1-4―孤高のナルシスト―

 夏木笙なつきしょうはクラスの中でもひと際目立つ背の高い美男子イケメンだった。彼にかつてから思いを寄せていた女子生徒は数多く、密かにファンクラブ的なものまで存在していた。窓際で頬杖をついたりしてひとり外を眺めているときの耽美的な彼の風貌に、どれほどの羨望の眼差しが注がれていただろうか。その一方で、笙は孤高のナルシストといった哀愁にみちた風情があり、笙が小学校の頃に母親を亡くし、父子家庭であるという日常が、笙から放たれる強さと弱さの共存した哀感の翳りに深く影響しているようでもあった。ざっくばらんな雰囲気で周囲を魅了する笙に対して珠樹ははじめの頃は反感の思いの方が強かった。学生服の下に派手なTシャツを着込んできたり、クラスの女生徒を呼ぶときにとかといった風に代名詞を使って名字や名前を敢えて使わないところなど、美男でもてることを鼻にかけ威張っている感が強かった。また、授業中も人の関心をひくようなことを言って周囲を笑わせ、授業の担当教諭から注意されるなど不真面目かつ不謹慎な態度であることも否定できなかった。しかし、母親を亡くしたいきさつなどをグループの友人仲間たちから聞いてから、珠樹は笙の行動に対して引き寄せられるような思いの方が次第に強くなっていった。珠樹の父が別居中で不在だったことも笙に惹かれる思いにある種起因していたかもしれない。母親を亡くした笙と父親と別居している珠樹―それぞれ事情は違うが片親がいないという辛い現実を背負って生きていることに淡い仲間意識のような思いが生じ、その思いが珠樹の心の中でだんだんと強くなっていった。


 高校受験を控えているとはいえ、中三という多感な時期に恋の噂はオープンにしろ、プラトニックにしろ、いろいろなところで囁かれ、帰り道を共にするカップルも見受けられた。珠樹を囲むグループ内でもそれぞれの異性への秘めた思いを少しずつ打ち明けあったりするようになっていった。学年でもトップクラスでおっとりとした雰囲気の才女、多田睦ただむつと少しおせっかいでおしゃべりだけど謙虚なイメージの中根美都子なかねみつこは、中二の頃同じクラスで生徒会の会長を務めていた滝田貴文たきたたかふみに密かに思いを寄せ、お茶目で天真爛漫な明るさを放つ浜名優理はまなゆりはサッカー部で活躍中の町田隆司まちだたかしと付き合っていた。かつて美咲が思いを寄せていた野仲宏のなかひろしにも静かな人気があったが、彼は一風醒めた風体で女生徒とはほとんど口をきくことはなかった。美咲はかつて野仲のそんな醒めきった飄々とした態度の内から時折ふっと浮かび上がるような情熱を恋しく思っていたようだったのだが―。心の中に未練を抱えたままあっけなく転校した美咲に対して、たまたま野仲と同じクラスになった珠樹は野仲の言動を手紙を通して美咲に報告することに義務感さえ感じはじめていた。また、時折ふっと周囲に対して向けられる野仲の鋭く刺すような視線の先を美咲の代わりに自ずと追ってしまうこともあった。そして自分の中で笙へのストイックな思いが募るにつれて、美咲が以前、野仲に対して抱え込んでいた切ない恋の心象が模倣的な連動性を伴って理解できるような感覚もあり、手紙に向かって筆を持つ手が一気に走るような日もあった。

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