十二丁目:頭上にちゅうい!

 現在、私たち一行は戦闘区域の中にいる。

 

 明かりは月と街灯のみ。

 薄暗い戦場にいるのは、悪魔を装着した私(セーラー服姿)と金髪メイド。

 

 ……場違いにも程がある面子だ。

 

 あと鬼。

 昨日校庭で倒した奴らより、一回り大きい。

 

『守護神級』とでも名付けておきましょうか。

 殺気丸出しで、とても怖い。

 

 そう、作戦は始まっているのだ。

 

 結界は閉じられ、逃げ口はない。

 多くの鬼が封じ込められてイモ洗い状態となっていた。

 

 しかし、いない。

 肝心の『羅刹の肉体』がいない。

 

 建物の影にも、ゴミバケツの中にも。

 いくら探せどもいない。

 

 見落とした?

 いや、バケモノの私が羅刹の気配を感じないわけがない。

 

「アイツ、もしかして怖気おじけづいたのかしら?」

 

(それはないだろう。単にアテが外れただけさ)

 

 言うまでもないが、私も戦闘態勢に入っている。

 いつでもイケる。

 

「じゃあ俺がこんな危ない所にいる意味、なくねぇか? 安全な所で酒を飲んでたいぜ」

 

 私と話すのは、元『羅刹の神玉』である影切かげきりあき。

 三ツ石神こと三石みついしサクラによって転生させられた悪鬼だ。

 

 最悪で最強の鬼が、今となっては金髪幼女メイドに成り下がっている。

 いや、成り上がっている(わたし的には)。

 

「その見た目でお酒とか、普通に犯罪だから。それにもしかしたら、遅刻してるだけかもしれないでしょう」

  

「なんなら葉巻でもいいからよ」

 

「そんな高級なもの吸ってたの!? でもダメよ。見た目的にも倫理的にも」

 

「えっ?」

 

「幼女にはオレンジジュースと『某タバコ型のお菓子』がお似合いよ」

 

「なんだかんだであれ美味いよな。……って違う! 俺は大人の楽しみがしたいんだ!」

 

「そのお気持ちお察し申し上げます」

 

「未成年に俺の気持ちが分かるわけがないだろ!」

 

 あきは、こんちくしょうがぁぁぁ——と叫びながら、頭を抱えて地面にしゃがみ込んでしまった。

 

 えっ?

 泣く程のことなの!?

 

 もちろん未成年の私には分からない心情である。

 

(それよりさ、早く倒さないか? 目の前で茶番を見せられている鬼の気持ちを察しなよ)

 

 確かに。

 そう言えば鬼がいたんだった。

 

 目の前で敵が遊んでちゃ可哀そうよね。

 ここは生死をかけた戦場なんだから。

 

 でもさ、攻撃してこない方も悪いと思う。

 隙あらば殺すくらいじゃなきゃダメよね。

 

「あきちゃん、木刀頂戴」

 

 私はあきに持たせておいた木刀を受け取る。

 

 二人乗りするとき邪魔だから、あきちゃんに持たせておいたの。

 ちなみに、サクラから貰った新品のセーラー服は家に寄って置いてきた。

 そのときに魔法少女服から(ゴミ箱に入っていた)ボロい方のセーラー服に着替え、現在の格好になっている。

 

 魔法少女ゾンビの格好で走り回るのって恥ずかしいじゃない?

 下着姿を見られるくらい恥ずかしいわ。

 

「それじゃ、木刀。私の神剣になりなさい」

 

 例のごとく木刀を変形させ、私は鬼の眉間を狙って構えた。

 

 そういえば、宮守みやもり姉妹はどこにいるんだろう?

 時雨しぐれちゃんの姿も見えないし。

 

 そう思った瞬間、爆音とともに激しい風が吹いてきた。

 上から吹き付ける風と爆音とで、空気が揺れる。

 

 タイミングが良すぎやしないかい、と思うでしょう?

 私も思ったわ。

 でもね、本当にタイミングが良かったのだから気にしないで頂戴。

 

 ご都合主義の賜物たまものなんかじゃないんだからねっ!

 

 話を戻そう。

 上空からの風に、私は夜空を見上げる。

 

 上から何か飛んでき——えっ、ヘリ!?

 

 ほんとにヘリが来たよ!

 冗談だとばかり思ってたのに。

 

 ヘリはそのまま私の頭上を通過。

 そして、鬼の前方上空——鬼を見下ろすような位置でホバリングを始めた。

 

 ヘリのお腹に搭載されたガトリングが回転を開始。

 標準を鬼に合わせた。

 

「まさか、ここから撃つつもり!? こんな至近距離で……無茶苦茶だわ! あきちゃん! 耳を塞いどきなさい」

 

「おっ、おう」

 

 あきと私は耳を塞ぎ、その場に伏せる。

 次の瞬間、爆裂音と共に攻撃が開始された。

 

 地面に降ってくる無数の薬莢やっきょう

 火薬の匂いが辺りを包む。

 耳を塞いでいるにも関わらず、鼓膜が破れそうだ。

 

 鬼の後ろにあった建物もろとも、どんどん削られていく。

 数秒もせずに砂塵で鬼が見えなくなる。

 

 鬼の生死は不明。

 つっても既にハチの巣になっていたから、確認するまでもないでしょうけど。

 

 砂塵の中からドォォォンと音がして、やっと砲撃は停止した。

 

 オーバーキルは好きだけどさ。

 それにしても程ってもんが……。

 

 このマシーンに慈悲の心はないらしい。

 

 砂塵が晴れる。

 そこには、半壊した建物に寄り掛かって息絶えた鬼がいた。

 胴体には大小様々な穴が開き、右腕は跡形もなく吹っ飛んでいる。

 

 恐るべし、近代兵器。

 

(えげつない殺し方をするものだ……)

 

「すげぇ……。俺、気に入ったぜアレ!」

 

 珍しく悪魔が引いている。

 

 ま、分からなくもないわ。

 確かにえげつない。

 

 一方、あきは目を輝かせてヘリを見つめていた。

 その様子は、玩具コーナーにいるチビッ子のよう。

 目がキラキラと光り、今にでも欲しいと言い出しそうな感じ。

 

 もちろん、そんなもの買うつもりはない。

 そもそも金がないしね。

 

『あっ、あーー。マイクテスト、マイクテスト』

 

 ヘリのスピーカーから聞こえるは、聞き覚えのある声。

 

『桐花、聞こえてっか? こちら日寺ひでり。ちょっと遅れた』

 

 やっぱり。

 宮守姉妹の姉——宮守日寺の声だ。

 

『……私もいる』

 

 こっちは妹のしずく

 コスプレが趣味の無口キャラである。

 

『いま、そっち行くからな』

 

 と日寺が言って、ヘリのスライドドアが勢いよく開いた。

 中から巫女服を着た姉妹が顔を覗かせる。

 そして間髪入れずに、日寺、雫の順に飛び降りた。

 

「!」

 

 高さにして十メートル。

 三階建ての建物から飛び降りることと同じ。

 

 下はアスファルトよ!?

 普通の人間なら死ぬか骨折するっての。

 しかも雫の方は大鎌を持ってるし。

 

 私の心配をよそに、二人は無事に着地した。

 やわらかく、羽が落ちたようにふわっと。

 

 優雅なその着地は、まるでネコのよう。

 体幹がブレるわけでもなく、しっかりと脚で衝撃を吸収していた。

 

「にゃははは、遅刻遅刻。巫女服なんて久しぶりでな」

 

 そう言って、日寺は手甲鉤を装着している右手で後ろ頭を掻いた。

 長い刃で頭を斬ってしまわないか、見ているだけで冷や冷やする。

 

「ま、許してくれよな。てかどうだった? 挨拶代わりの射撃はよ」

 

 棒付きキャンディーをくわえたまま、にゃっと笑って聞いてきた。

 雫は大鎌を肩に寄り掛け、気だるそうに立っている。

 

「何よアレ。ビビっちゃったじゃない。やりすぎよ。しかも——」

 

「なあなあアレ、お前らの!? 凄かったぞ! ババババババってさ、ワクワクしちまったぜ!」

 

 あきが話に乱入してきた。

 

 これから説教をしようと思ったのに。

 周りを見て撃ちなさいってね。

 

 日寺はと言うと、あきの勢いに若干驚いていた。

 

「そっ、そうかそうか、そりゃよかった。……で、どうして金髪幼女メイドがここにいる? 桐花、この可愛い子は誰だ?」

 

「えっ? えっと~」

 

 どう説明しようかな。

 本当のことは言えない。

 

 妹? 

 従妹?

 金髪幼女、拾いました?

 

 う~ん、なんて答えたら……。

 

「この子は影切あき。……私の弟子よ、そう! 弟子! 知り合いの祓い師から頼まれた子なの!」

 

 しまった!

 私ったらつい変なことを!

 

(この見た目で弟子はないな。しかも君と同じ名字だし)

 

 あっ、やべっ。

 

(小学生でも、もっとマシな嘘をつけるだろうに)

 

(私って嘘つけない心の綺麗なキャラだから~、ははは……)

 

 どうしよう、絶対バレる!

 疑われちゃうよぉ!

 

「あきちゃんか。でも弟子なのに名字が同じって……。いやっ、言わなくても分かるぞ! 金髪なのを考えると、桐花の親戚の親戚の親戚の親戚の親戚……ってな感じなんだろう? いやぁ~小さいのに頑張るな。感心感心」

 

「そっ、そう! そうなのよ。ほんと、感心しちゃうわよね」

 

 勝手に都合のいい解釈をしてくれて助かった。

 察しのいい人をこのとき限定で好きになれたわ。

 

「——なっ! そんなトコ触るんじゃねぇ! くすぐったい!」

 

「……このクオリティ……凄い」

 

「人の話を聞けぇぇぇ!」

 

「……勉強になる」

 

 騒がしい方を見ると、あきが雫に全身をまさぐられていた。

 雫はメイド服の方に興味があるようで、大鎌の柄の先を突き刺し、空いた両手でメイド服をいじくり回している。

 

 いつもは無表情な雫が楽しそうなので、そのままにしておこう。

 

「助けてくれぇぇぇ!」

 

 ん?

 あきちゃん何か言った?

 ごめん、花火の音で聞こえなかったわ。

 

(どこに花火が!?)

 

(花火で告白が聞こえないってのは、ラブコメでは定番の展開でしょう?)

 

(このストーリーは、コメはあってもラブはなかったはず。しかも、誰も告白していないと思うのだが……)

 

 けっ、察しの悪い悪魔が!

 

「あっちは無視して……そういえば、時雨ちゃんはどこ? お留守番?」

 

 ヘリから降りてきたのは宮守姉妹だけ。

 座敷わらしである七瀬ななせ時雨の姿はどこにもない。

 

「いつもは一緒なんだけど、今日は事務作業に回ってもらってる。関係各所へのナントカにな」

 

 ああ、ナントカね。

 電話番とか、書類整理とかかしら。

 新聞であんな大々的に告知してたし。

 ここへ来るときにもたくさんのパトカーが警備してたし。

 大変になるのも当たり前か。

 

「そうなの。大変ね」

 

「ああ。だから、あたしたちも負けないように頑張んなくちゃ」

 

「それもそうね。……じゃ、そろそろ行きましょうか」

 

「オーケー了解。お~い! しーちゃん、あき~! 行くぞ~」

 

 日寺が遊んでいた(?)二人を呼び、私たちは周辺の散策を始める。

 

 今回の作戦は、結界内に閉じ込められた鬼の一掃。

 鬼を見つけ次第、斬る。

 

 私たちは『内丸通り』のスクランブル交差点を過ぎ、突き当りに向かって四車線道を進んだ。

 

 一応説明しておこう。

 私たちが目指す突き当りには市役所がある。

 

 市役所まで続く『内丸通り』。

 内丸通りには色々な建物が面している。

 

 内丸通りの最終地点——市役所の向かいには、『合同庁舎』と『警察署』。

 合同庁舎の隣に『県庁』、県庁の隣の隣に『地方裁判所』が……と、内丸通りは重要機関の密集地帯となっているのだ。

 

 その内丸通りのど真ん中に鬼が複数体——正確には十二体いた。

 

 人間と同じくらいの背丈から、県庁を軽々と超える大きさまで。

 まさに鬼のオンパレードだ。

 

「うわぁ。こうして見ると、ほんとイモみたい」

 

(それはイモに失礼だ! どちらかというと、ゾンビ映画さながらの光景だろ)

 

「まあ確かに。ちょっと怖いわね」

 

 でもさ、こんなに密集してるんだったらヘリでやっちゃえばいいじゃない。

 あのヘリどこ行った?

 

「ねえ、日寺さん。ヘリはどこへ行ったの?」

 

「別の区画さ。ここ『内丸』では重火器並びに兵器の使用が禁止だかんな。ヘリも例外じゃない」

 

 ん?

 

「さっき、バリバリ使ってたわよね?」

 

「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」

 

 だそうです。

 

 だから薬莢を巨大磁石で回収してたのか。

 納得、納得。

 

 ま、全くもっていいとは思わないけれど……し~らない。

 

 あきは私の後ろ——服の裾を引っ張りながらついてきている。

 金髪メイドちゃんは少し怖がっている様子。

 

「はぁ!? 俺様が怖がってるわけねえだろ!」

 

「じゃあどうして震えているのかしら? 武者震いだとか無粋なこと言わないわよね? まさかね?」

 

「いっ、言わねえよ! 我慢してんだ、我慢……そう、尿意をな!」

 

「本当かしら? じゃあ、チビる前に行ってきなさい。ここで待っててあげるから」

 

「……ついてきて」

 

 本当に尿意を我慢してたのかよっ!

 てっきり、誤魔化しだとばかり思ってたわ。

 

 肩透かしを喰らってしまった。

 なんだか悔しいので、私はあきちゃんに意地悪をする。

 

「なんだってぇ? よく聞こえなかったわね」

 

「だから、ついて来てくれよ! 恥ずかしいんだから何度も言わせるんじゃねえ!」

 

 私が意地悪くラノベ主人公のように聞こえないふりをすると、あきは頬を赤くして怒ってしまった。

 アホ毛も雷のようにギザギザになっている。

 

 へっ、可愛い奴め!

 

「日寺さん、雫さん。少しお花を摘みに行ってくるわね。この子がどうしてもって言うものだから」

 

「おう、行って来い! その代わり、先におっぱじめとくかんな!」

 

「分かったわ」

 

「……(バイバイ)」

 

 準備体操を始めた日寺と、私たちに手を振る雫を背に一時戦線離脱。

 

 全く、始まる前にトイレくらい行っときなさいよ。

 映画の途中でトイレに行く親子の親の方の気持ちが良く分かったわ。

 

 ——はい、数分後。

 

 え?

 トイレシーンの描写はないのかって?

 

 ないわよ、そんなの。

 

 私だってね、最大限の努力はしたわ。

 そしたら、悪魔に全力で止められちゃった。

 

 (当たり前だろうが!)

 

 ごめんなさいね。

 私でも『規制』と言う名の神には勝てないみたい。

 さて、悪魔がまた説教を始める前にストーリーに戻りましょうか。

 

 トイレから戻った私たちの目の前では、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 あれっ?

 二人って、確か人間よね……?

 

 鬼を蹂躙じゅうりんする宮守姉妹の動きは、人間を超えていた。

 

 宮守姉妹の目の前にはトラック程の大きさの鬼がいる。

 まず、手甲鉤を装着した日寺が鬼へ向かった。

 

 鬼がパンチを繰り出すモーションに入る。

 

「……は、速い」

 

 鬼の動きがスローモーションに見えた。

 実際、日寺からはそう見えているのかもしれない。

 

 そのくらいの速さで日寺は鬼の身体を斬っていた。

 鬼は日寺の速さに対応できず、どんどん削られていく。

 

 日寺が鬼の腿裏ももうらを斬り、膝を落とす。

 姿勢が低くなったところで腕を削ぎ落した。

 

 次に鬼の背後に回り込み、跳躍。

 首の後ろ——うなじを狙っているらしい。

 

 ネコパンチの如く、刃をうなじの上に滑らせる。

 断頭とはいかない。 

 しかし筋肉は斬れているらしく、頭が下を向いた。

 

 日寺の動きは無駄がなく、しなやかでなめらかで軟らかい。

 一つ一つのモーションが軽く、素早く、鋭い。

 ただの女子高生ではない動きをしていた。

 

 鬼は糸を切られた操り人形のように力なく、地面に座り込んでいる。

 

 音もなく着地した日寺は後ろに飛び、鬼と距離をとった。

 そして雫に合図する。

 

「しーちゃん、あとよろしくな!」

 

「……(コクリ)」

 

 雫が大鎌を構える。

 離れた位置で見ていた雫は、日寺の合図を受けてやっと動き出した。

 

 だるそうに、のっそりと。

 冬眠から覚めたてのクマのようだ。

 

 しかし、行動とは裏腹に口角筋は(いつもより)上がっている。

 

 笑っているとか笑顔とかじゃなくて、微笑んでいる感じ。

 微妙に笑っているのだ。

 雫を知らない人が見たら無表情に見えるだろうが、ちゃんと笑っている。

 

 コスプレの話をするときとは別の笑み。

 冷酷で残酷な、獲物を狩るハンターの顔である。

 

『……ごめん』

 

 私の読唇スキルを信用するならば雫はそう呟いた。

 

 ごめん、か。

 そんなこと考えたことなかったな。

 

(君、そんな技術持ってたのか)

 

(ええ。独りのとき暇だったから勉強したの)

 

(なんの為にさ)

 

(人間観察よ)

 

(人間観察なんてしてたのかよっ!)

 

 そんなに驚くことかしら?

 結構楽しいのよ、人間観察って。

 

 一方、雫は鬼を目指して駆け出していた。

 大鎌を持っているにも関わらず、その動きは電光石火の如く速い。

 

 もしかしてその鎌、発泡スチロールでできているんじゃないでしょうね。

 

 雫は鬼の目の前に到着すると同時に、上に飛ぶ。

 空中で大鎌を振りかぶり、一気に首を刈り取った。

 

 まさに死神。

 切り口がとてもなめらかなので、残った鬼の身体は芸術品のようになっている。

 

 私、スイカでもあんなに綺麗に斬れたことないわよ!?

 ……ほんと、宮守姉妹って何者?

 

 鬼の頭が地面に落ちる。

 雫はその頭の上に着地した。

 鬼は断頭面から粒子となって消えていく。

 

「……ふぅ」

 

 雫は一息ついて額の汗を拭った後、鬼の頭の上から降りた。

 やっぱり着地音はしない。

 

「しーちゃん、お見事! 何度見ても惚れ惚れする斬りっぷりだぜ! さすが、あたしの妹だな」

 

「……姉さん、後ろ、来てる」

 

「にゃに!?」

 

 鬼が大口を開けて飛んできていた。

 殴る、蹴る、捕まえるというステップをすっ飛ばして、ダイレクトに攻撃してきたらしい。

 

 アスファルトで顔面を擦りおろす羽目になるかもってのに。

 リスクを考えなかったのかよ。

 

 日寺は鬼の捨て身の攻撃に驚く。

 目を見開き、鬼に負けないくらい口を開けていた。

 

 動作がワンテンポ遅れる。

 

「そして、あたしこと宮守日寺は、そのまま喰われてしまいましたとさ……な~んてな」

 

 そう言って、驚いたをした日寺はニヤリと笑う。

 口を三日月形にして、悪魔のように笑っていた。

 

 日寺は鬼の軌道に右腕を残したまま一歩左にずれる。

 残された右腕——正確には手甲鉤の刃が鬼と交差した。

 

 刃が鬼の目を引き裂く。

 日寺はすれ違いざまに鬼の右目を潰したのだった。

 

 日寺の右腕はびくともしない。

 手甲鉤にかかる衝撃は凄まじいもだろうに。

 

「やべっ! 桐花、そっち行ったぞ!」

 

 普通の人間なら腕を持っていかれてもおかしくない。

 これでは車と生身の人間が衝突して、車の方が壊れたようなものだ。

 

「おーい、桐花~! 聞いてっかぁー!」

 

 人間ならありえない。

 人間なら……。

 

 ……ん?

 

「おっ、おい桐花! 来てる来てる!」

 

 あきが焦った様子で私の服の裾を引っ張てきた。

 

「いま、考え事してるの。後にして頂戴」

 

 ちょっと待ってよ、人間ならってことはさ……。

 

 私は顎に手を当てて思考する。

 

 もしかして、宮守姉妹って人間じゃない!?

 

「んなこと言ったって!」

 

 あきはさらに裾を引っ張ってきた。

 何度も何度も。

 

 セーラー服伸びちゃうじゃない。

 

(もうボロボロなんだからいいだろ、別に。それより——)

 

「分かってるわよ。新しい鬼が来てるんでしょ」

 

「違う! いや、そうなんだけど! 早く顔を上げろ! 喰われるっ!」

 

「えっ?」

 

 私が顔を上げると、大きな口蓋垂こうがいすい(一般的には喉ちんこと言うらしい)が迫ってきていた。

 片目から黒い血が出ている。

 日寺に片目を潰された鬼は、私の方に飛んできていたのだった。

 

 馬鹿みたいに広い鬼の口腔内は唾液でねちょねちょ。

 ぬるぬるのベタベタだ。

 できることなら触りたくない。

 

 でも、今からじゃ回避することは不可能。

 私だけじゃなく、あきがいるから。

 

 どうしましょうか。

 神剣で喉を突く?

 

 それじゃあ衝突してしまう。

 やっぱり、真っ二つに斬るしかない。

 

「あきちゃん、私の後ろに隠れててね」

 

「言われなくても隠れてる!」

 

 私は腰にさしていた神剣の柄を握りつつ、飛んできた鬼の下前歯に足をかけた。

 

 ——ごめん、か。

 

 そのまま刀を引き抜き、斬る。

 居合術の動作で、横一線に刃を入れた。

 

 なかなか上手くいったんじゃない?

 

 ほおが裂けて、上顎うわあごから上が分離する。

 そのまま私たちの頭上を通過していった。

 

 鬼の二枚おろしの完成だ。

 

(戦場なんだから集中しなよ)

 

「死ぬところだった……。もうっ! 桐花、俺をしっかり守れよな!」

 

 折角敵を倒したってのに、説教と文句を言ってくる二人。

 

 分かってるわよ。

 でも遊んでたわけじゃないもん。

 

「……少し考え事をしてたのよ」

 

「考えごと? へぇ、俺様の命よりも大切な考えごとなんだな。じゃあ何を考えてたか言ってみろ」

 

「それは——」

 

 それは……。

 

 それは……?

 

 なんだっけ。

 いきなり鬼が来たから忘れちゃった。

 でも、何か大事なことだったような……。

 

「忘れちゃった」

 

「ズコーーッ! 忘れてんじゃねえよ!」

 

 あきは涙目になりながら頬を膨らませ、すねてしまった。

 アホ毛も激しめにビヨンビヨン動いている。

 

「可愛い……」

 

「なっ、何を!? 嬉しくなんて、ないんだから——って、可愛いじゃない! 少しは反省しろっ!」

 

 だって可愛いんだもん。

 待ち受けにしたいくらい。

 申し訳ないけど、すね顔が可愛い過ぎて話が入ってこない。

 

「にゃははは。ごめんごめん、殺し損ねちまった……それにしても、すげえな! 今のは美しすぎて鳥肌が立ったぜ」

 

「……(うんうん)」

 

 私があきに見惚れていると、宮守姉妹が歩いてきていた。

 日寺の後ろを大鎌を持った雫がついてくる。

 

 仲いいな。

 姉妹か……ちょっと羨ましい。

 

「でもなあ、アイツは簡単にいかなそうだ」

 

 そう言って、日寺は手甲鉤の切先で県庁方向を指した。

 

 指差された方を見ると、鬼がいた。

 県庁の横、道路の真ん中に。

 県庁(十二階建て)を超える巨大な鬼がいた。

 

「すっかり忘れてた。というか、目を背けてたわ」

 

 思ってたけど、デカ過ぎね!?

 守護神級の数倍はあるじゃんか。

 どうやって倒せばいいんだよ……。

 

 あと、巨大鬼の足元には六体程の鬼がいる。

 宮守姉妹が狩り損ねた奴らだろう。

 

 そう考えると凄いな。

 私たちがトイレに行ってる間に、十二体のうち五体倒したわけでしょ?

 人間なのにさ。

 

 残すは鬼七体。

 守護神級が六体に、『超弩級ちょうどきゅう』が一体。

 

「そうだよなぁ。しーちゃん、なんかいい案ねえか?」

 

「……まずは小さいのを倒すべき。それから巨大鬼を倒す。その方が効率がいい」

 

 確かに。

 ボス以外は邪魔だ。

 戦力が分散してしまうし。

 

 叩くなら重点的に巨大鬼を叩きたい。

 全戦力をもって攻撃した方がいいに決まっている。

 

 それに、ここで本気は出したくないしね。

 リスクは羅刹との対戦のときだけで十分。

 

「でもよ、どうやって倒すんだ? 巨大鬼の足元じゃ、ドンパチしようにも……。あたしは踏み潰されるのごめんだぜ。あたしが踏まれるのはしーちゃんだけで十分だ」

 

 ん?

 

「……ねえさん、恥ずかしいから言わないで。さもないと金輪際こんりんざい踏んであげない」

 

「それは困る!」

 

 姉妹で何してんのよ!

 踏む踏まれるの関係って何!?

 

 マッサージよね? 

 もしかして、特殊な遊戯の方しか思いつかない私がおかしい!?

 

 目を丸くして驚いている私をよそに、雫は話を続ける。

 

「……巨大鬼の足を攻撃すればいい。そうすれば小さいのは勝手に倒される。だから姉さん、やってきて」

 

「にゃっ!? あたしがやんのか」

 

「……いいから言うとおりにしてみて」

 

 帰ったら踏んであげるからと雫に言われ、目の色を変えて走っていく日寺。

 

 ほんと、どういう姉妹なのよ。

 マッサージ、なのよね!?

 

(やはり君の周りには変人ばかり集まるね)

 

(やはりって何よ。悪魔、あんたもその一員って分かって言ってるんでしょうね)

 

(僕は変じゃないよ。一番まともさ)

 

(何を言ってるのかしら。私をバケモノにしたあんたが)

 

(それはそれさ)

 

 私が悪魔と脳内会話をしていると、あきが裾を引っ張ってきた。

 彼女の中で、裾を引っ張るという行為が習慣化されたらしい。

 

「なあ、踏むってどういうことだ? 踏まれるとどうなんだ?」

 

 小首を傾げて不思議がっていた。

 意味が分からないらしい。

 

「それはね、あきちゃん。実際に私を踏んでみれば分かるわよ」

 

 私はスムーズなモーションで完璧な土下座体制になる。

 両手と額を地面につけ、踏まれるのを待つ。

 

「ちょっと待て! どうして土下座をするんだ!?」

 

 幼女に踏まれるなんて、考えただけでも鼻血が出てしまうわ。

 

「早く私を踏みなさい、あきちゃん! 私の頭を……早くっ!」

 

「はいっ!?」

 

「早くっ! 早くしないと鼻血が出る!」

 

「意味が分からないのだが!?」

 

「いいからっ!」

 

「分かった、分かったよ。でも本当にいいのか? 後で怒るとか、ないよな」

 

「怒らないわよ! むしろ感謝するわ! だから、早くっ」

 

「じゃ、じゃあ————っ!?」

 

 そのとき、地面が揺れた。

 衝撃で建物の窓ガラスが割れるくらいの大きな揺れ。

 

 片足になっていたからなのか、あきは尻餅をついてしまった。

 

 チッ、もう少しで踏んでもらえたのに。

 

(ほんと、君たちは何をしているんだ)

 

 私は恨めしくなって、揺れのした方——巨大鬼の方を見る。

 

 すると、巨大鬼の足元に大きなクレーターができていた。

 その大きさは、私が今まで見てきた中で最大。

 

 クレーターの中心、道路にめり込んで倒れている二体の鬼がいた。

 文字通りぺっちゃんこ。

 既に粒子化が始まっていた。

 

 一発で殺されたらしい。

 

 見るとクレーターの後ろ——巨大鬼の足元で、日寺が巨大鬼の足を手甲鉤で斬っていた。

 足の甲、指の間、爪の間……と色々な所を斬っている。

 

 うわ~、痛そう。

 爪の間って一番痛い場所じゃない。

 ポイントをよく分かってるわね。

 

 巨大鬼が日寺を倒そうと拳を振りかぶった。

 日寺は巨大鬼を引き付け、守護神級がいる方に駆ける。

 

 そういうことか。

 頭いいな、雫さん。

 

「にゃははは! 鬼さんこっちだぜ!」

 

 手甲鉤を叩き合わせて音を出し、巨大鬼を誘う。

 周りにいた鬼も引き付けられ、拳の落下地点へと集まってきた。

 

「——よしっ、集まったな。じゃあバイバイ鬼さんたち~」

 

 残りの五体が集まったところで日寺は退避。

 逃げざま、鬼に手を振っていた。

 

 私たちの方に戻ってくる。

 

 巨大鬼の拳が落下した。

 さっきよりも威力が強い。

 

 アスファルトが砕け、破片が飛び散る。

 衝撃波と共に亀裂が走った。

 

 地を這う蛇のようにして、亀裂がこちらに進行してきた。

 私たちの足元が崩れ始める。

 

 流氷の上に立ってるみたい。

 こりゃ、逃げた方がいいな。

 

 あきちゃんを抱えて逃げる。

 前を走る雫の後を追って、安全地帯まで走った。

 

 あきちゃんって、思ったよりも軽いのね。

 石でできているはずなのに。

 

「もっと大切に扱ってくれよな。俺は割れ物なんだから」

 

「石が割れるわけないでしょう?」

 

「石は硬いくせに脆いんだよ! って、俺様は石じゃない! このプニプニの腕を触れば分かんだろ」 

 

「どれどれ……」

 

「ひゃっ!? 馬鹿っ! 腹を揉むな! 変な声が出ちまっただろうが! とりあえず俺を下ろせよ!」

 

「しょうがないわね……(もみもみ)」

 

「いやんっ! って、揉むなぁぁぁぁぁぁ!」

 

 これ以上やると規制されそうなので、やめときましょう。

 

 私はあきちゃんを地面に降ろし、鬼の方を振り返った。

 ついでに日寺とも合流。

 

 五体の鬼は全て、イカせんべいの如く潰れていた。

 エビせんべいのエビって例えもありな感じ。

 

 原形をとどめて、綺麗にプレスされていた。

 

 残るは超弩級だけなんだけど。

 こいつが問題なのよね。

 

 デカすぎるから、通常攻撃じゃ歯が立たない。

 刃が入らない。

 

 殴ろうが、蹴ろうが無駄。

 燃やそうが、撃とうが、石を投げようが全く効かないでしょうね。

 

 やっぱり、本気を出すしか……。

 

(随分と困っとるようじゃな、小娘)

 

 わっ!

 どうして三石みついしサクラが脳内に!?

 

(何よいきなり! びっくりしたじゃない)

 

(やっとるやっとる。面白そうじゃ。儂も混ぜろ)

 

(は? 何を言ってるのかしら)

 

(いいじゃろ。と言うより、もう向かっとるがな。上じゃよ、上)

 

 私は頭上を見る。

 空にあるのは無数の星々と一つの

 

 ……黒い雲?

 

 黒い雲は徐々に大きくなって迫ってきている。

 段々と形が見えてきた。

 

 人型で……ごつごつしてて……。

 

(貧乏神、あなたまさか!)

 

「真打登場じゃっっ!!」

 

 空から岩ゴーレムが降ってきた。

 風を切って、轟音と共に落下してきている。

 

「倒れろっ! デカぶつがぁぁぁ!」

 

 そのまま巨大鬼の顔面に蹴りを入れた。

 右頬に跳び蹴りをかまし、力いっぱい蹴りぬく。

 

「にゃっ!?」

 

「なっ!?」

 

「……(!?)」

 

(……はぁ)

 

 鬼は衝撃と勢いでバランスを崩してしまった。

 

 横へよろめき、そして——

 

 あっ、ヤバい。

 そっちには県庁がっ!

 

 ——県庁に突っ込んで倒れた。

 

 鬼に倒れられたことで県庁は全壊。

 砂塵と爆音を立てて崩れていく。

 見る見るうちに瓦礫の山となっていった。

 

 いくらなんでも、これは……。

 明日までに復旧なんて不可能でしょうね。

 

 砂塵が巻き上がる中、私たちの前方にゴーレムとサクラが着地した。

 着地の衝撃で私たちの身体が跳ねる。

 

 私と戦ったときより一回り大きい。

 うわぁ、なんか成長してるよ……。

 

 三石サクラはゴーレムの肩から飛び降り、私たちの所へ向かってきた。

 ちなみに『ぐっちょぶ』と書かれたTシャツ姿で、団扇うちわもしっかり持っている。

 パタパタと自分を扇ぎながら、呑気のんきに歩いてきた。

 

 私と悪魔以外の全員は、ポカーンと口を開けてほうけている。

 悪魔は呆けるというよりもあきれていた。

 

 そりゃそうでしょうね。

 ゴーレムが降ってくるわ、県庁はぶっ潰れるわ。

 混乱しない方がおかしいわよ。

 

「逃げがてら応援に来たぞい——」

 

「逃げがてらって……」

 

「担当編集からな」

 

「……はぁ!?」

 

「締め切りがな、デッドラインを超えそうなんじゃよ」

 

 サクラは鬼より担当編集の方が怖い、と言ってにかっと笑った。

 

 だからってここに逃げて来なくても……。

 

 ていうか、逃げてきてんじゃねぇよ!

 編集者から逃げる作家なんて、あんたは昭和の漫画家か!

 

 こうして、絶賛修羅場中の人気作家が参戦したのだった——————。

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