痙性

 全身が捻れる様な痙攣、筋肉の緊張と収縮を繰り返す痙性と呼ばれる症状も、息子のリハビリを妨げる原因となりました。対策として、筋肉の緊張を落とす内服薬(ギャバロン)の服用を提案され、行ってきましたが、入院から1ヶ月が過ぎても、良好な改善は見られませんでした。大人になるとこうした痙性も、上肢の力で抑え込んだり、また、この筋肉の緊張を逆手にとって動作に利用する、等といった方法もあるようでしたが、まだ未熟な上肢でそれは叶わず、逆手に取れるだけのバランスを裏支えする体幹に麻痺がある息子には難しく、ADL拡充のリハビリ訓練の妨げになっていました。


 主治医から、時間を取って普段のリハビリの様子を見てほしい、と言われ、平日、病院を訪れました。上記のような説明をされた上で、普段のリハビリの様子を見てみると、確かに多くの動作で、痙性が邪魔をしている姿を見ることができました。より良い訓練をして行きたいが、このままでは難しい。そこで提案されたのは『ボトックス』でした。


 ボツリヌス菌の毒素を薬として転用したもので、最たる利用法としては、眼瞼痙攣の治療に用いられる薬。痙性は、本来脳からの指令で抑え込んでいるはずの『不必要な反射』の総称で、背骨内部で神経が潰れ、脳との接続が不完全になっている為、起こるのだという説明でしたが、この薬を足と臀部、左右合わせて12箇所に注射する事で、意図的に反射の反応を落としてしまい、落ち着いた状態でリハビリを行い、やがて薬なしでも痙性を抑え込むだけのADLの獲得と肉体の発達を促す、という内容の提案されました。


 注射の効果は未知数で、やってみなければどれだけ効き目があるのかも、個人差があるので分からない、また、大体4か月程度で効き目が切れ、その都度注射をしなければならない、という状況で、しかも息子には元々の病気もあるので、当然、過剰な投薬は避けたい訳ですが、しかし、このまま何もしないでただ入院期間が過ぎるのを待っている訳にも行きません。少なくとも、わたしはそう判断しました。息子の人生はこれからで、少しでも早く、その人生の醍醐味を、全て味わって貰う為には、ひとつでも多く、自分で出来ることを増やし、自信に繋げて欲しい。そんな風に考えて、ボトックス注射を主治医にお願いしました。


 残念ながら注射処置そのものには立ち会えなかったのですが、息子曰く、


「信じられない程、痛い」


そうで、しかし、息子は下肢の感覚がない、もしくは極めて鈍いはずで、感覚が鈍くても痛いと感じる程なのか……と思った話でしたが、この注射後、ボトックスの効果はゆっくりと浸透して行きました。注射から10日を過ぎる頃には、ぴん、っと突っ張って、上肢の自力では、まったく曲げ伸ばしが出来なかった脚が、ごく自然な形に曲げ伸ばしが出来るようになり、自分で衣類を着替える訓練も始まりました。

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