非公認魔法少女戦線After 魔法のフェアリーエンジェルRio 

奇水

プロローグ 




 魔法のフェアリーエンジェル 華の子リオ


「誰もが胸に抱く心の花! 魂の種! 守ってみせます! 魔法のフェアリーエンジェル、華の子リオ!」

 

 少女は、笑顔を守ります!




 魔法のフェアリーエンジェル 華の子リオ 2nd


「心の花! 魂の種! 命の芽! 穢す者は赦さない! 魔法のフェアリーエンジェル、華の子リオ!


 少女は、みんなのために戦う!




 魔法のフェアリーエンジェル フラワーズ


「心の花!」

「魂の種!」

「命の芽!」

「「「世界は可能性の花園!!!」」」


「魔法のフェアリーエンジェル! リオ」

「アチカ!」

「キヨネ!」


「「「フラワーズ!!!」」」


 少女たちは、世界を護る!




 魔法のフェアリーエンジェル フラワーズ セイントガーデン


(前略)


「魔法のフェアリーエンジェル! リオ」

「アチカ!」

「キヨネ!」

「ユウキ!」


「「「フラワーズ!!!!」」」


 少女たちの想いは、無敵に素敵!




 魔法のフェアリーエンジェル フラワーズ ホーリープレイズ


(前略)


「魔法のフェアリーエンジェル! リオ」


(中略)


「「「「「フラワーズ!!!!!!」」」」」


 少女の想いは、永遠に



 ………

 ………



 魔法のフェアリーエンジェル to B.O.D.ブロッサム・オア・ダイ ――咲くか、死ぬか――


「心と魂の守護者、魔法のフェアリーエンジェル、リオ。推参」


 少女は、戦う。

 みんなを守護まもるために。



 ………

 ………





「………何を、笑っているの?」

 そう言われて、一ノ宮真音いちのみや まいんは顔を上げた。

「いや――ちょっと、思い出し笑いをね」

「楽しいことを、思い出していたのね」

 そう言った恋人の声に、何処か冷ややかなものが混じっていることに真音は気づいていた。

 気づいていたが、気づかない振りをしていた。

 いや。

 もう、こんなやりとりをするのは何度目だろうか。最初の方は数えていた気がする。最初にこんな声をされたのかがいつだったかなんて、もう思い出せないけれど。

 思い出さないようにも、していたけれど。

(…………そろそろ、かな)

 右手の人差し指で眼鏡のブリッジを押さえて、位置を直した。

 特に必要な所作ではなかったが、今のこの瞬間に何かを話せるほどには無神経にはなれなかった。無責任でもなかった。だけど間をもたせたかった。もう少しだけでも、嫌なことは先に伸ばしたかった。

 いや、と重ねて思う。

 自分は彼女の声の冷たさに気づいて気づかない振りをするくらいに無神経で、それを思い出さないようにしているくらいに無責任だった。 

 その報いを、いつか受ける時がくる。

 そしてそれは。

「これ」

 と彼女は差し出した。

 鍵。

 何処ででも作れるような部屋のスペアキーだ。二人で一緒に作りに行ったのを覚えている。あの時のことは思い出せる。あの日のことは今でも反芻する。

 幸せな瞬間だった。

「もう、返すから」

「えっと――、」

「何?」

「やり直せない、かな?」

「何を?」

「……………その、」

 彼女は、一ノ宮真音の恋人は、静かに息を吐き出した。それは芝居がかったようなものでは到底なく、失望も落胆すらもなかった。おおよそ感情など抜け落ちた、ただ吐き出しただけの溜め息だった。

 真音はいたたまれなくなって目をそらす。そのまま周囲を視線だけで見渡した。

 いつも学校帰りに立ち寄っていた喫茶店の野外パーラーに、自分だけしか来なくなったのはいつからだったか。高校卒業後に友人たちは地元から離れた。進学のためだったり、就職のためだったり。自分は地元に残ったのだが、それは友人たちを傍から見ているのが辛かったからかもしれない。それでも頻繁に帰郷した折りにはここに集まっていたが、それも大学を卒業した頃にはほとんどそういう機会はなくなった。

 彼女と出会ったのは、在学中だった。

 大学で入った読書会のサークルで初めて会った時から、話が合った。一ヶ月もたたないうちにこのパーラーで共に本を積み上げて読書感想会なんてやる仲になっていた。

 告白したのは彼女が先で。

 キスをしたのは自分からだった。

「真音、あなた、いつもそうね」

 彼女は呆れていた。

「いつも、いつもそう。あなたはとても頭がいいし、色んなことを知っているし、とても聡明で、優しくて、優しくて、優しくて、」



「だけど、わたしを、見ていない」



「………………」

「いい加減にして欲しいのよね。いつまでも、一方通行の好意だけを向け続けることができるほど、わたしも一途じゃ居続けられないの。返してくれるものがないと、わたしだって辛いのよ。辛かったのよ。あなたはそんなことにも気づいてなかったでしょ」

 そうだったのだろうか。

 真音は思い返すが、記憶に残る限りの自分は彼女の求めに応じ続けていたはずだ。自分からも求めたはずだ。つい昨日の夜にだって、あんなに求めあったじゃないか。そう考えてから、だけど、彼女の言っていることに嘘はないのだということにも気づいていた。

 自分はきっと、彼女の本当に求めているものをあげることができなかったのだろう。

(まるで、漫画のようだ)

 そんな風に、脳ミソのなかの冷たい部分でそう思う。まるで少女漫画の主人公のようだ。イケメンだけど人の心が解らない、愛することができないやつ。まだ本当の恋を知らなくて、いつか、正しくも激しくて、切ない恋を自分に教えてくれる運命の相手が目の前に現れ、無様にあがいてその相手の愛を求めるのだ。

 ――――バカバカしい。

 あがくなら、今だ。

 無様に、泣いて謝れ。すがりついてしまえ。かっこ悪くて、いいじゃないか。それだけ自分はあなたを好きなのだと、そう言えばいいんじゃないか。彼女が求めているのは愛の実感で、ちょっと自分の態度に必死さが見えないから愛がないなんて勘違いしているだけなんじゃないか。

 だけど。

 出てきた言葉は。

「ごめんなさい」

「――――さようなら」

 幸せに、なってね。

 そう言い残して、彼女は真音の手の上に鍵を置いて立ち去った。



   ◆ ◆ ◆



(就職以来、お互いすれちがうことが増えたからかな……)

 真音は喫茶店の帰り道、そんなことを思う。

 思いながら、違うということも解っていた。

 いや、すれ違いそのものはあった。生活時間が変わったということも、この別離の理由の一つではあったのだろう。そうでなければ、もう少し、あるいはもしかしたら、もしかしたら、あと一年や先には別れは伸ばせたのではないかと思う。

「…………まあ、いつかの破綻は解っていたことだ」

 その「いつか」が今日だったまでのこと。

 そう、強がる。

 強がってなければ、泣いてしまいそうだった。

 いっそ涙を流せたのならば楽になっていたのかもしれない。もう少し、気が晴れていたのかもしれない。

 確か涙を流すことによってストレス物質を体外に排出することができたはずだ。だからとにかく大泣きすればそれなりに気分はすっきりすることができる。そういうメカニズムになっていた。

 ――――だったら、もう少し泣くのはよそう。

 この気持を抱え続けるのが、自分に対する罰なのだと思う。泣いて気分がスッキリするというのは後ろめたかった。もしもそんなことをしてしまったら、自分が彼女に抱いていた気持ちが何もかも嘘であるような気がした。

「不合理だ。不合理だが、これが、多分、恋だ――恋の、はずだ」

 そんなことを呟き、歩道を歩く。

 そろそろ夕方だ。車の行き来も激しくなりつつある。今日は祭日だったから、遠出から帰ってきている車も平日よりは多いかもしれない。あるいは、平日の方が仕事帰りの車でごった返すものだろうか。

 真音はいつもは気にしないようなことを、考える。

 やはり、自分が振られたことを積極的には考えたくないからだろうな、と冷静にそんなことを分析してしまったが、それは真音の性格ではあった。何をするにも理屈を考えてしまうのは、一ノ宮真音の悪い癖のようなものだった。

 そんなだから自分は彼女に好かれたのかもしれないし、だからこんな風に破局してしまったのかもしれなかった。

(お互い女で、こんなのが長続きしないってのが解っていたからな)

 改めて、思う。

 そう。

 一ノ宮真音は女性だった。

 年齢は二十五歳。髪型は昔からボーイッシュなショートヘアであったが、体型的にはそれなりにメリハリのある、見た目に男と間違えられるようなものではないという自負があった。別に男の注目を浴びたいわけではないけれど、他人に評価を受けるというのはそれなりに気分がいいことだった。週二のペースでジムに通っている。そういえば高校時代はスレンダータイプだったが、ほんの七年ほど前のことでしかないのに、それも随分と昔であったように感じる。

 あの頃の友人たちは、今の自分を見たらどう思うだろうか。

 想像できなくもないが、想像したくもなかった。

「どうしたものかなあ……」

 頭の中身は乱れっぱなしだ。

 上手く考えがまとまらない。どうしたところでまとまらないものかもしれないし、まとめてはいけないような気もするし、ずっとこんな風に悶々としているのが一番いいようにも思う。

 ただ一つ、はっきりしていることがあった。

 女同士だから破綻したなんてのは、嘘だ。

 仮にどっちかが男でも、あるいは男同士だったとしても、自分みたいな馬鹿はこんな風に破綻して破局して破滅してしまうのだ。きっと。

「どうしたものかなあ…………」

 この先、どうすればいいのか。

 考えなくても、やらなければいけないことは山積みだ。恋人にこっぴどく振られたって世界が滅びるわけではない。仕事がなくなるわけじゃない。

 今日明日は現実から逃避できたとしても、月曜日はやってくる。

 否が応でも仕事からは逃れられない。

(いや、これも違うか)



 今更そんなことを言っても詮無いことではあるが――――

 ふっと。

 真音は、足をとめた。

「ふむ…………」

 ひっきりなしに行き交っていた車がなくなっている。

 見上げれば、建物という建物から灯りが消えている。

 空はいつの間にか…………赤黒い。

「ああ、これはアレか。また始まったのか」

 特に驚くでもなく真音はそう呟いた時。


「どぉぉぉいてぇぇぇッッ!」


 上空から叫び声が聞こえ、続けてガードレールに何か重いものがぶつかり、べこんと凹む金属音がした。

 さらにぐるぐると回転する白い何か。

 延々と繰り返される旋回は、しかし現実にあったのは二秒となかった。

「――――と、」

 ぱちん、と頭の上にかざした手でコンクリートの床を受けて、それは足から着地を決めた。

 白く膨らんたドレスに、華の蕾を模した鎚を背負った、その姿は。


 魔法少女――


「リオ」

「あ、真音さん」

 思わず名前を呼んでしまった真音へと顔を向けたその少女は、「ちーす」と右手を挙げた。

「ちーす」と真音。

「それで、また?」

 特に驚くでもなく、世間話のように尋ねてしまった真音であるが、相手の少女――リオ――も、こちらもやはり世間話のように「はい」と頷き。

「またです。なんか今回は【華】の魔法界の跡目争いとかなんかそんな感じらしいです。はい」

「ふーん……手伝ったほうがいいかね?」

「まだ今日がなので」

 リオ――魔法のフェアリーエンジェル、かつて〝華の子〟リオと呼ばれた歴戦の魔法少女は、笑った。


「まあ、今回のワンクール、助っ人なしにやり遂げちゃいますって」


 そう言って掲げた蕾の鎚は、やがて綻び――

 

「母さん!」

「かあさん?」

 聞こえた声に真音が振り向くと、銀髪の、身体を白い布と茨で巻いたこの世のものとも思えない少年が駆け寄ってくるのが見えた。

 当然、真音には心当たりはなかった。

 あるのだとしたら、それは自分ではない。

「あ、この子、わたしの息子です」

 鎚を掲げたままに、真音を見ずにそう答えたリオは。


「フェアリーエンジェル、バトルフォーム――」


 そして跳躍して――――



   ◆ ◆ ◆ 



 魔法少女。

 それは【狭間の地平】と呼ばれる異世界に点在する魔法世界により選ばれ、魔法を授けられた少女たちだ。

 それぞれが魔法世界より使命と魔法を得て、ある者は戦い、ある者は人の心を癒やし、またある者は夢を助けた。

 多くの者は使命を終えた後に魔法を捨てる。

 だが、一部の者は、使命を終えてなお魔法の力を捨てず、魔法少女であり続ける者がいた。

 人は彼女らを非公認魔法少女と呼び、またそうではない、魔法世界に認められた者を公認魔法少女として区別した。


 

  ◆ ◆ ◆



「…………今日はまた、色々とあったものだ」

 真音が自宅マンションの玄関に鍵を差し込んだのは、もう夜も九時を回った後だった。

 デートのつもりが振られて、帰り道で顔見知りの魔法少女と出会い、そこからもう飽きるほど見慣れたバトル演出を眺めながらあれこれと後始末など手伝ったり、緊急招集されたり、気づいたらこんな時間だった。

「半額で惣菜が買えたのは、不幸中の幸いか」

 そんなことをぼやきながら台所の電器をつけ、椅子についてから「はー」と溜め息を吐く。

 今こんな態勢になってしまったら、あと十分はこのまま立ち上がることができないというのは経験則で解っていた。だが、立ったままで皿を出して惣菜を盛り、レンチンするなどの準備をするのも辛かった。

 とにかく一度は休み、腰を落ち着けたい。

 身体も心も、疲れ切っていた。

「もう若くないんだぞ、わたしも……」

 そうぼやきながら頬杖をつくのであるが。


 ぴんぽーん、とインターホンが鳴った。


「……誰だ、こんな時間に」

 非常識な、と思いながらも、応対しないわけにはいかない。

 よっこらしょ、とほんの二年前の自分なら絶対に口にしないだろう声をかけながらなけなしの体力と気力を絞り出し、真音は椅子から立ち、ふらふらとした身体を必死で支えながら玄関に向かった。

 たどり着くまでに、インターホンは三回鳴った。

「はいはい、だーれだ、こんな時間に……」


「あ、先生、夜分すいません」

「…………すみません」


 玄関をあけると、真音の顔なじみの少女で、現在、高校教師である一ノ宮真音の生徒である神埼理緒と。

 少し前に出会ったばかりの、理緒の「息子」だという少年がいた。







  つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

非公認魔法少女戦線After 魔法のフェアリーエンジェルRio  奇水 @KUON

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ