成果の裏で

 では、劇的な結果の裏で、どんな事が行われていたのか。病院が遠方であり、リハビリテーションに同席出来なかった為、初めは話だけで、想像する事が難しかった内容が、週末に迎え、日曜夜に送り届ける生活で病院へ足を運んでいくと、少しずつ、わかってきました。


 息子に施されていたリハビリテーションの項目は3つ。ひとつは理学療法。これは身体のストレッチやマッサージ、軽度の運動を取り入れた、主に身体のケアに主眼を置いた内容の様でした。これは化学療法治療入院中も行われていたものですが、より設備の整った環境で、より時間かけて、より多くのスタッフに手伝って貰いながら、行うことが出来たようです。もうひとつは心理。これは病気療養の期間が長く、また化学療法等の影響等も鑑み、精神的成長、知的発育が年齢相応にしっかりと訪れているかをはかる為、リハビリ開始当初のみ項目に入れられていました。息子の場合はこの成長発育の心配が殆どなかった為、直ぐに終了となりました。


 ちなみに余談になりますが、この心理ケアのリハビリテーションの一環として「WISC-Ⅳ」(ウィスクフォー)というテストをしたそうです。IQテストのひとつだそうですが、この時点での息子のIQは、124という結果だったそうで、通常の7歳にしては高く、特に文章の読解と会話の理解力が高かった、と報告されました。これまでの治療中の息子の様子を見ていて、なるほど、と頷いた結果でした。車椅子とは切っても切れない生活になるだろうとは思いますが、この子の長所が、もし知的な力であれば、是非とも、いまよりさらに伸ばしていけるような環境を作っていきたいと感じた瞬間でもありました。


 そして3つ目。勿論、どれひとつとして欠けては行けないし、3つの項目を同時進行した事で、劇的な成果は上がったのだろう、とは思いますが、わたしが個人的に、息子の場合では、最も大きな効果をもたらしたのではないか、と考えているのが、作業療法(occupational therapy)です。作業療法はリハビリテーションの中でも、主にADL (日常生活動作)の拡充に主眼を置いていて、例えば、車椅子からベッドへの乗り移り訓練や、着替えや、室内での車椅子を使わない移動方法、と、兎に角、いままでと変わらない生活を、いまの身体をどの様に使って実現していけばいいのか、そのコツを教わり、練習する事が主な内容の様でした。


 子どもはコツを掴むのが早いです。これは特にリハビリテーションに限った事ではなく、子育てを経験された事のある方であれば、皆さん某かの時に感じた事があるのではないか、と思いますが、化学療法入院中は作業療法が行えず、初めて下肢が動かない事を前提とした動きを、教えて貰う経験をした息子は、そのひとつひとつのコツを、凄まじい早さで習得して行っていたのです。この為、出来なかったはずの、車椅子上での座り姿勢を自分で修正したり、車椅子の前輪を浮かして段差を乗り越える、等と言った動作も、早い段階から行える様になっていっていたのでした。


 そろそろ入院から1ヶ月が経とうとしていた頃、息子が入院中の病棟の看護師さんから、普段の息子の様子を伺った事がありました。兎に角真面目で、全てのリハビリ項目を懸命に取り組んでいる、この年齢でも、大人でも、これ程自主的に、前向きに取り組む人はなかなか見ない。


「だから、わたし達も、良くなって欲しい、手伝って上げたい、と強く思うんですよね」


その看護師さんは、そんな風に仰っていました。


 息子の生き様、精神的な魅力が、我々親を抜きにして、既に多くの人を巻き込み始めているのだ、と言うことを認識した瞬間でした。


 

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