リハビリテーション入院編

問題の提起

2つの山

 時系列で言えば、保育園の卒園式の前に、リハビリテーション専門病院への入院が決まりました。ちょうど卒園式の前日、同病院まで入院前の様々な検査を受けに行き、担当医師による問診も行いました。移動だけで往復5~6時間掛かる為、完全に1日掛かりでしたが、息子は終始元気で、新しい病院施設の説明や、先生方との交流にも目を輝かせ、状況を楽しんでいる様に見えました。前向き、と言う言葉では表現しきれない、強い意志を感じました。親でありなから、息子のこうした姿勢には感心してしまいます。


 入院当初の息子には、いくつもの課題がありました。大きな所では排泄をどう管理するか。身体が捻れる様な腰から下肢まで含めて起こる痙性と、どう付き合っていくのか。まずはそうした大きな部分の方針と先が見えなければ、更に山積している細かい問題に向かう事は出来ない、また早々に復学を目指すには、どちらも必須である為、目標の設定と早対策が考えられました。


 まず、排泄は全て自分で出来るようにする事。年齢が幼すぎるので、いますぐ、と言うわけではありませんでしたが、尿に関しては間欠導尿を、自分ひとりでも行う事が出来るようにする事。便に関しては、レシカルボン座薬という排便を促進する座薬を、日の決まった時間に入れる事で、その時間に排便させて管理を目指し、こちらも将来的には自分ひとりで出来るようにする事が目標として設定されました。これによりどちらの失禁も防ぎ、自分ひとりでの活動範囲を大きく広げる、息子が将来、どんな活動に付くにしても、習得しておくべきであるし、これを習得していることで、健常な人と変わらない活動範囲を手にすることが出来る、という訳ですが……正直なところ、そんなことが本当に可能なのか、とわたしは医師と話ながら思いました。この当時の息子の姿を見れば、殆どの人がそう思ったであろうと思います。勿論、その様に出来れば、健常者と変わらぬ活動範囲を手にすることが出来れば、それに越したことはありませんし、親として、当然願う所ではありました。しかし、痙性により身体の捻れは大きく、場合によっては車椅子から落ちそうになるほどで、移動もままならず、ベッドでは寝返りも自力では打てない状況で、そんな未来を想像しろ、という方が酷でした。


 ところが、この病院で息子の主治医になった医師は、わりとあっさりと言いました。


「◯◯君の状況であれば、何でも出来るようになりますよ」


 医師の方は、基本的に慎重な物言いをするものですが、リハビリテーション入院した病院での主治医は、優しい笑みを向けながら、大丈夫です、と言うのです。本当かよ、と言葉を選ばない言葉が喉から出掛けました。息子の状態は、お世辞にもいい状態とは言えないはずで、素人目にはとても上記の様な事が出来るようになるとは思えませんでした。


 もうひとつの大きな問題である痙性については、入院当初の1ヶ月は保留とされました。神経が阻害された事で意思の通わない下肢で、意思とは関係なく起こる、反射の動きが痙性ですが、実はこれが起こっている事自体は、マイナスな面ばかりではない、という見方もあるそうで、まず、動きがある限り、筋肉の低下をある程度緩めてくれる、と言うのです。全く動かないよりはマシ、というレベルらしいですが、確かに筋肉を動かしている様子はあるので、これは頷けました。また、この痙性による足の突っ張りを利用した身体の動かし方、リハビリテーションのやり方、というものもあるそうで、そこを見極める必要があるとの事でした。これは後述する事になりますが、痙性を起こらなくさせる事は可能で、そう言う薬もあるのですが、どこで、どの様に、どれ程の痙性が起きているのかを見極めてからの方がよい、との事でした。


 2つの大きな山に対しての方向性がある程度決まり、息子のリハビリテーション入院生活は始まりました。入院は基本的に平日のみ、週末は外泊して、自宅での生活にも慣れる、という二重生活が始まりました。僅か7歳の息子を、親元から離し、都道府県を3つも跨いだ先へ、ひとりで置いてくる事になろうとは、全く想像していなかった事でしたが、息子は泣いたりはしませんでした。後で看護師さんから聞いた話では、最初の夜は、さすがに寂しさからしくしくしていたらしいですが、翌日からは病棟の他の入院患者である同年代の子ども達とすぐに打ち解け、楽しそうに過ごしている姿が見られた、との事でした。実際、入院後、初めての週末、外泊の為に迎えに行った時は、わたしと妻の顔を見ても、軽く片手を上げるくらいのもので、大喜びするでもなく、病棟の子ども達で遊んでいたので、嬉しいやら安堵やら、何となく寂しいやら、親として子どもの成長を見守る、複雑な気持ちになった事を覚えています。

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