よく食べ、よく寝て、よく笑う

 この記録の表題にしたこの言葉。実はわたしが勝手に「我が家の家訓」と言っていた言葉でした。何故この言葉を、息子の闘病記録の表題に使ったのか。そのエピソードが丁度この頃、化学療法3コース目終了から4コース目が始まる、丁度この谷間の時期にありました。


 既に記載した通り、息子は化学療法の影響から味覚が変化してしまい、食欲が殆どありませんでした。しかし、この頃から、時にこちらが大丈夫か、と案じる程、食事を口に運ぶ様になりました。やはり使用される薬剤の量が減ったからか、後で息子に聞いた所では、この頃から気持ち悪さがかなり緩和されたそうで、楽になっていた事実もあるようでしたが、それにしても、かなり頑張って食べている、という印象が強い食べ方をしていました。


 ある時、病室にわたしと息子だけしかいない日があり、それは昼食を食べる手伝いをしながら過ごしていた時だった、と思います。その時も息子は、なるべく綺麗に食べようとして、スープが美味しいから、その後に直ぐご飯を食べよう、とか何とか、いろいろ計画を練って食事を進めていました。


 わたしが、あんまり無理するなよ、と言った所で、息子はこう返しました。


「だって、よく食べ、よく寝て、よく笑う、でしょ? 食って、寝て、笑うんだよ」


 そう言って、満面の笑みを見せました。


 確かに、わたしは冗談半分で、家訓だ、と言っていました。これだけやっておけば、病気にもならないし、元気に過ごせる。食べれば治るし、寝れば治るし、笑えば治る。食べれば悪くならないし、寝れば悪くならないし、笑えば悪くならない。息子が1歳位の頃から、そう言い聞かせて来た言葉でした。


 取り戻す、と決めた息子には、この言葉がある種の指針になっている様でした。全く、してやられたな、と思いました。子どもの成長の過程で、自分の話した言葉をそっくりそのまま返される事があるよ、と聞いたことはありましたが、まさかこんなタイミングで、息子の成長を、こんな風に見せ付けられる事になるとは。驚きと、年齢にそぐわない逞しさを感じた瞬間でした。そして、多分、息子は本当に、全て取り戻し、それ以上に、望む全てを手にするんだろうなあ、と思いました。親バカでしょうか。しかし、確かに息子からは、それを感じるのです。


 その証明、とでも言いましょうか、主治医のY医師も、そしてこの後、転院した先の主治医、看護師、さらには無事通うことが出来ている小学校の先生方も、同じ事を話します。わたしから話した訳ではなく、何故か無限の可能性を感じさせる何が、息子にはあるようです。


 きっと、子どもというものは全て、息子の様に、無限の可能性を持っていて、それを感じさせてくれるものなのだろうと思います。息子には他人より多く困難があり、無限の可能性が見えやすくなっているのだろう、といまのわたしは考えています。当たり前過ぎて見落としている物を、我々大人は大切にしなければなりません。息子はそんなことまでも、その身をもって周囲に伝えてくれているのかも知れません。 


 よく食べ、よく寝て、よく笑う。いまも、息子はよく笑っています。きっと、笑いながら、どんなに遠い道のりも、越えていってしまうのでしょう。

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