第27話 お盆休み

 お盆休み、汐里は都内の実家に、耀は埼玉の実家に帰った。

 汐里の休みは一週間しかないため、本当は二~三日帰るだけにしたかったのだが、今までは休みいっぱい帰っていたし、耀もいないため今まで通りの帰省になった。


「汐里、あんた綾ちゃんのとこで見合いしたんでしょ? 」

「あれはすぐに断ったよ」

「なんで? 彼氏でもいるの? 結婚とか考えてるわけ? 」

「いや、そういうのはいないけど……」


 去年まではそんなに言われなかったのだが、二十五を境に結婚をせっつかれるようになった。

 綾子が汐里に見合いを頼んだのも、牧田があまりに断られるからというのも本当だったのだろうが、汐里の母親に言われて……というのもあったのではないかと、汐里はふんでいた。


「あんたね、結婚ってすぐにできるもんじゃないのよ。結婚式の予約してから実際にお式するまで半年くらいかかるだろうし、それから子供つくってってなったら、生むのはだいぶ先じゃない。あんた、ゆっくりしてたらすぐに三十になるんだから! 」


 子供って……。


 そこでピンときた。

 汐里の幼馴染みの茉希まきが、この間結婚して第一子を出産したばかりだ。

 茉希のうちの母親と汐里の母親は、仲が良いのか悪いのか、しょっちゅう張り合っていた。

 小さい時からで、洋服や玩具に至るまで同じ物をもたせたり、習い事や塾も同じにさせられた。

 そんな茉希に子供ができ、茉希ママに孫自慢でもされたのだろう。


「結婚はまだ考えてないから」

「彼氏がいないなら、ばんばん見合いすればいいじゃない」

「だから、結婚したいとかまだないから見合いもしないの! 」


 まさか、彼氏が大学生だんて言えやしない。

 孫が今すぐにでも欲しい母親からしたら、一番付き合って欲しくない相手だろう。


 汐里はゴロゴロしながら、実家が居にくい場所になったな思う。結婚が決まるまで、毎回言われ続けることだろう。第一、帰ってきて三日だが、すでに毎日一回は言われている。

 あと四日耐えないといけないのかと、正直うんざりする。


「ちょっと出てくる」

「どこ行くの? 」

「茉希んち」

「なら、これ持ってって。」

「え~ッ」


 目の前に置かれた風呂敷を、汐里はゲンナリして見る。見た目から、風呂敷の中はスイカだろう。いくら同じ町内とはいえ、この暑いのに重いスイカを持って、坂道を登って行くのかと思うと、ため息しかでない。

 一応、出産祝いのベビー服も買ってきているから、それも持っていかないとだし……。


「あんたも、赤ん坊見たら結婚したくなるかもしれないわね。」


 そんな単純ではないと思うけど……。第一、子供自体大好きというタイプじゃない。赤ちゃんは可愛いとは思うけど、それ以上に大変そうだと思うから。


 汐里は重い腰を上げ、荷物を持って殺人的な日差しの下に出た。

 アスファルトの照り返しで、ムワッとして息をするだけで暑い。


 急な坂を上り、茉希の家に辿り着くと、茉希の父親が洗車をしていた。


「こんにちは」

「汐里ちゃん、久し振りだね。茉希なら赤ん坊と中にいるよ」

「お邪魔しま~す」


 勝手知ったる他人の家、汐里は台所にいた茉希ママにスイカを渡すと、そのまま二階の茉希の部屋へ向かう。

 茉希の部屋は高校の時のままで、違うのは真ん中にベビーベッドが置いてあることだった。


「寝てる? 」


 ベッドに横たわっていた茉希は、頭しているだけ起こして手を振った。


「起きてる。もう、三時間おきに授乳だから、ずっと眠くて」

「そりゃ大変だ! これ、出産祝い」


 ファミリアのギフトセットを枕元に置いた。


「あんがと。妊娠中はさ、お腹は重いし苦しいし、早く生まれてきてって思ったけど、生まれたら全然お腹の中にいたときのが楽だったってわかったよ」

「そうなんだ」


 汐里は、ベビーベッドで眠る赤ん坊を覗き込んだ。

 まだ髪も薄く、信じられないくらい小さな生き物が、ピクリともしないで寝ている。

 生後三週間、まだ可愛らしいというほど太ってないし、笑ったりするわけでもない。


あんちゃんだっけ?」

「そう、伊藤杏。ねえねえ汐里、おっぱいってさ、簡単にでるもんじゃないって知ってた? 」

「そうなの? 」

「そう。おっぱいマッサージしたりさ、乳首も柔らかくしないと、すぐ切れちゃうの」

「切れるの?! 」

「そう! 裂けるよ。しかも、それをゴリゴリ吸われるから、まじ激痛。ちゅう~ッなんて吸うくらいじゃおっぱいは出ないんだよ」


 乳首が裂けるなんて、想像もできない。

 出産自体も恐ろしいのに、そんな話しを聞いて赤ん坊が欲しいなんて、到底思えなかった。


「茉希が子供生んだからか、うちの親の結婚熱が上がったよ。なんか、ずっと結婚せっつかれてんだけど」

「そりゃ悪かったね。汐里は彼氏は? 」

「一応……ね」

「一応って? 」


 赤ん坊が泣き始め、ベビーベッドから赤ん坊を抱き上げると、茉希は躊躇なく寝間着をめくっておっぱいを出す。赤ん坊の首を支えつつ、器用に乳首を赤ん坊の口に含ませた。


「年下……なんだよ。付き合ったばっかだし、結婚とかそういう感じじゃないかな」

「いくつ下? 」

「今は五つだけど、学年は六つかな」

「二十歳? やるね。写メないの? 」


 耀の写メを見せると、茉希はへえとつぶやいた。


「意外! 汐里にしてはチャラい系だね」

「見た目だけね。でも、凄くいい子なんだ。」

「モテそうだね」

「そうだね……。」


 心配がないと言えば嘘になる。

 いつも耀のそばにいる女友達の佐々木雫とか、超美少女の幸崎美麗など、耀のことを好きな女の子は沢山いる。

 若さにしろ、見た目にしろ、自分が彼女達に勝てる要素が一つもない。


「ピッチピチで羨ましいよ」


 確かに若い。

 男の子なのに、肌がヤバイくらいつるんとしてるし、水弾きも半端ない。この間プールへ一緒に行ったときなんか、その若さが眩しすぎて、犯罪者にでもなった気分だった。


 汐里は、赤ん坊を見下ろすと、その柔らかい肌をプニプニ触ってみる。


「まあ、赤ん坊ほどじゃないね」

「ばかね、当たり前でしょ。じゃあ、しばらくは結婚とかはないか」

「だね」

「でもさ、あんたももう二十六なんだから、少し考えたほうがいいよ」

「まだ二十五です! 」

「彼氏の二年と、汐里の二年は重さが違うんだからね」


 まさか、茉希に母親と同じようなことを言われるとは思っていなかった。

 高校卒業してから一緒に専門に行って、汐里からは信じられないくらい遊び歩いていた茉希だ。今の旦那とできちゃった婚をしなければ、きっと今だってフラフラしているに違いない。


「遊んでなんぼみたいなこと言ってたくせに」

「若いうちはね」

「また若いもん」

「赤ん坊からしたらおばさんよ」


 それから赤ん坊が本格的に起きてしまったため、汐里は早々に帰ることにした。

 台所でスイカを切っていた茉希ママに声をかけると、「スイカ切ったのに……」と引き留められたが、「また来ます」とだけ言って家を出た。


 茉希の家を出たはいいが、まだ家に帰りたくもなく、かといってプラプラ散歩するには暑すぎる。無駄な出費は避けたいから、喫茶店に行くのも……。

 駅前まで歩くと、コンビニのイートインコーナーが目についた。


 汐里は、コンビニに入り、午後の紅茶のミルクティを買う。そのままイートインに行き、椅子に座った。

 商店街を暑そうに歩く人達を見ながら、涼しいコンビニで冷たいミルクティを飲む。

 それだけなのだが、さっきまでの急かされるような嫌な気持ちから解放されたような気分になった。


 時間潰しにただ外を見ていたら、知っている顔を見つけて、二度見してしまう。


 なんでここにあの人が?


 駅から出て、スマホを見ながらキョロキョロしていたその人と、ガラス越しにバッチリ目が合う。

 こっちもビックリだが、向こうも驚いたように動きが止まった。


 その人は……。

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