第4話終えた話

 異世移帰いせいき


 任務に出たはずの影は帰らず、ただ体だけを帰った忍は意識を帰らさず。

 その忍の魂二息とも、この世ではない異世へと飛んでいたことには、本忍ほんにんも驚いただろう。

 消えゆ二息の物語は、嗚呼、そうだ『忍処』という書物が最後か。

 忍が綴る記憶物語、まったく重要な記憶だけを抜き取るかと思わば、実はただただなんとなしにそこに在った記憶を綴るのみ。

 そう、事の始まりを記した書物が未だに見つかっておらぬというところ。

 きっと忍は書物に記しておいて、隠しておるのだろう。

 異世の話、それさえ書物に残しておるのだから、何を恐れているのやら。

『異世界の二息に最終話無シ』と書物に名を付けて、主に隠し何事も無かった顔。


 お客人様、どうも気になるという目をしてらっしゃる。

 ふふ、忍の口で語れない草の物語、書物を見つけたらならばお好きにどうぞ。

 実はこう話していながらも、未完成の手で御座いまするが、いやいや、お客人様ならば見つけた頃には完結しているのでしょう。

 申し遅れました、こちとらはお客人様のお相手を任されました、主の影に御座います。

 いえいえ、名乗るほどの名ではありませぬから。

 お気付きですか?

 それとも、お気付きでない?

 嗚呼、お気になさらず。

 ちょいと面白いお客人様を捕まえたな、と。


 忍二息、現世戻り主を敵襲から守りやった。

 実にその隙は絶妙、素晴らしやと妖も笑う。

 ただ、何奴が影忍の死をと偽報告を行ったか、探し罰せなければと主の目鋭くなり。

 それ、忍の口申して止めるも主は気が済まず、結局は落雷余儀なく。

 何奴かと炙り出しを行うが為、少々時遅し故にわからぬが、影を広げる。

 偽りか真か申せ、さもなくばその命、影が喰ろうてやろうぞ、とばかりに脅すものだから、知る知らぬどころでなく次々に事を転がし始めた。

 ついに見つけたが首掴み、影はニタリと笑んだ。

 玉響たまゆらに影のよく通る声聞こえ、立ち上がる足音に耳は気付く。

 それからのこと、穏やかな風。

 異世から舞い戻り、同盟の意味を失うた好敵手との繋がりを今、如何に?


「夜影。」

「忍に行先問うて如何なさるの。間違いなんぞありはしないさ。」

 影忍は笑んでその背中を手で撫でた。

 ゆるり、ゆるりと撫でながら優しい呼吸をする。

「この先苦難が在ろうとも、あんた様が決めた事に否は無し。大丈夫。」

 責めはしない、と。

 責められようともきっと守ってやろう、というのは墨幸も察しておる。

 が、そうではないのだ。

 苦難が在り、そしてただの苦難で済まされず絶えてしまったのなら?

 一つ一つに掛かる重みは酷く大きい。

 それを支え、共に重みを抱え歩む存在を忘れていようか。

 背中を撫でて、この背中にのしかかる重みをいつにこの手に分けてくれるのやら、と思う。

 影にも部下という重み、主という重み、忍隊の長である重みが在る。

 それを誰にも分けてやれないで、支えさせないで、独り抱えなければならない。

 故にただ一人で全ての重みを抱える難というのはよくわかる。

 よりにもよって我が主は国という、なんとも大きな重みを。

 それを二つに分ければよいというのに、影を忘れたか。

「どうしてだろうねぇ。此処にあんた様の影があるというのに。」

 そう呟いて、手を離す。

「何か言うたか?」

「さぁ、何を言いましょうかね。」

 いつもこうだ。

 何かを問えば、言えない事言わない事を隠す為意地悪な返答を。

 ひねくれた性格だと他の者が申せば墨幸は首を傾げる。

 此奴はまっこと純粋で、可愛いこともあるのだ、と客人に言うたのもいつのことか。

 本忍も、まったくひねくれた性格だと自覚があるのに、純粋だなどと言われてしまえば、はて?と。

 悩み一つ、大きい話も影忍にはこの程度の草話のように大したことではないように感ずる。

 これは生きた時の長さか、経験というのは恐れを増させることもあればこのように薄ませることもある。

 一つ判断するに迷うた頃を思い出しつ、我が主が悩むのを見ておった。

 天下分け目の大戦も、きっとこの主の隣ではないのだろうと予感する。

 明日は雨か、香りが漂う。

 日が暮れて、主が気付いた時には影忍はそこに居らず。


「失うこと、そしてそれの帰還。大切だと元より気付いていても、覚悟は未だ。さて、夜も深まって参りました。如何なさいますか?」

 笑む忍、そこに手を差して申す。

 寝入りは彼処、物足りぬならば此処で丑三つ時を。

 リン…と鈴が鳴れば。

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