第3話始まる前に

 初歩落雷しょほらくらい


 ここに立つ一人の武将、名を墨幸という。

 そこの影に身を忍ばせるは、墨幸の忍である夜影。

 これらが掲げる旗は、雷鳴を示す稲妻が駆けていた。

 武家名を、武雷という。

 武雷を代々仕え続ける夜影は主である者を支え守り、時には厳しくあった。

 その影まさに、雷雲の如し。

 武雷に仕える夜影の主となった墨幸はその影に背を任せ戦い、時にその影と向き合う。

 その目はまさに強き雷光、そしてその声はまさに雷鳴の如し。

 惹いて惹かれてその背を合わせ、息を絆で結びて日ノ本を疾駆する。

 夜影はその目に天下を取る我が主を刻み込む時まで、武雷の主と共に戦場を駆けるだろう。

 裏切らぬ忠義を持ってして、主に応えよう鋭き刃をその手にして。

 主はただそれを呼び天下を取る様を目に刻ませる日まで影と共に在ればよい。

 信ずることを貫くことを、心に置いて。

 真っ直ぐと前を見据える。

 振り向くは忍の目なり。


 ここに、帰還した忍らと主の姿があった。

「そろそろ、天下分け目も見えて来ましたねぇ。」

 夜影は空を見上げてそう呟いた。

 その言葉に振り返れば悪戯な笑みを浮かべる。

「お前には見えるのか?」

 その問い掛けにケラケラと笑い声をたてた。

 そしてうんと伸びをして我が主を見つめ返す。

「見えるよ。残念ながら、遠い遠い未来さきの話になっちまうけどね。」

 それが真であったならばきっと夜影は口にはしなかっただろう。

 不確かな事は口にしないと言ったあの日も偽りか。

 敢えてそう意識させようと思うたか。

「あんた様が迷うこたない。何一つ、ね。」

 自身が背負っているのは、迷いを許されないほどの重みか。

 我が忍はいとも容易く心中を見透かして、先回りな答えを出す。

 そうして導かれる先に、何が待っているのか、誰にも予想は出来なかった。

 そう導く夜影でさえも、知る由もないのだ。

 どうだ、この先に滅びが待っていようとも、歩みを止めぬ覚悟はあるか。

 夜影はそれに笑んで答えるだろう。

 そして、それが夜影が招いた結果であっても、主は夜影を咎めはしないだろう。

 主も夜影も、わかっている。

 モノはいつの日か必ず滅ぶ。

 時は有限であると。

 そして、終わりへ夜影が導こうとも、そうでなくとも、行く末は変わりはしない。

 ならば、信じた道を貫けばよい話なのだ。

 夜影が導く道が、何処までのことになるのかさえ、わからない。

 雷鳴疾駆、我が武雷よ、永遠なれ!

 そう叫べば夜影は嬉嬉としてその身を差し出すだろう。

 永遠を語る夢を、壊さないようにせめて、自身を壊してでも永遠に近き悔いない生涯を終えてしまえ、と。

 それもまた、夜影という者の貫く道なり。


「これこそ、始まりの一歩と。しかし、墨幸様はこの次、失う事を知ることと…なりまして。」

 その目を悲しげに伏せながら、猫はそう告げる。

 その話の続きは、容易に予想することが出来た。

 何を失ったのか………。

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