか」と、思ってため息をいた。


 これで相談も終わった。だからちょっと、自室で恋愛を成功させる方法について考えよう。

 俺は立ち上がって雨音の部屋のドアノブに手を掛ける。そしてもちろんお礼も言う。


「相談乗ってくれてありがとな」


 ウインクをしながら少し格好づけて雨音への愛情も込めてお礼をした。

 そしたら雨音は少し頬を赤く染めて、


「うるさい。もう出てって」


 と、弱々しい声量で言いながらも俺の背中を押して部屋から追い出そうとしてきた。

 これに抗う必要もないので俺は素直に雨音の部屋を出た。


「何だよ、雨音の奴。なんか最近変だな」


 ぽつり、と今、思ったことを呟いて俺は自室へと戻って行った。

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