第34話 任務遂行二

 今、俺は好きな人と屋上で二人きり。さらに座りながら弁当を一緒に食べている。

 心臓が飛び出すぐらい、とても緊張するのは当然だろう。

 そんな俺の様子を不思議に思ったのか、


「どうしました?」


 と、トマトを口に入れた溌音はつねいてきた。

 急に言葉を掛けられて俺は戸惑う。言葉が出てこない。言葉を見つけることが出来ない······。

 ヤバい、緊張していることがバレバレだ。これだと同時に俺が溌音のことを好きということが悟られてしまう。

 それは嫌だ。伝える時になったらきちんと自分の口で伝えたい。だからここで悟られるということだけは絶対防がなければならない。

 さっきまでの慌てている様子を俺は取り繕う。

 そこで少し落ち着きを取り戻したのか言葉を見つけることが出来た。

 まず、昼休みを溌音と共に過ごす一番の目的は昨日、雨音あまねに課せられた一つ目の任務を遂行すること。

 一つ目の任務の内容は昼休みを共に過ごすという内容なのでこの状態を維持していれば遂行することが出来る。

 だが、二つ目の任務は会話を繋げなくては遂行することが出来ない。

 だからもう思い切って訊いちゃおう。


「えっと、ちょっと溌音の誕生日が気になって······」


 やばい。間接的に誕生日訊いちゃった。

 どうしよう。これでキモがられたら、いや、そんな悲観的なことを考えるな俺。前向きにいこう前向きに。

 恐る恐る俺は溌音と目を合わせる。その際、俺の頬には燃え盛る炎のような熱さを感じた。

 一方、溌音はきょとん、とした表情でこっちを見据えてくる。

 やばい、本気でキモがられたかもしれない。

 そう思っていたが、


「一月一日です!」


 溌音は笑顔を俺に向けてきた。

 想定外の表情に俺は安堵あんどすると同時に笑顔が可愛すぎてさらに頬を赤く染めてしまった。

 一月一日······俺の脳はこれを瞬時に記憶した。だが念の為、絶対忘れないように生徒手帳のメモ欄に書いておく。もちろん、溌音にバレないように後ろを向いてだ。


「何してるんですか?」


 びくっ、俺の身体は一瞬震えた。

 何とか誤魔化さなければならないと、思っていたが、


「あ! 私の誕生日丁寧に生徒手帳に書き込んでくれていたんですか! ありがとうございます!」


 またこれは予想外。てっきり「何でそんなことするんですか。気持ち悪いです。やめてください」とか、言われるかと思っていた。

 ここで純真じゅんしん無垢むくな笑顔でそんなお礼なんて言われたら照れるに決まっている。


「まあ、折角訊いたんだし忘れたら嫌だから······」


 弱々しくそう言った。

 そんな俺の様子に溌音は声を出して笑った。


「先輩、面白いですね。じゃあ次は先輩の誕生日を教えてください!」


 本当に分からない。溌音が発する言葉はどれもこれも俺の予想と異なるものばかりだ。

 まだそんな深い関係も持っていない、否、まだあって数日となる男に何故、彼女はこんなに親身になってくれるのか。

 普通、急に誕生日気になる、何て言われたら引くのが女子として当然だろう。

 だが、彼女は違った。普通の女子とは違う。

 そんなのも彼女の魅力であって、俺が惹かれた要因の一つなのかもしれない。


「俺の誕生日は三月十四日だよ」


 教えた。俺も誕生日を教えた。これでお互いの誕生日を知った程の関係にはなることが出来た。

 とても大きな進歩だ。俺ってやっぱやれば出来るんだな。

 溌音は俺と同様、生徒手帳に何かを書き込んでいる。

 覗き込んでみると、『先輩3月14日』と、記されていた。

 溌音も俺の誕生日を記してくれたのだ。なんとも嬉しいことだろう。


「あ! 先輩覗かないでください。除く人はエッチですよ」


 いたずらに放った雨音からの言葉。

 こんなことを言われてしまったら照れるに決まっている。

 俺の頬は紅蓮の炎のように熱くなった。

 というか俺、今日何回頬を赤く染めてんだ。

 恐らく、その回数程、俺は緊張しているということだろう。


「まあ、これで先輩との関係が少し近付きましたね」


 やっぱり分からない。またまた溌音は俺の予想をはるかに超える言葉を放ってきたのだ。ついでに嫌らしい表情も込みで。

 やっぱり溌音を普通と考えてはいけない。


「あのさもっと俺、溌音の好きなものとか好きな食べ物とか趣味について知りたいんだけど訊いていいか?」


 一気に踏み込みすぎたかもしれない。

 だけど溌音だ。普通に考える必要はないのだ。


「そんなに知りたいですか?」


 少し誘惑気味に溌音が言ってきた。

 実際、俺はめちゃめちゃ知りたいのでこくり、と頷いた。


「分かりました! んじゃあ教えてあげます!」


 そして溌音は息を目一杯吸って、


「好きなものはアニメとか読書とかゲームで好きな食べ物はラーメンで趣味はアニメとか読書とかゲームです!」


 と、早口で力強く俺に言ってきた。

 とりあえず知れた。溌音の好きなものと好きな食べ物と趣味を。

 食べ物以外、言っていることは同じだが、気にしない。それ程、アニメと読書とゲームが好きなのだろう。

 それはとてもいい事なのだ。

 そして俺には溌音についての情報を得た喜びともう一つの喜びがあった。

 それは好きなもの、趣味が全く同じであることだ。

 俺は入学して早々の高校での自己紹介で溌音と同じようなことを言っていた。

 趣味が合えば、話だって続くはず。

 俺は凄まじい喜びを隠すことなく表に出した。


「俺もアニメと読書とゲーム大好きだよ!」


 そしたら溌音の方も喜びの表情となり、


「まじですか! じゃあ今期アニメ何見てますか?」


 興味津々にわくわくした表情も出しながら俺に訊いてきた。

 正直、溌音がアニメとか大好きだなんて驚いた。

 女子だったらドラマ鑑賞とか、恋バナを聞くこととかそこら辺のものが好きだと思っていたのだ。しかし、俺の予想は違っていた。

 そうだ。溌音は普通の女子ではないんだ。さっきのことをてっきり忘れてしまっていた。


「今期アニメは『俺は青春を謳歌する!』とか『終わりゆく世界』とか、『転生したら神になっちゃった!』とか、見てるかな」


 これらは今期アニメの中でも最も気に入っている作品だ。どれもこれも本当に面白い。

 俺の答えに対してなのか溌音の肩が何故だか震えている。


「······嘘! ほんとですか!?」


 そして喜色満面の笑みで手を地面に突けて、這うようにして俺に勢いよく近付いてきた。

 距離は目と鼻の先だ。

 思わず、俺は目を背けながらも頷いた。


「その三作品私、大好きすぎるんですよ! 先輩もその三作品が大好きだなんて、もう最高です!」


 そう言って、溌音は輝いた目をしながらも俺の手を強く握る。

 感じる彼女の体温。

 感じる自分の鼓動。

 自分の鼓動は彼女の体温によってさらに速くなる。


「趣味が合うなんてきっと何かの縁です! 私、もっと先輩と関わりたいです。帰り一緒に帰りましょー!」


 どうやら溌音は同志が出来たことがとても嬉しいらしい。

 そのおかげで第三の任務も遂行出来る気がしてきた。

 やっぱり彼女となら色々と繋がれる。

 彼女となら『本物』の恋をすることが出来る。

 俺は改めて思った。

 付き合うなら彼女しかいない。

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