第四章
第31話 新たな恋の幕開け
今日、俺は学校で一目惚れした。
その相手は
だけど俺は角を曲がった際、ぶつかったその美少女を『運命』だと感じた。
――可愛すぎるのだ。
胸元に懸かっている少し長めの黒髪に大きくぱっちりと見開いたコンパスで描いたかのような瞳。頬は少し丸みを帯びていてぷにゅぷにゅしてそうで触ってみたくなってしまうほど。
そんな彼女はぶつかった際に俺に言ってきた。
「すみません!」
と。それはどこか焦っているようだった。そして彼女はぺこり、と俺に対して軽く頭を下げてそのまま奥へと走って行ってしまった。
名前ぐらいは聞きたかったのに······。
恐らく、移動教室で焦っていたのだろう。その時、彼女の腕には音楽の教科書が収められていた。そこから見てみるに芸術科目の選択は音楽を選んだのだとすぐに分かった。
それから一分後、チャイムは豪快な音を学校全体に響かせたので、俺も急いで教室へと戻って行った。
そしてその日の翌日。俺はこの想いを『本物』の恋だと知ることが出来たのだ。
風呂に入っている時も寝ている時も彼女のことが頭から離れない。飯を食っている時なんて雨音に「何、ぼーっとしてるの?」と、言われたぐらいだ。それぐらい彼女を好きになっていた。可愛い妹がいながらも好きになってしまっていた。
これについて、俺は昼休みに守と玲香を屋上に呼び出して相談を受けて貰っている。
「ってことなんだ! どうすればいい!?」
勢いよく、俺は二人に
玲香はふと、
これを少し謎に思っていた時、守が口を開けた。
「お前さあ、まずはその子の名前を知ることから始めた方がいいぞ」
確かに、と俺は思った。彼女の名前を知らなければ俺の恋の歯車はこの先、動かなくなる。なら、名前を知ることが今の俺にとっては一番重要なことなのだろう。
俺は覚悟を決めながらも玲香の方を
「じゃあ俺、この昼休みに名前訊きに行ってくる! また後で相談よろしくな!」
「おう、頑張れよ」
守からの応援の言葉を耳にしながらも屋上を出て行った。
これも俺の玲香に対する一つの気遣いだ。これにより俺という名の邪魔者は消え、玲香と守は屋上で二人っきりになった。だから玲香が告白する大チャンスなのだ!
しかし、俺の心は何故か落ち着かなかった。
初めて、玲香からの恋愛相談を受けた時と同じ感じだ。
恐らく、この気持ちは憂いだろう。
玲香が告白に成功して守と付き合うことになったら、俺は二人にとって邪魔者になってしまうかもしれない。唯一、友達であってくれている二人。そんな二人の友達に邪魔者扱いされるなんて当然嫌だ。
だからこの
だが、そんなことで玲香の告白を妨げることなんてできるわけがない。
俺は全力で玲香を応援したい。
今回も屋上で玲香と守を二人っきりにさせたのは玲香を応援しているからだ。
だから玲香もこの場を作った俺に感謝してもらいたい。
そんなことに自尊心を抱きながらも俺は彼女の教室を目指して足を進めようとした。
だが、その時だ。俺はふと思った。
――彼女の教室ってどこ? 何年生?
そう、俺は彼女の情報を全く得ていなかったのだ。だから当然ながら彼女の学年、クラスなど全く分からない。唯一分かる事としては芸術科目の選択を音楽にしたというどうでもいいこと。
「まあ、とりあえず校内を走り回るか。そうすればまた出会えるかもしれないしな」
そう一人で呟いて、俺は守と玲香の現状を気にしながらも校内の中を走り始めた。
そしてこれは幸を呼んだ。
五分ぐらい走って、少し疲れ始めてきた時のことだ。
俺が前にその彼女とぶつかった角を曲がった時の事だった。
「
「
誰かとぶつかったのだ。まだ顔を見ていないから誰かは分からない。
しかし、俺は密かにぶつかった相手が彼女だと期待した。
「あ、この前の人。大丈夫ですか?」
誰かが言ってきた。
俺が恐る恐る顔を上げるとそこには心配そうな顔を構える彼女がいた。どうやら俺の期待は外れなかったらしい。
めちゃめちゃ可愛い。俺は彼女と目が合ったが、可愛さの余り、直視することが出来ず、すぐ目を逸らした。そしたら、
「あ! 何で目を逸らすんですか」
と、頬を膨らませながら彼女は言ってきた。
彼女が思ったよりも好意的に俺と接してくれるのでめちゃくちゃ嬉しい。
「額に傷が出来てますよ」
彼女はそう言うと、ブレザーのポケットから
え、ちょっと待って。これってもしかして······と考える前に彼女が、
「はい! もうこれで大丈夫ですよ」
と、笑顔を俺に向けてきた。いつの間にか額には絆創膏が貼られており、俺はそれに大事そうに触れた。
「じゃあ私、教室に戻るんで行きますね」
彼女は立ち上がり俺の目の前を去ろうとする。しかし、まだ俺は彼女の名前も訊けていない。一目惚れした彼女の名前も学年も訊けていない。
だからここは呼び止めるべきなのだ。
「ちょっと待って!」
そしたら彼女は不思議そうな顔で俺の方を見てきた。
「何ですか?」
そう訊かれた後で俺は妙に速くなっていく鼓動を感じながらも覚悟を決め重々しい口を開ける。
「――名前、教えてくれないかな?」
彼女はポカーンとした表情を一瞬浮かべながらも屈託のない笑顔を俺に向けてきた。それは男に守りたい! と、思わせるほど素敵な笑顔だ。
「私は
そしてその素敵な笑顔を継続させながらも彼女は俺に名前を教えてくれた。
僅かに頬が赤くなるのを感じながらも俺は学年も訊いてみることにした。
「ちなみに何年生?」
「今年入学した一年生です!」
一切の戸惑いもなく、俺に笑顔を浮かべる溌音。
その元気さ漂う雰囲気にも俺は少し惹かれた。
「一年生なら俺は先輩だな」
好意的に俺が接すると、
「ずるいです」
と、会話には合わない言葉を急に溌音は飛ばしてきた。そして溌音は頬を膨らませながらも言う。
「そっちも名前教えてください」
どうやら俺の名前を溌音は知りたいらしい。当然、隠すことでもないので教える。というか、教えたい。
「俺は
一気に距離を縮めるため「よろしく」と、挨拶をした。
「はい。よろしくです!」
それに対して引いた様子を一切感じさせない笑顔でそれまた元気に溌音は挨拶を返してくれた。
これが雨音だったらどうなってたんだろう、というのは俺の脳裏にふと過った疑問である。
その後、俺と溌音は途中の階段まで一緒に歩いた。
一年生は二階、二年生は三階なので途中で別れなければならないのだ。
だけど、この時間はめちゃ素敵だと思った。
名前、学年は
そして溌音の所属する部活動は帰宅部だと分かった。
そう、俺と同じなのだ。
これなら帰り一緒に帰れるかもしれないし、もっとたくさん話せるかもしれない。
そんなことがあったので今の俺は上機嫌。その様子で教室へと戻ると守と玲香ももう戻っていた。
二人は笑顔で喋っているのでそれを邪魔しないようにひっそりと存在感を薄くして教室に入る。
俺の恋も玲香の恋も実りますように、と玲香の楽しげな様子を見て俺は祈った。
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