十一丁目:無力メイドの誕生日

 なかば強引に。

 強制的に、ご飯休憩をとったその後。

 三石みついしサクラと私は、れに逸れた話を元に戻した。

 

 ご飯休憩中のゴタゴタはまた別の機会にでも話そう。

 だから今はストーリーを進める。

 

 別に悪魔から説教されたからではない。

 あくまで自主的にだ。  

 

「腹ごしらえも終わったし、そろそろ『そうと決まれば——』の続きを話してもらえないかしら?」

 

 話題は私のお腹が鳴ったせいで中断したところまでさかのぼる。

 

 いやぁ、セーブしといてよかった。

 そうでなきゃ白黒論争から始まるトコだったぜい。

 あぶねえ、あぶねえ。

 

「それもそうじゃな。儂はあの後「そうと決まれば宴じゃい!」と言いたかったのじゃ」

 

「はぁ? だったら強制終了することなかったじゃないっ! 普通にオチがついて、普通に休憩に入れたんじゃないの! 私、これでも悪魔に怒られてでこんでんだからね」

 

でこる!? 逆に盛り上がってどうするのじゃ!」

 

「一昔前にギャルが持ってたガラケー並みに盛り盛りよ」

 

「例えが古い! 年号も変わったというのに」

 

「どうしてくれるのかしらね、この下がったテンション。プンプンッ!」

 

「自分でプンプンって言いおった!」

 

「ほんと、テンサゲだわ~」

 

「十分アゲアゲだと思うのじゃが……ま、さっきのは嘘じゃ。冗談じゃよ。そうふくれてくれるな。本当は『産みの儀式』を始めようと言いたかったんじゃ」

 

「ん? 『産みの儀式』って何よ?」

 

「言葉のままじゃ。今日はこやつ——『羅刹』の誕生日となる」

 

 ん?

 ちっとも理解できない。

 

 誕生日となる?

 誕生日である、じゃなくて?

 そもそも、神々に誕生日なんてものがあるのか疑問だけど。

 

「ヒロインが増えるということじゃ。儂も含めて八人にな」

 

 八人に……って多過ぎね!?

 七瀬時雨ななせしぐれ宮守日寺みやもりひでりしずく、三石サクラ。

 そして私、影切桐花かげきりとうか

 

 羅刹を入れても六人だし……。

 なんか知らないうちに二人増えてるんですけど。

 

「ヒロインが増えるってどういうことよ。そんなにヒロインはいらないわ。多すぎてもキャラを掘り下げられないじゃない」

 

「いやいや、これから個別エピソードが待っとるんじゃよ。ネタの種——いや、話の種は多い方が良かろう」

 

 はぁ?

 個別エピソード?

 何を言ってるのよ。

 メタ発言も程々にしなさい。

 

「メタなのか、話の種かネタか、はたまた予言なのかはさて置き、儀式の説明をするぞ」

 

「ちょっと待ってくれ。どうして新しい神を生み出す、産みの儀式をしなくてはいけないんだ?」

 

 何故か説明的な悪魔。

 

 それはそうと、言われてみれば確かに疑問に思う。

 悪魔のセリフから察するに、羅刹を新たな神として誕生させるということなのだろう。

 

 でも、どうしてそんなことをする必要が? 

 謎だ。

 

「だって、こやつの管理飽きたんだもん。『神玉』のままよりも擬人化した方が楽しそうじゃん?」

 

「楽しそうじゃんって、昔のあなたはもっと厳格だったはずだよね。もしかして——」

 

「いつまでも昔の話をするでない。鬼が泣くぞ」

 

 悪魔の話をサクラがさえぎる。

 

 過去には触れられたくないみたい。

 サクラの反応は、黒歴史を掘り返されるのを拒絶している感じだった。

 

 神様でも色々あるんだ。

 

 ちょっと安心。

 人間らしいとこあんじゃん。

 

 悪魔とサクラは初対面だとばかり思ってたけれど、そうではないらしい。

 知り合いなのだろうか。

 でもな、そんな素振りはなかったし。

 顔見知りならぬ聞き見知りかな。

 いや、聞き聞知りの可能性も……。

 

 色々聞きたいけれど、面倒くさいからスルー。

 

「で? どうせ、貧乏神のことだから他の理由があるんでしょう? ケチケチしないで早く話しなさいよ」

 

「せめて鬼のボケにはツッコんで欲しかった。じゃが、まあいい。……そう、理由は他にある」

 

 やれやれ冗談が分からん奴じゃ、とサクラは続けた。

 

 正直あなただけには言われたくない。

 全てが冗談のような、あなただけにはね。

 

「今夜の戦いで羅刹の肉体はなくなるじゃろう? そうなるとな、少々まずいのじゃ。羅刹との契約には『肉体の保管』も含まれておるからの。そこで、じゃ。そこで新たに肉体を与えることで契約を守る。言うなれば、契約内容の拡大解釈じゃな」

 

 あなた、『神々の契約は絶対じゃ』とか言ってなかったっけ!?

 しかも自分で拡大解釈って……。

 

「それに、儂が肉体を造ることで意味もあるんじゃよ。全身が拘束具のようなものじゃからな。感覚としては常に鎧を着ている感じかの」

 

 ほう。

 貧乏神のわりには考えてんじゃん。

 

 でもさ、擬人化されると困るんですけど。

 ペンダントのままなら持ち運びしやすいし、守りやすいんだけどな。

 擬人化するの今じゃなきゃダメ?

 てか、偽神玉がある時点で羅刹を連れて行く必要なくない?

 

「今じゃなきゃダメじゃし、連れて行ってもらわないと困る。羅刹こやつには自分の最期を見届けてもらいたいからの」

 

 羅刹。

 昔、人里で悪さを働いた鬼。

 最悪で最強の鬼。

 三石サクラこと、三ツ石神により封印されし鬼。

 

 どうしてそんな奴に情けをかけるのだろう。

 どうして契約なんて結んだのだろう。

 

 私が不思議そうな顔をしていると、それを見透かしたかのようにサクラは

 

「色々あるのじゃよ」

 

 と言うだけで、それ以上は何も語らなかった。

 

 人間なら誰しも秘密の一つや二つ持っている。

 それは神でも例外ではないらしい。

 

「そう。それなら早く始めて頂戴。時間もないし」

 

 私はそれ以上言及することなく話を進める。

 

 まだ出会って数時間。

 サクラの方は私のことを前から知ってる様子。

 けれどまだ、相手の秘密を知っていいような仲じゃない、と私は思う。

 

「そうじゃの。では早速始めるぞい」

 

 そう言って、サクラは部屋の真ん中に新聞紙を広げた。

 

 今日の朝刊、地方紙の『日の出日報』である。

 ちなみに、大見出しは『今夜の大規模工事の為、県庁付近全面通行止め』。

 

 ……おいっ!

 全然今夜のこと隠せていないじゃない!

 大規模通行止めになるって、どんな工事なのよ!

 

 こんなんで、本当に大丈夫かしら?

 

「——よっこらせっと」

 

 私が今夜の作戦に不安を抱いている間に、サクラは大きな石像をどこからか持ってきていた。

 

 いや、『持ってきた』と言うより『出した』って表現が正しい。

 だって、まばたきした次の瞬間には新聞紙の上にあったのだから。

 

 マジシャンかあんたは!

 

 私の目の前には、背の低い幼女の石像が置かれている。

 

 年齢は……きっと小学生ね。

 この中途半端ロリ神、幼女しか作れないから。

 

三井みついさく』、業界ではロリ製造マシーンと呼ばれてたりする。

 

 その幼女石像はどこか『ワンコちゃん』に似ていた。

 チャームポイントのアホ毛まである。

 

 腰まで伸びた髪。

 すっきりと整った顔立ち。

 くりっとした瞳はあどけなさを感じさせる。

 そして何故か、メイド服を着ていた。

 

「ねえ、どうしてメイドの格好してるの?」

 

「だって人の姿になったとき、裸だと可哀そうじゃろう? ま、サービスシーンが欲しいのなら脱がせるが」

 

 私が言いたいのはそう言うことじゃない。

 服を着ている理由じゃなくて、メイド服を着ている理由を聞いたの。

 

 私がそう否定する前に、変態神はニヤリと笑って、石像からメイド服を脱がせ始める。

 

「……お主も変態よのう」

 

 その手際は慣れたもの。

 まるで普段から脱がせているみたい。

 

 どんな生活してたら、そんな技術が身に付くのよ!

 

「って、状況説明してる場合じゃなかった! そこの変態、手を止めなさい!」

 

「よいではないか、よいではないか!」

 

「全然よかなぁーいっ!」

 

 ——パカァーン!

 

 私は手元にあった雑誌を丸め、ゴキブリを潰す要領でスイングした。

 しかし、サクラを止めることができたのは全てを脱がし終えた後だった。

 

 サクラは頭を押さえて涙目になる。

 

「だって、だってぇ! そこに幼女がいたんだもん!」

 

 と、犯罪者じみたことを言っている。

 この神はふざけないと話を進められないのだろうか。

 

「交番へ行く前に、早く話しなさい。どうしてメイド服なんて着ているのかしら」

 

「……儂の好みじゃ、好み」

 

 好みって。

 好みって……はぁ。

 考えるのも馬鹿らしいわ。

 

 ほんと自由気ままな神様。

 

「そろそろ立ってもよいか? 正座なんて久しぶり過ぎて、足が……しびれた」

 

 へっ。

 馬鹿が。

 自分から痺れたことを申告するとは。

 

 ——つん。

 

「ぎゃっ!」

 

 私はサクラの足裏をつつく。

 

 つんつんつんつんつんつん。

 

「うぎゃぁぁぁ! って……ちょっと快感かもっ!」

 

「まさか、そういう性癖が!?」

 

 悪魔は白い目でこちらの様子を見ていた。

 

 三石サクラの意外な性癖が露見したところで、本題に戻りましょうかね。

 悪魔がキレそうだからではないわ。

 決して違うんだから。

 

「おふざけはこの辺にして、早く儀式を始めましょう」

 

「……それじゃ、ちょっと失礼」

 

「——!」

 

 そう言って、三石サクラは私のお腹に

 正座から立ち上がるモーションの途中、片膝を立てたポーズ。

 サクラの手首が私の体内に入る。

 

 いきなりの展開過ぎて、私は声が出ない。

 

「すまん。お主の肉体が少々いるのでな」

 

 サクラは私を安心させるかのように、優しく笑った。

 

 逆に怖い。

 腹に手を突っ込みながら笑うなよ!

 サイコパスかあんたは!

 

 サクラが私から手を引っこ抜く。

 その手には野球ボールほどの肉塊が握られていた。

 

「痛くなかったじゃう? こういうのは勢いじゃ、勢い」

 

 そう話す間に、傷口は塞がる。

 

「ビビったぁ」

 

 誰でも驚くでしょ、こんなの。

 だって、ねぇ?

 

 確かに驚きすぎて痛くなかったけどさ。

 

「よし。次はっと」

 

 サクラはペンダントを引きちぎり、神玉を覆っていた金属の装飾を指でちょんっと触る。

 金属の装飾は指が触れるのと同時に粉々になって消えた。

 

 サクラは神玉本体を肉塊の中へ埋め込んでから、話を続ける。

 

「これで準備は完了。……おい小娘、何をぼさっとしておる。あとはお主がコレを入れるだけじゃぞ」

 

 ほれっ、と肉塊を差し出してきた。

 

「えっ?」

 

 ほれって言われてもなあ。

 ちと、グロテスク過ぎはせんかね。

 

「これから君の眷属となるんだから、君がやるのが筋だよ」

 

 と悪魔。

 今まで黙って見てたくせに偉そうなことを。

 ま、この際どうでもいいわ。

 

「……分かったわよ。で、どうすればいいの?」

 

「この石像の心臓の位置に挿し込むだけじゃ」

 

「挿し込むって、これ石よね!?」

 

「忘れたか、儂は石の神じゃぞ。いいからやってみい」

 

 半信半疑で、ゆっくりと肉塊を挿入。

 

 案外簡単に岩像の中に手が入っていく。

 感覚としては、水の中に手を入れる感じ。

 

 そして、石像の中に肉塊を置いた。

 そっと小動物を置くように。

 

「よくできたの。見ておれ、もうすぐ始まるぞい」

 

 ——ピシッ、ピシピシピシッ!

 

 石像の全身に亀裂が走った。

 表面がどんどん細かく、鱗のように細分化していく。

 細かく、不規則に。

 どんどん亀裂は広がっていく。

 

 そして、ゆで卵の殻が剝けるようにパラパラと表面の石が落ち始めた。

 下からは陶磁器のように美しい人肌が覗いている。

 

 全身に張り付いていた石が全て剥がれ落ちた後、そこには目をつぶった金髪幼女が立っていた。

 その姿は眠っているかのよう。

 幼女は起動前のアンドロイドのように直立している。

 

「……可愛い」

 

「そうじゃろう、そうじゃろう! 儂が頑張って造ったのだからな、当たり前じゃ」

 

「これが神の転生か。呆気なかったな」

 

 順に私、サクラ、悪魔。

 私は見惚れ、サクラはえっへんと胸を張り、悪魔は冷静に分析している。

 

 三者三様の反応。

 

「いやぁ、やっと正当な幼女キャラの登場ね。長かったなぁ」

 

「お主、それどう言う意味じゃ!」

 

「それより早く服を着せなよ。これじゃあ、裸の幼女を眺める変態集団だ」

 

「ねえ見てよこの肌、もちもちしてるわ。どこぞのロリババアとは大違いね」

 

「あの、僕の話を——」

 

「なぁっ! これでも努力しとるんじゃ! 確かにもう年じゃけど……って何を言わす! これだから幼女キャラは出しとうなかった」

 

「へんっ! 自分で出したくせに」

 

「うっ、うっさいな! 知らん知らん、聞く耳もたん!」

 

「だから、早く服をだね……」

 

 とまあそれぞれが言いたいことを言っていると、幼女が動き出した。

 

 目を擦り、うーんっと伸びをする。

 深い眠りから起きたよう。

 

 その格好でその動作は……反則!

 はっ、鼻血がっ!

 

「ふぁぁぁ~。なんだうっせーな。折角、人が気持ちよく寝てたってのによ」

 

 あっ。

 喋った。

 そしてなんか、口悪い。

 

「うぉぉぉ! いつの間にか復活してる! ……ん?」

 

 異変に気が付いたようで、羅刹は自分の身体をペタペタと触り始めた。

 

 上から順に。

 顔、胸、腹と来て……。

 

「なっ、ないだと!? なんてこったい!」

 

 いいリアクションね。

 三頭身にデフォルメ化して、あうあうと焦っている(もちろん比喩だけど)。

 絵に描いたように混乱している様子がなんとも滑稽だわ。

 

「起きたかの、羅刹よ。……いや、お主はもう羅刹ではないか」

 

 サクラは(文字通り)幼い子供に話しかけるように、混乱する羅刹に話しかけた。

 

「どうじゃ、久しぶりのシャバは」

 

「美味い酒が飲みてぇ……って、三ツ石神!?」

 

「なんじゃ、今さらか。遅いぞ」

 

 げっと言う素振りを見せ、のけ反る羅刹。

 

 そりゃそうか、自分を封印した相手だもんね。

 

「どうしてお前がここにいる? それより、この身体はなんだ! ここはどこで、こいつらは誰だ! 説明してもらおうか!」

 

 羅刹は腕を組んで仁王立ちの体勢になった。

 声を低くして、威嚇してきている。

 

 でも、全然恐くない。

 だって見た目が見た目よ?

 顔を恐くして睨みを利かせてもムダ。

 ただただ可愛いだけ。

 

「そうじゃのう」

 

 サクラはそう呟いたかと思うと、羅刹のこめかみに人差し指と中指を突き立てた。

 

「儂のチート能力、ナンバー百! 記憶操作ぁ~」

 

 ナンバー百って、多いな!

 私まだ三つくらいしか見てないわよ!?

 

 三十秒くらいそのままの状態を保ち、それからサクラは指を離した。

 記憶操作が終了したらしい。

 

「そうか、そう言うこと。それで、このパンクな魔法少女の格好をした姉御あねごが俺のあるじになったってわけか。オーケー、オーケー」

 

 そう言いながら私の方を見てきた。

 

 ……パンクな魔法少女って。

 

 羅刹と目が合う。

 彼女はルビーのような紅の瞳をしていた。

 

 とりあえず、挨拶でもしましょうかね。

 

「私は影切桐花。よろしく」

 

「僕は桐花の契約者の悪魔だ。よろしく頼む」

 

 羅刹は、「俺は——」と言ったまま考え込んでしまった。

 顎に手を当てて難しい顔をしている。

 

「——俺は、なんて名乗ればいいんだ?」

 

 そっか、こいつはもう羅刹じゃない。

 元、羅刹なんだ。

 だから名前がない。

 

 今日誕生した、新しい神なのだから。

 

「おっと、命名がまだじゃったの……じゃあ『悪鬼あっき』をもじって『あき』なんてどうじゃ? 平仮名で『あき』。名字は小娘のを使うがよい。それでよかろう、小娘」

 

 名字が私のか。

 ま、いいでしょう。

 妹ができたようなものだし。

 

「私は構わないわよ」

 

 一方、羅刹は

 

「『影切あき』か。まあ、いいだろう」

 

 と言って、すんなりと受け入れた。

 状況を割り切って考えるタイプらしい。

 

 サバサバしてんなぁ。

 もしかして、神様にとって転生することって当たり前なのかな。

 

「それで姉御。今夜、俺は何をすればいいんだ?」

 

「その、姉御ってのやめてくれない? 桐花でいいわよ、桐花で。今夜は私に守られていてくれればそれでいいわ」

 

「戦わなくていいのか?」

 

「その身体で戦えるとは思えないのだけれど」

 

 あきの身体は三ツ石神によって造られている。

 かつて自分の肉体が封印されていた岩でできている。

 

 無論、力は制限されているだろう。

 サクラが言っていたように全身が拘束具となっているのだから。

 前世ではどれだけ強かろうが、現世では無関係。

 無力なのよ。

 

 私に指摘され、影切あきは両手をにぎにぎと動かしてみる。

 

 細い指と小さな手のひら。

 触ったら壊れてしまいそうなくらい、儚い。

 かつての力は跡形も残っていなかった。

 

「そうだったな。俺に力はもうない。守られるしかないんだよな」

 

 畜生——と。

 畜生、畜生——と何度も言う。

 

 がっくりと肩を落とし、俯いてしまった。

 透き通った滑らかな金髪も垂れ下がり、表情は見えない。

 ちなみに、アホ毛もしおれている。

 

「これはお主への罰じゃ」

 

 サクラは冷たくそう言った。

 

 突き放すように。

 見放すように。

 あくまで冷淡、冷血、冷酷に。

 

 ポタポタとあきの足元に水滴が垂れる。

 

「しかしな、これは救済でもある。力はなくともお主は自由。不自由にして自由なのじゃ。生まれ変わったのじゃからな。もう過去をとがめることはせんよ。だからせめて、自分の過去と向き合え」

 

 諭すような、語りかけるような口調で。

 温かく、優しく包むような声色で、そう言った。

 

 な~んだ。

 神らしいことできんじゃん。

 

 ……って、あれっ?

 

 いつの間にかシリアス展開になってるし。

 私、シリアス展開苦手なんだよな。

 

 なんとかしなさい、と言う気持ちを込めて悪魔を見る。

 

「えっ?」

 

 ……どうして?

 どうしてよ、悪魔。

 どうしてあんたも泣いてんのよぉぉぉ!

 

「こほんっ。お取込み中のところ申し訳ないんだけれど。——ねえ、あきちゃん」

 

 私は状況を変えるべく、俯いたまま動かないあきに話しかけた。

 

「……なんだよぉ」

 

 顔をグシグシと拭いて、鼻をスンッと鳴らしながらこちらを見るあき。

 目の周りは赤くなっていた。

 

「そろそろ服を着てくれない? 謎の光が眩しくて仕方ないわ」

 

「——ほへっ? ………………わっ!」

 

 自分の身体を確認し、一瞬で赤くなった。

 ボンッと効果音が付きそうなくらい見事に。

 

 アホ毛もピンっと直立している。

 手で隠しながら「早く服をくれっ!」と、今さらながらに恥ずかしがっていた。

 

 可愛らしい子ね。

 

「ほらっ、これよ」

 

「ありがとう……ってなんじゃこの服!」

 

「それはね、メイド服って言って、私も含めた一部の人に人気がある服なのよ」

 

 そりゃそうだ。

 メイド服なんてもん知ってるわけがないもんね。

 なんだこの服、と言われたので説明してあげた。

 

 ん?

 でもな、魔法少女は知ってたわよね……。

 

「そういう意味で言ったんじゃない! メイド服くらい知ってるわっ! さっきの記憶操作でいらないことまで教えられたからな! で、本当にメイド服しかないのかよ!?」

 

 あのロリコンオタク神、何を吹き込んでんだか……。

 

 まあどうであれ、メイド服しかないからコレを着てもらうしかない。

 そのことを伝えると、あきは渋々手を出し、サクラが作ったメイド服と新品の下着を受け取ったのだった。

 

 しばしのお着換えタイム。

 覗いちゃダメだぞ!

 

 あきは戸惑いながらもなんとか着替え終えた。

 

 やり切った感が、疲れ切った感が凄い。

 オーラが可視化されたら、黒くうねうねした湯気みたいなのが背景を漂っていることでしょう。

 

 着替え終わってみると、やはり美少女に違いなかった。

 

 腰の位置で切り揃えられた金髪と頭に生えてるアホ毛。

 宝石のようにきらきらとした大きな紅の瞳。

 ほんのりと湿った、桃色の薄い唇。

 あきは外国人のような、整った顔立ちをしていた。

 

 そんな子が、メイド服を……。

 

 鬼に金棒。

 虎に翼。

 弁慶に薙刀。

 

 最強の組み合わせよね。

 後で猫耳でも付けてみようっと。

 

「うっほぉ~、やはり儂のデザインは間違っとらんな。小娘にやるのがもったいないくらいじゃ」

 

「なっ、なに見てんだよ!」

 

 あきは、両手を前に出して後ずさりながら——小さい手で私たちの視界を遮ろうとしている。

 

 ハタハタと手を振って……なんというムダな抵抗。

 そんなんじゃ私たちの視線は防げない。

 

「そう照れなくてもいいじゃない。あきちゃん、とっても可愛いわよ——あっ、また鼻血がっ!」

 

「これが羅刹とは……見違えたな」

 

 あきは両手で顔を覆い、指の隙間からこちらを覗いている。

 

「うっ、嬉しくないぞっ! 嬉しくなんてないっ!」

 

 全然嬉しくないぞっ! ふん、っと言ってそっぽを向いてしまった。

 行動とは裏腹にアホ毛はぴょこぴょこと揺れている。

 尻尾を振る子犬のように。

 

 でた。

 でたでた。

 

 早速頂きました~、初ツンデレ。

 さすが、分かってるじゃない。

 

「……それより桐花。もう時間じゃないのか? 十八時だぞ」

 

 えっ?

 うわっ、本当じゃない!

 もうそろそろ行かないと遅刻しちゃう時間。

 ナイス悪魔。

 

「それじゃあ、お開きじゃな。よし、最後にコレをやろう」

 

 そう言って、サクラはヘルメットと新しい『香森こうもり第一高校』の制服をくれた。

 

「ヘルメットはあきの分。制服はおいおい必要じゃろう?」

 

「どうして高校うちの制服持ってんのよ!?」

 

「趣味じゃよ、趣味。ミニスカ制服とか、コレクターとしては絶対に持っておきたいからな」

 

 はぁ、そうですかい。

 ま、助かったわ。

 

「それでは、バイクの所まで転送してやる。小娘、あきと悪魔と手を繋げ! さあ、さあさあさあ!」

 

 鼻息を荒くして、凄い勢いと剣幕でまくし立ててくるサクラ。

 私は圧倒されるがまま悪魔を持ち、ツンデレってるあきの手の取をとった。

 もちろん木刀を腰にさすのも忘れない。

 

 でも転送って?

 転送って何よ!?

 

「ちょっ、待ち——」

 

「儂のチート能力ナンバー三、テレポーテーーションッッ!!」

 

 待ちなさいよと言い切る前に、足元に魔法陣が展開。

 あれよあれよという間に、目の前が白い光で包まれ——気が付くと、私たち三人はバイクの前にいた。

 

「凄いな。ひとっ飛びじゃないか」

 

 と悪魔。

 

「本当にこの格好でバイクに乗るのか? 血だらけ魔法少女と金髪メイドが? 凄いシュールな絵面だな」

 

 痛い所を突いてくるあき。

 

 そこは考えたら負けなのよ。

 考えない、考えない。

 

「ほんと、せっかちな神ね。これだからババ——くぅぅぅ!」

 

 またサクラの悪口を言って、金だらいを喰らう私。

 

(儂がいのうとて油断するでない。儂の耳は地獄耳なのじゃからな!)

 

 そしてまた、ムダな力を使っているサクラであった——————。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る