第30話 雨音の真意

 部活帰りの雨音あまねが珍しく上機嫌で帰ってきた。何かいいことがあったのか。もしかして、咲斗さきとを諦めさせることに成功したのか。

 俺は早速今日の作戦結果についてくことにした。


「どうだった?」


 そしたら雨音は喜色満面の笑みを浮かべ、


「上手くいったよ!」


 と、言ってきた。

 どこか本当に嬉しそうで昨日の涙が嘘みたいな笑顔。

 勇気を出した結果をその顔が物語っている。


「良かったな!」


 そう言うと、雨音は「うん!」と、答えてくれた。

 だが、雨音の様子に変な違和感がある。

 いつもの雨音ならば、反抗的な態度をとるくせに今回は全くそんな態度をとる様子さえうかがえない。

 もしかして、好感度はやはり上がってきているのか。だとしたら最高に嬉しい。

 そんなことを思って俺も笑みを浮かべていると、雨音が今の表情を取り繕うかのようにして口をへの字に曲げた。


「あ、別にそんな嬉しくないよ? 晴斗はるとにありがとう、何て絶対言わないからね!」


 いや、まだ俺何も言ってないんだけど······。

 雨音は俺にあっかんべーをした後で階段を登って行った。

 今日のことについて詳しく聞きたかったので俺は雨音の後を追うようにして階段を登って行く。

 そして雨音の部屋に着いたので軽く二回ノックをして、念の為「入るぞ」と、言って扉を開けた。


「な、何?」


 何故か少し頬が赤い雨音。熱でも何かあるのだろうか。

 だが、さっきの喜びからしてそんなことはないと思う。だからそんな無駄な心配は消そう。


「計画通り咲斗に対する自分の想いを洗いざらい告げたのか?」


 俺が訊くと、雨音はため息をいた。


「そりゃー、言わなきゃ作戦にならないでしょ?」


 確かにそうだ。雨音は作戦を遂行することが出来て、そして成功を収めた。

 だからさっきの喜びはそれに対する達成感も含まれているのだろう。


「例えばどんなこと言ったんだ?」


 だが、俺が今、一番気になっているのはこれだ。

 咲斗にどんなことを言ったのか、何故かそれが知りたかった。咲斗に対する雨音の本音が知りたかった。

 雨音は渋々、重い口を開けるようにして俺に言葉を放った。


「『迷惑』とか『気持ち悪い』って言ってやったよ」


 俺は驚いた。まさか雨音がそんなことを男子生徒に言うなんて······。

 雨音のことが好きだった咲斗側からしては相当ショックだろうな。仮に俺が雨音を異性として好きだったら絶対立ち直れない自信があるよ。


「······咲斗可哀想だな」


 率直に咲斗に同情した。

 それからなのか雨音の顔は少し黒みを帯びた。

 俺今、ダメなこと言っちゃった?


「私、可哀想なこと咲斗にしちゃったんだよね······」


 この発言から雨音の謎な表情には納得がいった。

 また、変な責任感というものを雨音は持っているのだ。本当にそんなもの要らないのに。

 今回、咲斗に可哀想な想いをさせないと咲斗は雨音に対する恋を完全に終わらせてくれない。雨音にとっての『偽物』の恋をずっと続けようとする。

 だから今回の雨音の行動はベリーグッドなのだ。ゆえに雨音は今更そんな暗い表情になる必要は無い。

 俺は雨音の頭に手を載せ、そのまま撫でた。


「雨音はよく頑張ったからそんな顔するな」


 静かな声で真心込めて、雨音の暗い表情を消そうとした。

 いつもなら頭を撫でたりなんかしたら「キモい! 触らないで!」とか、言う癖に今回はじっと黙って俺に撫でられ続けている。

 やはり俺の好感度は徐々に上昇しているのだ。

 しかし、五秒程の時が経ったところで、


「もう、そんなに撫でないで!」


 と、言われて手を払われた。

 少し調子に乗り過ぎたみたいだ。反省、反省。


わりいなあ。ちょっと可愛すぎて結構な時間撫でてたわ」


 また、キモいとか言われることを知りながらも俺はそう言った。

 しかし、返ってきた言葉は思いもよらぬものだった。


「本当に、馬鹿!」


 頬を膨らませて怒りを強調しようとしている雨音だが、全く怖くない。

 むしろ、キモいって言われていないので心地はいい。

 そのためか表情が少し緩んでしまったので雨音が慌てて、


「キモい!」


 と、言い直してきた。

 だが、その「キモい!」はいつもの「キモい!」とはどこか違っていた。

 まず、その言葉を発する際の雨音の表情がいつもと違う。いつもならば、本気で引いている風にもっと強く一切の弱みなく、「キモい!」と、言ってくるのに、今回は頬を少し赤く染めて強さと弱さが混じりあった声で「キモい!」と、言ってきたのだ。

 今回のはどこかよそよそしかった。


「まあ、そんなこと言うなよ」


 再び雨音の頭に手を置いて、そのまま撫でた。

 いつもならあんな言葉を言われた後にこんなことはしないのに、今回は何故か手が自動的に動いた。

 中枢神経が「頭に手を載せろ」と、命令しているかのように自然と俺の手は雨音の頭の上にあったのだ。

 また三秒程、雨音は黙り込んでいたが、さすがに、


「もう、キモい!」


 と、いつもの口調で言ってきた。

 俺は頭を掻きながら反省の色を一切出さずに「わりいなあ」と、もう一度謝り、逃げるように雨音の部屋を去って行く。

 今日俺が一つ言いたいことは――間違いなく雨音からの俺の好感度は上がってきているということだ。

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