劇的な成果

 これまでの入院病棟は、化学療法病棟であった為、個室で、明確な消灯時間もない入院でしたが、リハビリテーション目的で入院した病院では、そうはいきません。部屋は4人部屋ですし、消灯21時。食事は決まった時間に同じ病棟の人達が食堂スペースに集まり、皆で食べる。まさに共同生活です。息子の病棟は、殆どが高校生までの未成年者でしたが、幾人か成人の方、中には高齢の女性の方もいて、息子はこれまでおそらく1度も触れ合った事のない年齢層の方々の中で、ひとり、生活をしていました。平日は、片道車で高速道路利用しても3時間という距離は遠く、仕事をしながら通う事は出来ない旨を息子に説明し、代わり、と言っては何ですが、偶々車で1時間程度の距離にわたしの両親が住んでいた為、折を見て見舞いに来てくれる事を話しました。しかし、前述した通り、息子は自分の置かれた状況を楽しむ事に長けている様で、


「大丈夫だよ。寂しくなくはないけど、リハビリしに来てるからね。やることが沢山あるんだよ」


とわたしに話すのでした。


 リハビリテーション入院の成果は、劇的な物がありました。わたしに言った言葉の通り、リハビリテーションには食事も大事、と先生から聞いたらしい息子は、どんな食事も残さず食べていたらしく、化学療法で激減した体重が1ヶ月もしないで戻りました。また、本当に劇的だな、と思ったのは車椅子に座る姿勢で、最初の1週間を経過し、外泊で帰宅した時点で、既にそれまでよりも見るからに綺麗な姿勢で座るようになっていました。胴体を固めていたコルセットも外され、息子によると、無くても平気だから取った、との事でした。


 こんな事があるのかと、本気で思いました。つい1週間前、主治医から提示された大きな目標、わたしは、耳にした時こそ、それは無理ではないか、と思いましたが、たった1週間で劇的過ぎる変貌に、これは何か、とてつもない事が起ころうとしている、と予感しました。実はこの時点ではまだ、実際どんなリハビリを行っているのかは、見る機会がなかった為、息子による説明だけでしか分からなかったのですが、兎に角、急速な回復を見せ始めていました。


 週末は自宅へ帰り、一息付く生活。土日の1泊2日、それも日曜日の夕方には病院に戻っていなければならないので、本当に自宅に泊まって病院に帰るだけの一息でしたが、息子に取っても、我々親に取っても、大事な『一息』になっていました。また、こうして僅かな時間でも自宅で過ごすことで、いまの家に何が必要なのかを考える時間にもなりました。息子の下肢麻痺は、どんな奇跡的な回復があったとしても、おそらく一生涯付いて回る物ですので、当然、自宅の改修工事を考えなければ行けません。バリアフリー住宅について学び、何が必要で、何から揃えるべきなのかを考え、まとめ始めたのは、この入院中からでした。


 そんな生活が約1ヶ月程続くと、車椅子の姿勢が非常に良くなってきました。自ら座り直す事は出来なかったのに、いつの間にか平然と姿勢を整える事が出来るようになっていました。段差を越える為の車椅子の動かし方を習った、と車椅子の前輪に当たるキャスターを浮かせて器用にバランスを取り、走らせて見せるようになったのでした。


 ただ、相変わらず痙性は起きていて、足が自分の力では曲げられない程、突っ張ってしまう事もあり、課題はまだまだ残っていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る