覚悟

 私達はしばらくカンパラにいたが、またネーゼの城に戻ることにした。城のいっさいがっさいは、ランドアが結婚して三児の父であり、真に信頼のおける人物と見極めた上で金庫をひとつ預けてみた。これで給金の滞りなどなくなるはずである。


 ネーゼの城に戻ろうと思ったのはやはりゲーテの病状を心配してのことであった。それとスーリアの処遇についてもまだ決めていない。現在は昼間はゲーテの治療に当たらせ夜は地下牢で寝てもらうという中途半端な状態が続いている。


 はたして、師匠と姉弟子の悪業を見て見ぬふりをしただけで何年もの重罪を与えるのが相応しいのかどうか考え中なのである。


「お義父さま!」

 私が抱きつき両頬にキスをすると、デミアン王はたいそう喜んだ。私もこの国の挨拶の仕方にもう慣れてしまった。


「若、お早いお帰りにて」

 ちょうど五人衆が集まっていたところであつた。

「元気にしてたか」

「カンパラの王城はどんな具合でしたか」

「うむ。皆殺しをされた兵士たちの葬儀を終えてきた。味方同士で戦うのはさぞや無念だったろう。それよりこっちの動きはどうだ?」

「とくに変わりはございません」

「そうか。ギル!」

「は!」

「少し用事を頼まれて欲しい。これは今回のリューホのクーデターで皆殺しにされた衛兵のリストだ。これを城の掲示板に張り付けておいて欲しい」

「ははっ!」


 四つ折りにされた衛兵のリストをギルに渡した。ギルは、うやうやしく両手でそれを受け取り、玄関前に走っていった。


 ドームが言う。

「それより若、ゲーテ様の所に急いで行ってやってください。たいそうお喜びになりますぞ」

「分かっている。どれだけ回復しているのか楽しみだ」


 離れへの門をくぐる。廊下を通って、ゲーテの待つ病室に向かう。

「ゲーテ、入るぞ!」

 ドアを開けるとゲーテの顔がふっくらしている。

「兄さん、お姉さん」

 三人は挨拶をかわす。

「元のゲーテに戻ったぞ!よくぞ辛抱した。今食事はどうしている」

「はい。普通の食事が食べれるようになりました。これもひとえに兄さんと、スーリアのお陰です。歩けるようにもなってトイレも自分で行けるようになりました。執事達にも大変お世話になりました。何かお礼がしたいのですが、何かいい知恵はないものでしょうか」

 コーエンは困った顔をする。

「やはり一時給金を与えるのが、一番いいんじゃないかな。俺だったらそうするけどな」

「分かりました。参考にします。それとスーリアの扱いなのですが…」

「夜は牢屋で寝ている事だろう。お前はスーリアから詳細を聞いているのか?」

 するとゲーテは怒っているような、悲しんでいるような複雑な顔をして、「うん」と一言だけ返事をする。


「実は俺も迷っているところさ」

「きつい刑にはしないで下さいね。僕の命の恩人なんですから」

「分かってる、分かってる。悪いようにはしないよ」


 それからコーエンは五人衆と前庭のテラスでバカ話に花を咲かせていた。すると一人の女性が。

「あのー。掲示板に貼ってある名前の一覧は本当なんでしょうか」

「そうですよ。カンパラの城で無惨にも虐殺された者達です」


「わ!」っと女性が泣き出した。訊けばお腹に赤ちゃんがいるという。むごたらしい現実に直面せざるを得なかった。


 その日は簡素な宴が食堂にて催された。私達の前にはリューホ夫妻の姿はない。胸が空っぽになる。

 食前のワインが振る舞われた。私はそれを一口飲み、ようやく落ち着いた。


「今回のリューホ様のクーデター、誠に遺憾でございますなぁ。上手い言葉が見つかりません。黒い騎士団の七割が死ぬか重症となり、この街にも未亡人がわんさか出たよしにございます。王様、これらの者にも寛大なご処置をお願いつかまつります」

 と、ドームが懇願する。

「分かっておる。家族には遺族年金を支給するつもりじゃ」

 デミアン王が暗い顔をする。



 そこへ前菜が運ばれてきた。コーエンの一言で皆陽気に飲んでいる様子。私も何だか嬉しくなってきた。


「あっ。お義父さま、お願いがございます。二年後になりますが雌牛を百頭と、雄牛を一頭譲ってはもらえませんか。今ガージェルでは牧場を開墾中なのです。その種牛を頂きとうございます」

「なんと、そのようなものが欲しいのか。分かった、お安い御用じゃ。二年後じゃな。デルよ、メモしておくように」

 デルと言われた書記官がなにやらメモに書いている。宴中にいろいろ約束したことを次の日には忘れてしまうので常時隅に控えている者だ。


「そういえばギルだけが妻がいなかったな。何故に結婚をせん。これのがあるのか?」

 コーエンが、ゲイを暗示する仕草をすると、皆が爆笑した。


 ギルも顔が悪い訳ではない。少し団子っ鼻というだけでそれを除けばチャーミングな顔をしているのだ。


「私も結婚をしたいですよ。でも出会いがなくて……」

「そうか、舞踏会などに出ても階級が邪魔をするか。男爵は、同じ男爵家以下の女としか結ばれんからな。父上はこのような時、どうされますか」

「うーむ、難しい問題よのう。侯爵家などは手が出らんとして、伯爵家くらいならば、婿養子に入るという裏技があるぞ。二、三日の内に伯爵家だけを集めた舞踏会を開いてやろう」


「ほ、本当ですか王様!誠に有り難き幸せ!」

 ギルが尻尾をふって喜ぶ。


 コーエンが話題を変える。ここからが本番だ。

「ところで父上、私はまたガージェルの地に行き、主のいない領地はなんとも言えないうら寂しいものを感じてまいりました。市場も活気がなく、行き来する客もめっきり減っております。それで私は決めました。やはり私は正式に領主としてガージェルを治めようと覚悟を決めましたが、いかが?」


「リューホについでお前もか。寂しくなるのう」

「ゲーテがいるではありませんか。十五才と言えば立派な大人。伯爵家だけの舞踏会にゲーテも混ぜてやってはどうでしょう」

「病み上がりだが大丈夫か?」

「もう十分に完治したかと」

「そうか、分かった。よきにはからえ。では二日後にパーティーを催おそう」

 デルがメモを取っていた。




 二日後の午後六時、城の門が開いた。我先にと馬車で城の前庭に集まる伯爵家や、男爵家の若い乙女達。ギルは二の次で彼女らが狙っているのは三男のゲーテだった。玄関前で名前と階級を書き込み、ドアを開けると一斉に一階の玄関に殺到する。女の戦いはすでに始まっているのだ。


 舞踏会の会場である大ホールに皆が集まってくる。すでに四重奏でのクラッシックが鳴り響き、会場はいっぺんに華やかになった。


 ギルが女達を血眼になって吟味している。舞踏会が始まり、曲はワルツに変わる。女達は積極的に男達を誘う。男達もそれに応じて手を取り合う。こうして舞踏会が始まった。


 しかしここでデミアン王に耳打ちする斥候の姿が。

 王は更にコーエンを呼び、耳打ちする。

「リューホが共回りの四、五十人を連れてこちらへ向かって来ているそうだ」

「なんですって!降伏でしょうか」

「分からん。とにかく行くぞ!」

「はっ!」

 コーエンはギル以外の四人衆全てをよび、城から出た。はたしてリューホの思惑とは。



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