第三十二話~あの姉がやってきたっ!~

 困ったことに、ネタがなくなってきた。

 そもそも俺のレパートリーは多いほうじゃない。すぐに尽きることぐらい、わかっていたはずだった。

 だったら、一度作った料理をもう一度サクレに食わせればいい、たったそれだけのことじゃないか。

 そう思って、今日のご飯を考えてみたのだが、今日の献立が全く思いつかなかった。

 なるほど、これが世にいる主婦の皆さんが一番頭を悩ませるという今夜の晩御飯どうしよう問題ということか。うん、何も思いつかない。

 馬鹿なことを思いながら、俺は冷蔵庫の中を見つめ続ける。

 食材は一通りこの場所にある。イメージすれば、転生の間の謎パワーでなんでも召喚してくれる。

 食材を見つめながら、出来る料理を組み合わせて献立を考えるのだが、なかなかいいイメージがでてこない。


 目の前にあるのは、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、豚肉……うむ、何も思いつかない。


 悩んで、悩んで、悩みまくって、結局何も出てこなかったので、俺は考えるのをやめた。


 テレビ見よう。

 そういえば、今日もサクレがどこにもいないな。やっぱりこのなんでも空間を維持するためにいろいろとしなきゃいけないことがあるのだろう。

 あれ、サクレは転生神だし、転生するのが仕事だと思っていたから、ずっと仕事サボって遊んでいる駄女神という認識でいたけど、もしかしてサクレって実は優秀な奴だったりする? ほかに仕事があるからこの場所にいないとかなのかな。

 ……はは、まさか。


 苦笑いをしながら、電源のついていないテレビ画面を見つめていると、リズミカルなステップの足音が聞こえて来た。


「ただまー」


「お帰り、どこ行ってたの」


 これで仕事してると返答が来たら、今度からもうちょっと優しくしてあげよう。


「え、これだけど」


 サクレは何かを持つように拳を作り、手首でくいっと何かを引くような動作をした。

 その華麗な動きは、どっからどう見ても釣りだった。

 こいつ、たまにいなくなるなーとは思っていたが、やっぱり遊びに行っていたか。うん、こいつやっぱり駄女神だな。


「それで、ダーリンは何をしていたの。いつもなら料理の仕込みをしているのに」


「いや、な。今日の献立が思いつかなくて。何を作ろう」


「え、それって一大事じゃないっ!」


 サクレが急にわたわたと慌て始める。挙動不審な動きをしながら、俺の手をぎゅっと握った。

 は、え、何? こいつ何なの? ただ献立が思いつかないっていうだけで、この慌てよう。一体何が起ころうとして……。


「献立が思いつかないってことは、もしかして、今日のご飯は無し?」


 いや、献立が思いつかないからって、ご飯抜きにはしないよ。ちゃんと作るけど、何を作ろうかなと悩んでいるだけだし。

 でもご飯抜きなら何なのだろう。


「私、もうダーリンのご飯無しじゃ生きられないの。ダーリンに染められちゃったんだから、ちゃんと責任取っ手よねっ」


「なんか卑猥に聞こえるからやめろっ! ご飯は作ってやるからさぁ、マジでその表現やめてくれるっ」


 俺に染められたって、俺はお前にご飯しか与えてねぇよ。愛情も何も与えたつもりはない。俺に染められたってなんだよ、マジで。イラっとするわ~。


 この、イラっとした感情が、俺の脳を刺激する。この時思い浮かんできたのは、先ほど冷蔵庫に入っていた、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、豚肉などなど……っだ。

 あれ、これってカレーの材料じゃねぇ。

 そうだ、そうだよ、カレーだよ。

 カレーを作ればよかったんだ。


「サクレ、ありがとう。今日の献立が決まったっ」


「え、あ、うん、どういたしまして?」


 サクレの手をぎゅっと握り返し、真っすぐ見つめてお礼を言った。そしたらサクレは顔を真っ赤に染めて、うつむいてしまう。サクレの口元はにやけており、「へへ」と笑い声がこぼれた。ちょっとだけ気持ち悪い。


 俺は台所に向かい、料理の準備をする。俺が料理しているところを眺めるのが好きなのか、サクレは先ほどまで俺が座っていた椅子に座り、こちらを眺めながらニコニコと笑っていた。


「時代はAIよ。天界も、神様不足になってきているのだから、もう少しやれる仕事をシステムに任せたほうがいいわ。神が人間を見習う時代がやってきたのよっ」


 また唐突に意識高い系のような声が聞こえて来た。

 っち、大人しく座ったと思ったとたんに騒ぎやがって。


「サクレ、うるさいぞ。おいしいカレーを作るために集中したいんだ。邪魔しないでくれ」


「ち、違う、私じゃない。ダーリンのおいしいごはんが大好きな私が、料理の邪魔をするわけないじゃん」


 いつも邪魔されているような気がするのだが。

 でもあれ、先ほどの意識高い系なうるさい声とは別の方向からサクレの声が聞こえて来たぞ。てか、サクレは先ほどまで俺が座っていた椅子に座っているんだから当たり前か。

 意識高い系の声、全く別の方向から聞こえて来たし。

 え、じゃあ、この意識高い系な声の主は……誰?


 声が聞こえて来た方向に視線を向ける。そこにいたのは、真っ黒な黒髪のツインテールに、白がメインで、青のリボンとフリルの付いたワンピースを着こなす、これまた胸が不自然に膨らんだ少女がいた。

 うちの駄女神より、身長は高く、目つきがちょっとだけ鋭い。だけど何だろう、サクレよりもウザい度が高そうな気がする。

 この少女、もしかして今回の迷える魂なのだろうか。


「私の名はーー【自主規制】ーーモザイク必須、誰もがうらやむ美貌を持った、天界最強のーー【自主規制】ーー見ちゃいけないよよ」


「名前が自主規制ってどういうことっ! 何もわかんないんだけどっ」


 ちょっと待て、名前に規制しなきゃいけない表現があったってこと。でも、この転生の間の自主規制って、割と適当なんだよな。


「お、お姉ちゃんっ! どうしてここに」


 いつの間にか俺の近くにやってきたサクレが、驚愕した表情を浮かべていた。

 手がわなわなと震えていて、今にも倒れそうなぐらい顔が青い。

 お姉ちゃん……なんか聞いたことあるような。


「サクレ、貴方クビよクビ。転生作業をシステムに任せてしまえばあなたの存在なんていらない子も同然じゃない」


 いや、現在進行形でいらない子だよ、こいつ。だって、転生対象の迷える魂がめったにこないんだもの。仕事がなさ過ぎて暇すぎる。

 でも何だろう、この自主規制女神。サクレがお姉ちゃんと言っていたが、サクレよりも駄目そうなにおいがする。


「お姉ちゃん、勝手に地獄を抜け出してこんなところに来て大丈夫なの?」


「私はね、納得できないの。なんでかわいくて、美しい、なんでもできる天才の私が地獄で餓鬼の世話という意味不で辛く苦しい仕事をやって、サクレがこんな何もない暇そうな空間でぐうたら仕事をしているのよっ! 納得できないわ」


 そりゃ納得できないわな。自分で自分のこと天才と言っちゃうほど頭が残念な子だけど、自分の妹との仕事の差を感じる程の頭はあるらしい。

 そして、この自主規制はそれが納得できないと。そりゃ納得できんわな。だってここ、かなり暇だし。それに比べて地獄で餓鬼の世話って、それこそ女神の仕事じゃないと思う。この自主規制は、一体どうしてそんな状況に陥ったのだろうか。


「だってそれは…………お姉ちゃんがお父さんの財布からお金を盗むから……」


「中学生かっ!」


 俺が思わず突っ込むと、自主規制女神がびっくりして目を丸くさせる。

 だけど言わせてくれ、マジで中学生かってんだよ。

 いやね、中学生ごろ、特に反抗期になると親からお金を盗む悪いことをしちゃう子供って結構多いの。俺だってやったことある。あの後親にめちゃくちゃ怒られて、殴り飛ばされたけど……。

 でもそれ、女神がやること。すげぇ、しょうもない。


「な、なによアンタ。てか、そもそもアンタ誰」


「ああ、俺?」


 俺は……なんなんだろう。一応転生神補佐の地位にいる、元人間の魂なわけだが、今はサクレのご飯を作る人という立ち位置でいい気がしてきた。基本、こいつに飯を食わせる以外、何もしていない気がする。


「ダーリンは私のダーリンよ。っぷ、いまだ独身の残念おばさん女神。もう地獄に帰れば、ぶぎゃっ」


「おい、煽るなよ。なんかお前の自主規制お姉さん、プルプル震えてるぞ」


「ちょ、ダーリン、自主規制お姉ちゃんって、なんか危ない人に思えちゃうんですけど。その表現やめてくれない」


 サクレはドヤ顔をしながら、俺にそんなことを言った。多分、自主規制女を煽りたくドヤ顔をして、そのままこっちを向いたのだろう、ということは理解している。理解しているのだが、なんかとってもムカついた。

 こう、イラっとする。


「もう、とにかく、サクレ、あんたはクビよ、クビ。もう転生神なんて職業はいらないわっ」


「え、ちょ、お姉ちゃんっ! いったい何を言っているのっ」


「だって、私が苦しい思いをしているのに、あなただけいい思いして、それに旦那まで作って……うらや………………なんかこう、イラっとするのよ」


 ゴメン、俺旦那じゃないんだけど。いや、サクレに旦那認定されているけどさ、俺が認めていないから、まだ旦那じゃない。


「でも、そんな勝手なことが許されるわけ……」


「許されるに決まっているじゃない。これから行うことが成功すれば、天界に新たな風が吹くわ。人口が増えていくことで管理するのが大変になった魂たち。でも、私たち神はそう簡単に神の数は増えず、業務が多忙化する一方。暇なところはあんたの所ぐらいよ」


「私だって結構忙しいのよ。結構めんどくさい魂が多いし、私みたいに落ち着きがなくて……楽しいからいいんだけど」


 俺的には、サクレも迷える魂も大差ないよなって思っている。ここに来る魂って、残念な奴が多いし、この女神は駄女神だし。


「あ、ちょ、ダーリン。変なこと考えないでよ…………っぽ」


 冷めためで見ていたはずなのに、サクレはなぜか頬を赤く染めた。

 とんだ破廉恥女神だな、こいつ。

 というか、さっきっからカレー作りを邪魔されて、この自主規制女にも、イラっとしている。

 俺は自分のスマホを取り出して、とある場所に電話をかけた。

 数回音が鳴った後、かちゃりとなって相手が出た。

 電話越しに「やっほー、どうしたん」という軽い声が聞こえて来たので、サクレと自主規制女が聞こえないように、手をかぶせながら要件を話す。


「あの、サクレのお父さん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」


「おうおう、うちのダメ娘の面倒を見てくれる啓太君の頼みなら、聞こうじゃないか」


「あの、転生の間に頭のおかしい自主規制女神が来ているんですが」


「…………ったく、あのバカ」


 サクレのお父さんが頭を抱えている光景が頭の中に浮かんでくる。


「それ、転生していいよ。もう更生は難しそうだし、一度下界に落ちてもまれてくるのもいいかもしれない」


「えっと、娘さんじゃないんですか」


「娘だが……子供の教育のためには、時に心を鬼にしなければいけないのが親ってものだろう」


「はぁ、そうですか」


 俺は子供がいたことがないので、よく分からないが、神様が言っているのだから本当のことだろう。

 ちらりと視線を移し、サクレと自主規制の言い合いを見た。

 あの自主規制は「AIを作って、魂の選別作業とかをシステム化し、もっと効率を上げよう」とのたまいている。

 そもそも、そんな選別を行えるシステムがポンッとできるのであれば、もうすでにやっている。

 ここは下界の人たちにとって非現実的な場所だ。そこを人間的な思想の元作り替えても、劣化版にしかならないだろう。


「サクレ、こちこいこい」


「なーに、ダーリン」


「ちょ、サクレっ、私を無視してどっか行くんじゃないわよっ」


 姉の声など聞こえないと言いながら真っすぐ俺のところにやってきた。

 俺は自主規制女が盗み聞きしないように顔を近づける。急に俺の顔が近づいてびっくりしたのか、サクレは小さく「きゃ」っと悲鳴をあげた。もしかして、こいつ偽物なのだろうかと不安に思う。それが表情に出てしまい、サクレに足を踏まれてしまった、どうやらこいつは本物のようだ。

 どうでもいいことは置いておいて、さっそく本題に入ろう。


「あいつ、いるよな」


「うん、お姉ちゃんがいるね」


「あれ、転生していいそうだよ。お前のお父さんから聞いた」


「え、ほんと、じゃあやるねっ!」


「そんなもの食らうかっ!」


 サクレは戸惑いもせず、自主規制女を転生させようとした。

 それに気が付いた自主規制女が、漫画かっ とツッコミを入れたくなるような横跳びを見せて回避した。

 え、それって回避出来るのっ! と内心驚いている。自主規制女は、俺の視線に気が付き、イラっとするようなドヤ顔をしてきた。

 こいつ、殴りたいっ。


「はっはっは、私を転生させようなんて100年早いのよ。今はシステムに任せる時代、サクレがとっととくたばれば、ここが私のための世界になるのよっ。そうすれば、私にも彼氏や旦那の一人や二人、出来ちゃうんだからっ」


 自主規制女は、俺を馬鹿にしたように見下して笑ったかと思えば、ヒステリックに叫んだ。いや、旦那や彼氏を二人とか作んなや。

 そう思ったのもつかの間、サクレの二発目が発動。自主規制女は聖なる光に包まれる。


「ちょ、まって、待ってよ。私たち、姉妹だよね。サクレ、お姉ちゃんにこんなことをしていいと思っているのっ」


 自主規制女がサクレに問いかけると、それはそれはとてもいい笑顔を浮かべて、サクレが「うん」と頷いた。

 それがとどめになったのか、それとも転生の儀式が完了したのか定かではないが、自主規制女は聖なる光に包まれて消えていった。


 うるさいのが消えて、転生の間に静寂が訪れる。急な静けさに、俺は声をかけられずにいた。急に静かになると、話しかけずらくなるのは、心理的な何かがあるのだろうと思う。別にどうだっていいのだが、姉を転生してしまったサクレには声をかけたほうがいいだろうと思い、声を出そうとした。

 でも、先に静寂を消し去ったのはサクレだった。


「ねえ、ダーリン」


「ん、どうした」


「私、お姉ちゃんを転生させちゃったんだけど、よかったんだよね」


「ちなみにどんな世界」


「女神な転生のような世界」


 なるほど、分からん。


「別に良いんじゃねぇ。だってお前の父親がいいって言ってたんだから」


「だよねっ! そうだよねっ! なに、心配することなんて何一つなかったんだ、いぇ~い」


 心配事がなくなるとこの変わりよう。さすが駄女神と言ったところか。


「んじゃ、俺はカレー作りの続きをするよ。邪魔が入ったけど、もういないし」


「じゃあ、私見てるっ」


「見てんじゃねぇ、邪魔すんな」


「邪魔しないから、ねぇいいでしょう」


 じゃれつくサクレ、ぶっちゃけ邪魔くさいんだけど、それでも仕方ないなと思ってしまうのは、きっと一緒にいた時間が知らぬ間に俺たちの距離を縮めていたからに違いない。

 何をやってもダメで、一つ一つの行動がうざったい、何かを喋ればイラっとさせられる、そんな駄女神だけど、こんなやつと一緒にいる日常も悪くないと思ってしまい、思わず笑ってしまった。

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駄女神がいる日常~就職浪人してたが死んだら駄女神の旦那にされました。え、俺同意していないんだけど~ 日向 葵 @hintaaoi

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