十丁目:ムダな力の使い方
自称『神』を名乗る(変な)女は、人差し指を一振りして、沈黙した岩ゴーレムを元に戻していった。
ぱっかりと二つに割れた頭が修復され、ゴーレムはゆっくりと活動を再開する。
追攻撃はして来ず、神様の命令で元いた穴へと潜っていった。
「それにしても、儂が造った守護者を倒してしまうとは……やるのぉ、小娘。まあ、これなら安心じゃ」
自称神は腰に手をつき、パタパタと
「おっと、すっかり名乗るのを忘れておったわい。儂はここ『
……ってことは、この人が『三ツ石神』!?
どこぞの引きニートみたいな見た目をしたこの人が!?
容姿からして怪しい。
サンダルにハーパンだし、センスの欠片もないTシャツ着てるし。
そのサンダル、近所のホームセンターで買ったでしょ。
絶対そうでしょ!
服はヨレヨレ、髪はボサボサ。
威厳も神聖さもあったものじゃない。
「誰が引きニートじゃっ! これでも神じゃぞ、神! そんなに疑うなら、お主の契約者にでも聞いてみたらどうじゃ」
自称神なだけはある。
既に悪魔のことを知っているらしい。
もちろん、契約のことも。
どこまで知っているのかしら?
プライバシーも個人情報もあったものじゃないわね。
(ねえ悪魔。この人、ほんとに神なの?)
(本物の神様だよ。でもまさか、こんな格好をしているとは)
(そうよね。サンダルにジャージとか、いくらなんでもないわよね)
(……休日の君とそっくりじゃないか。同族嫌悪はいけないな。折角のファッション仲間だろう?)
(そんなファッション仲間、いらないわよ!)
(そう言うな小娘。お主もこの『働きたくないっ! Tシャツ』が欲しいのじゃろう? なんなら『神様Tシャツ』もあるぞい)
えっ、神様Tシャツですって!?
ちょっと欲しいかも。
……ん?
どうしてあんたが、私たちの脳内会話に入ってきてんのよ!
悪魔以外の話し声が聞こえるなんて変な感じ。
違和感がして気持ち悪い。
(これが神の力じゃ。それより、こんな姿をしとったのか悪魔。こんな姿では、悪魔というより——アレじゃな)
(なっ、僕の姿が見えてるだって!? くそっ、ちゃんとセットしとくんだった!)
三石サクラに姿を見られた悪魔は少々焦っていた。
身だしなみを気にしているらしい。
セットって何?
それよりアレって何よ、アレって!
気になるじゃない!
(ねえ、アレって何? 悪魔はどんな姿をしてるの?)
(そうじゃなあ——って教えない~~っ! 教えたらつまらんじゃろう。儂はアンチネタバレなのでな。それにメタモルフォーゼしたときに分かった方が、お主も面白かろう)
(そんなこと言ってないで早く教えなさいよ。ケチケチしてると貧乏神って呼ぶわよ)
(はっ、そんな挑発に乗るほど幼くないわ! まあ、神の中では若い方じゃがな)
(つれっと自慢するな!)
(ロリータ王国のロリババア女王とは、儂様のことよ! 敬うがよいぞ)
(いつの間にかロリータ王国が建国されてるですって!? よく世界が認めたわね)
そんな王国があるのなら行ってみたい。
いっそ移住でもしようかしら。
(幼女にお願いされれば、たとえ悪人と言えども言いなりよ! 幼女連合の前に人類はひれ伏すのじゃ)
連合なのかよ!
どんな会議をしてるのか興味あるわね。
キノコ派かタケノコ派か、とか?
(……でも、どうしてあなたが女王? どう見ても幼女じゃないと思うんだけど)
(神の間では幼女キャラで通っているから、いいのじゃ! あまり考えるでない)
(ふっ、ただの悲しいババ——)
突然、ガァァァンという金属音が頭に響いた。
頭に激痛が走る。
目の前で星が弾けた感じ。
上からの衝撃に、危うく舌を噛み切るところだった。
「く~~」
私は激痛が走った頭を押さえ、しゃがみ込んでしまう。
何かが脳天を直撃したらしい。
地面を見ると、金だらいが転がっていた。
私が「ア」を言い終える前に、空から金だらいが降ってきたのであった。
「いつの時代よ! ……今どきのバラエティー番組でも金だらいはないわ」
「ふんっ! 口に気を付けい! 呼ぶなら、お
「規模でかっ!」
どうやら私は、新たな滅びの言葉を生み出してしまったらしい。
「儂のことは『女王様』と呼ぶがよい」
「どうして私が『女王様』なんて言わなくちゃなんないのよ。そんなプレイは好みじゃないわ」
「では『さっちゃん』でどうじゃ? フレンドリーでよかろう」
「フレンドリー過ぎて嫌よ」
「じゃあ、『みっちゃん』は?」
「それも嫌」
「じゃあ、え~とっ……」
「もうっ! さっきから面倒くさいわね、『中途半端ロリ神』!」
「中途半端言うな! 儂は正当なロリキャラじゃ!」
「うるさいなぁ、この『貧乏神』!」
「なっ、小娘の分際で」
「何よ!」
「何じゃ!」
「「ガルルル………………」」
私たちは、火花をバチバチ散らせて威嚇し合う。
牙をむき出し、隠していた爪を出し、全力で睨み合う。
どちらかが折れるまでは終わらない。
そんな持久戦になるかと思いきや、呆気なく勝負は終了した。
呆気なく、あっさりと。
先に折れたのは——三石サクラの方だった。
睨み顔をほころばせ、やれやれと肩を竦めて言う。
幼女主張をしているくせに、儂は大人じゃからなとでも言いたそう。
「——まあ貧乏神でよい。実際、貧乏じゃしな。それより小娘。外で話すのも良いが、そろそろ中に入らんか? 正直、寒いのじゃ」
引きこもっとると、季節感が鈍ってな——と続け、我先にと本殿へ小走りで帰っていった。
確かに、言われてみると寒い。
さっきのゴーレム戦のお陰で魔法少女服はボロボロ。
ダメージ加工なんて可愛いもんじゃない。
風穴が開きすぎて、もはや防寒機能を失っている。
「そうね。確かに寒いわ。じゃあ、お邪魔させていただきましょうか」
色々あって忘れがちになっていたけれど、ここに来た本来の目的は『羅刹』の『
アイツを倒す為にも、
だからいち早く手に入れておきたい。
それに、『オニギリ作戦』決行まで時間もないし。
遊んでばかりもいられない。
私は『ロボットアーム』に変形させていた木刀を元に戻し、悪魔を取り外してから本殿へと向かった。
賽銭箱の後ろ側に回り込み、本殿の入り口へと続く階段を上る。
階段と言ってもほんの六段程度。
この神社に来るために上った階段に比べちゃ屁でもない。
二段飛ばし、計三歩で階段を踏破。
目の前には本殿の扉が——。
あれ?
ここって……本殿、だよね?
表札が取り付けてあった。
古風に筆で『三石サクラ』と書かれた表札が。
その下には、インターフォンと郵便受けが付いている。
家かよっ!
確かに神様にとって本殿は家だけどさ。
だからって、こんなアットホームにしなくても……。
私は扉を開けて中に入る。
誰かの家に入るなんて、いつぶりだろう。
親戚の家に入ったことは何度かあったけど。
一回だけ、友達だった人の家に入ったことはあるけど。
それは
記憶も曖昧な、私が
他の家に入るなんて久しぶり過ぎて、さすがに緊張する。
「お……お邪魔します……」
私とは裏腹に、悪魔はけろっとしていた。
こいつは神でも物怖じしない奴らしい。
さすがは悪魔——神への抵抗者ね。
見方によっては神と同等の存在だから、緊張しないのが当たり前なのかしら。
「おお、入れ入れ! 儂の部屋はもっと奥の方じゃ」
私が悪魔という存在を見つめ直していると、奥の方から三石サクラの声がした。
私は靴を脱ぎ、本殿へ上がり込む。
中には小さい神棚があり、サクラの声は神棚の後ろ——もう一つある奥の扉から聞こえてきていた。
「ん? ここが本殿なんじゃないの?」
「確かに『本殿』ではあるけれど、ここは併設された『拝殿』さ。本殿はこの奥」
建物はこれしかなかったから、てっきり本殿とばかり思っていた。
神社の構造って意外に難しい。
ちゃんと掃除しなさいよね、貧乏神。
こんなんだから貧乏なのよ。
これじゃ、私の白ソックスが台無しじゃない。
サクラに聞こえないよう(意味ないんだけど)脳内で悪態をつきながら到着した扉——というかドアには、『ほんでん』と平仮名で書かれた名前プレート(ハート型)が掛けてあった。
いらない若さアピールである。
誰にアピールしてんのよ。
いい歳こいて何やってんだか。
「文句ばかり考えとらんで、早く来んかい。用意している紅茶が凍ってしまうぞ。『紅茶』だけに『凍っちゃう』……くっくっく」
小学生並みのダジャレで笑ってるし……。
いや、小学生でももっと上手なこと言うわよ!
小学生以下のダジャレセンスね。
「幼女だけにな! おっ、儂ってば旨いな!」
「これっぽちも旨くないわよっ!」
これ以上外にいると、紅茶が凍る前に私が凍りつきそうなので、急いで入ることにしよう。
早速ドアノブをひねり、開け放つ。
——ドアの先には、神様らしくない部屋が広がっていた。
少なくとも、こんな区域が神社にあってはならない。
ミスマッチ過ぎてその空間だけ異世界のよう。
まあ、私にとっては十分神々しいのだけれど。
そうは言っても……なんじゃこれはっ!
「凄いな、まさか君の上がいたとは……」
部屋の壁に所狭しと飾られたポスターとタペストリー。
本棚に並ぶ、大量のラノベと漫画本。
DVDにBD、ゲームソフトにCD類。
フィギュア専用のショーケース——エトセトラ、エトセトラ……。
机の上にはパソコンが二台とそれに接続されたヘッドホンが置いてある。
さっきまでゲームをしていたらしく、ゲーム画面が映っていた。
机の横にはベットが設置されており、アニメキャラが印刷された抱き枕が寝ていた。
ちなみにキャラは『魔法少女ロック・邪神バスターズ』の主人公——私の推しキャラ『ワンコちゃん』である。
「なんなのよ、この部屋……」
「どうじゃ、儂のコレクションの数々。お主が買えなかったギャルゲーもあるぞ」
この部屋の主——三石サクラはと言うと、テレビの前にあるコタツに入ってペンタブで何かを描いていた。
「まあそう見惚れてないで座れ。紅茶も淹れとるし」
私は言う通りコタツに入る。
悪魔はコタツの上、ミカンの隣に並べた。
「あなたもワンコちゃん推しなの?」
「そんなものじゃ。推しと言うより、生みの親としての愛情よ」
「へぇ~……えぇぇぇぇぇぇ!?」
いっ、いまなんて言った!?
私の聞き間違いじゃないわよね?
「なんじゃ、いきなり! 少し静かにしとくれ。締め切りがヤバいんじゃから」
「まっ、まさか……あなたがあの超人気アニメ化作家『
「如何にも。儂が『三井さく』じゃ」
どうしよう!
大好きなアニメの原作者が目の前にいる!
何か、サインしてもらえるものは……。
うぉぉぉ!
興奮してきた!
「とりあえず、握手してくださいっ! 私、先生の大ファンなんです!」
「それは構わないが……まあ、落ち着け。儂は逃げも隠れもしないぞ」
凄いことが起こってる!
落ち着いてなんかいられるわけないじゃない!
だって、あの『三井さく』先生と話してるのよ!?
しかも、部屋にまで上がってるし。
キャラのコスプレまでしてるし(原型留めてないけど)。
興奮しない方がおかしい!
「私、先生の作品全部観ました! 特に『怪盗ジュラミン』の最終回は最高でしたよ! 私、泣いちゃいましたもん」
「まあまあ、落ち着け。ほれ、紅茶でも飲むがよい」
そう言って、紅茶を差し出してくれる先生。
さく先生に勧められて飲まないわけにはいかない。
「いただきます! ——あちゃっ」
舌と喉を焼きながらも一気飲み。
この紅茶、美味しい。
ほんのりとした香り。
口に広がるふわっとした軟らかい味。
きっと高いやつね。
「どうじゃ? 美味かろう。百円ショップの紅茶」
「はいっ! 高級な味がしましたっ! ……って百均!?」
最近の百均は凄いな!
低価格でこの味。
帰りにでも買ってこうかしら。
味の補正が(かなり)かかっている気もするけれど……ま、いっか。
でも、どうして先生ともあろう人が百均?
「いやぁ、儂は浪費癖があってな。私生活よりも趣味を優先するタイプなのじゃよ。それが為に、私生活貧乏なのじゃ。……それより、態度が一変したのう。儂を貧乏神呼ばわりしとったお主はどこへやら」
「そんなの、記憶にございません。私は私。先生の大ファン、
誰が先生の悪口なんて言うものですか!
先生の悪愚痴を言う
「……とぼけとる。お主はどこぞの政治家か!」
「おい、桐花。少しは落ち着きなよ。君らしくもない」
私をなだめる悪魔の言葉も右から左へ。
暴走列車の如く、私のマシンガントークは止まらない。
原作者の前で作品の話ができる幸せ。
一生に一度、あるかないかの幸運。
巡ってきた好機を十二分に楽しんでやる。
「————でも、一つ先生に言いたいことがあるんですよね。ワンコちゃんの下着の色が黒な件です」
「んあ? 終わったか? 『十二分に楽しんでやる』から三十分も話し続けるとは……もう勘弁してくれい」
確かに、掛け時計の長針は百八十度ほど回転していた。
けれど、こればかりは議論しておきたい。
「ダメです! まだ勘弁しません。どうしてワンコちゃんの下着が黒なんですか? キャラ的に白か薄ピンクが一番だと思うんですけど」
「ふっ、まだまだ子供じゃな小娘。下着は黒に限るじゃろ」
なっ!
なんですって!?
黒なんてナンセンスじゃない!
小学生なのよ、ワンコちゃんは。
幼女が黒い下着を着るわけない!
「ワンコちゃんは純粋で無垢な少女——いえ、幼女なのよ? だったら純白、またはそれに準ずる色が似合うに決まってるじゃない」
「いやいや、だからこそ下着でギャップをつけるべきじゃ。幼女が背伸びして大人っぽくしているのじゃぞ? その努力こそ萌え要素になりうる」
「何が背伸びよ。そんなギャップは要らないの。ワンコちゃんはピュアで可愛い生粋の純情な女の子であって欲しいわ」
「ギャップ萌えが分からん奴じゃな。それに黒い下着を着るからこそ、純白の肌が際立つのじゃ」
「けっ、分からないのはそっちでしょ。ネットであれだけ叩かれておきながら。あの反応からしても、やっぱり白がいいのよ」
「ネット民もお主も分かっとらん! 黒こそ幼女にはお似合いなのじゃよ。……いつまでもセオリー通りではつまらん。考えてもみろ、幼女の色気は最強の武器じゃ。その武器を最大限に生かすのは、やはり黒しかないじゃろう!」
「色気? そんなもの必要ない! この痴女神が! 幼女の色気は蛇道にして邪道。外道な上に非道で最悪極まりないわ。
「小娘、きさま、色気を外道扱いするか! 絶対領域にこそ萌えはあるんじゃ! 何故分からない! お風呂回とか水着回とかは認めてるくせに」
「それはいいのよ。だって、色気よりも尊さが勝ってるから。眩しさと神々しさのダブルパンチは誰が見ても美しいでしょ」
「何を言うか! あの回はな、原作者やアニメーターの夢と欲望が詰まっている回なのじゃぞ。全てはエロスの力でできているのじゃ!」
「はぁ? 何を言ってるのかしら、この変態ロリコン神。分からずやが!」
「分からずやはそちの方じゃ!」
「白!」
「いや、黒!」
「「うぬぬぬぬぬぬ! ふんっ!」」
白黒論争は平行線を辿るばかり。
決着が全くつかない。
両者そっぽを向いてだんまりを決め込む。
「なあ、そろそろ本題に入ってくれないかな。君たちの二度にも及ぶ無駄な喧嘩だけで結構な時間が経ってるんだけど」
………………。
まあ、確かに。
思えば私たち喧嘩しかしていない。
出会ったばかりなのに、今日で二回も。
これって、馬が合わないってことよね。
「いや、喧嘩する程なんとやらだと思うぞ?」
「「んなわけないでしょ(じゃろう)!」」
ほら、息ピッタリじゃないか——と悪魔。
余計なこと言ってんじゃないわよ。
あんたのせいで、『ハッピーアイスクリーム』って言い忘れちゃったじゃない。
アイス、食べたかったのに。
そういえば、起きてから何も食べてない。
お腹へった。
「それもそうね。確かに結構な時間が経ってるわ。……この痴女神が白って認めるんなら、本題に移行してもいいわよ」
「はっ、誰が認めるか! お主こそ認めたらどうじゃ!」
「おいおい、また始めないでくれよ。オニギリ作戦まで時間がないんだぞ。ここは和解をしてくれ」
時計の針は、既に四時を回っていた。
確かに時間はない。
早く神玉を手に入れて破壊しないと。
「「ま、いいでしょう(じゃろう)。断固、白(黒)だけどね(じゃけどな)!」」
ってことで、これ以上は無駄。
言い争っても意味がない。
だから、一旦置いといて本題に入ろうと思う。
休戦、休戦。
「ねえ、貧乏神様。それで神喰い目玉、否、羅刹の神玉はどこにあるのかしら?」
この部屋、見渡す限りグッズしかない。
ザ・オタク部屋。
絵に描いたような、誰もが想像するオタク部屋。
そんな空間に岩なんて物はない。
そもそも、こんな所にあるとは思えない。
「それなら、ここにあるぞい」
あるんかい!
貧乏神こと三石サクラは、胸元からペンダントのような物を取り出す。
装飾の隙間から見える神玉は黒紫色に輝き、中では何かが渦巻いていた。
全てを飲み込む暗黒。
見る者を魅了する輝き。
……綺麗。
「一つ言っておくぞ。お主ら、コレを破壊しようとしとるじゃろ? しかしな、儂は絶対にコレの破壊を認めん。そういう契約じゃからな。神々の契約は絶対じゃ」
「なんですって!?」
壊すなら儂を倒してからにしろ、と言うサクラ。
先程とは打って変わって、真剣な顔をしている。
「なんと言おうと破壊は認めん」
認めんって。
認めんって、じゃあどうやって羅刹を倒せばいいのよ!
「しかし、破壊は認めんがコレはお主にやろう。何回か
「はっ!? 任せるって……それ重要なものじゃないの?」
「コレの管理にはもう飽き飽きしとったんじゃよ。ま、神の気まぐれとか言うやつじゃな」
気まぐれって……そんなんでよく滅びないわね、この国。
そうなるとさ。
破壊できないとなるとさ。
私、アイツを喰わなくちゃならないじゃないの!
「確かにそうなるなあ。美味なことを願っとる」
他人事みたいに言うなっ!
まあ、他人事なんだろうけどさ。
「それがそうでもない。『肉体』の復活を許したのは儂じゃしなぁ。ここは一つ力を貸さんでもない」
「ちょ~っと、待って。復活を許したってどういう意味よ?」
神玉がここにあるってことは——それ即ち、肉体は別の場所に封印されていたということ。
重要なものを別々に保管するのは変なことじゃないからね。
それは分かる。
でも、復活を許したって何よ。
その口ぶりからすると、誰かが神の防御を破って復活させたみたいじゃない。
そういえば、『誰かが復活させた可能性が高いね』と悪魔も言っていた。
普通ならコアを差し置いて、肉体が単体で蘇るなんてありえない。
言ってしまえば、コアがない肉体なんてただの入れ物でしかなんだから。
それは、中の人がいない着ぐるみと同じ。
黒幕の存在は予感していたけれど、まさか本当にいるとは。
しかも、神の力をも
そう考えると——肉体を動かしているのは一体誰なんだろう?
「お主の考えで当たっておるよ。そう、何者かが復活させよったのじゃ。最強で最悪の鬼の肉体をな」
「どうしてそんなことを……」
「分からん。でも、黒幕がいることは確かじゃ」
神の防御を破り、復活させた黒幕。
上級妖怪かバケモノか。
はたまた『邪神』か。
どちらにしろ、神喰い目玉の討伐は一筋縄ではいかなそうだ。
「ま、敵の事情が分かったところで状況は変わらないんだけど」
神玉の破壊が認められないのでは、結局のところ食べなくちゃいけない。
黒幕がいようがいまいが。
どうしてあのとき、神喰い目玉に攻撃なんてしちゃったんだろう。
攻撃しなければ、無視していれば……こうはならなかったのに!
触らぬ神に祟りなし、これからは肝に銘じておきましょう。
「でもさ、敵を知らないより知っている方がいいだろう。少なくとも黒幕の存在は確定したんだし」
と、悪魔が気楽そうに言った。
確かにそうだ。
知らないより、知っていた方がいい。
そりゃそうだけどさ!
「ん? となると……」
悪魔は何かに気が付いたようで、考え込んでしまう。
「あ!」
と、口を大きく開けて驚愕する悪魔。
何?
どうしたのよ。
「そもそも、羅刹には神玉があるってことになるな」
「!?」
「本当はもっと前に気が付くべきだったんだ。いやぁー、完全に見落としていたね」
「どういうこと?」
「考えてもみてごらんよ。奴は神玉が無いにも関わらず、肉体だけで動き回っているんだ」
そんなの知ってるわよ。
それに学校で戦ったとき、神玉がないのは少しばかり実感してる。
目玉をぶち抜いても、死ななかったのだから。
「普通、操られでもしない限り肉体だけで動くなんてありえないだろう?」
まあ、そうね。
着ぐるみが勝手に動くわけないもんね。
「昨日、奴の中に操縦者はいなかった」
「確かにいなかったけれど。……いたらいたで、逆に怖いわ」
「じゃあさ、どうやって動かしていたと思う?」
「う~ん……遠隔操作とか?」
「確かに。それも考えられるね。でも、羅刹の動きは操られている感じじゃなかっただろう? 操られていたのなら、あんな正確で素早い攻撃はできていないはずだ」
「ほっ、ほう」
「となると、考えられることはただ一つ。羅刹は操られていたんじゃなく、自分の意思で動いていたということになるね」
えっ。
マジか。
「本来のコアがここにある以上、奴の体内には必ず神玉紛いの何かがある」
ん?
ちょっと待って。
「確かあなた、『神玉はない』って言ってたわよね?」
「確かに言ったよ。でも、よく考えるとなきゃおかしいんだ。……いくら僕と言えども、『偽神玉』の存在までは分からなかったよ」
偽神玉。
そんなものが体内に、ね。
となるとさ……もしかして。
「てことは、その偽神玉なるものを破壊したら……」
「多分、神喰い目玉を喰わなくても倒せる」
「そういうことよね!」
よしゃぁぁぁ!
喰わなくて済むじゃん!
私は大きくガッツポーズをした。
しかし、
「いや、肉体の方は喰ってくれ。また利用されかねんからな。もちろんタダとは言わん」
と、三石サクラに言われてしまった。
ぬか喜びもいいところ。
喜びの余韻にすら浸かっていない。
何?
タダとは言わないですって?
どんな報酬であろうと、絶対に嫌。
あんなもの、絶対食べてなんてやるもんですか!
「儂のサイン入り『魔法少女ロック・邪神バスターズ』ブルーレイBOXでどうじゃ?」
なっ!
そんなの……ずるい。
「くっ! ……欲しいかも」
絶対に食べたくないけど。
食べたくは、ないのだけれど!
「いまなら特別に、ワンコちゃんの下着を白色に変えた特別版にしてやってもよいのじゃぞ?」
「分かりましたっ! 食べます! 食べさせて頂きますっ!」
「決断変えるの早っ! 安い女だな君!」
私は思ったより攻略しやすいヒロインらしい。
影切城は一瞬にして落城したのであった。
「そうと決まれば——」
——ぎゅるぎゅるぎゅる。
サクラが何かを言いかけた瞬間、私のお腹の虫が鳴いた。
会話の途中だろうが、本来のストーリー展開になかろうが、お腹はへるのだ。
構成になかろうが、変なタイミングであろうが。
そんなもの、お腹の虫には関係ない。
思えば朝食も昼食も抜いている。
私にご飯を、ご飯タイムをくれい!
「なんじゃ、小娘。腹減ってるのか。しょうがないのう。復活を許した罪滅ぼしに何か出してやろう。……確か冷蔵庫にコンビニ弁当があったはずじゃ」
そう言って、サクラは部屋の隅に置いてあった冷蔵庫からコンビニ弁当を持ってきた。
ついでにオニギリも。
もちろん、遠慮なくいただく。
いただきますの挨拶も忘れない。
「腹がへっては戦えん。遠慮せず食え。消費期限も近いし……あっ、切れとる」
後半の方は耳鳴りがして聞こえなかった。
なんと言ったんだろう。
ま、気にしない気にしない。
「随分と都合のいい耳だな、君の耳は」
悪魔のツッコみも無視して、一心不乱にパクつく。
掛け時計を見ると、結構な時間になっていた。
作戦まであと二時間しかないじゃない!
めんどくさいなぁ。
鮭オニギリを食べながら、ふとそんなことを考える私。
不覚にもオニギリを食べながら『オニギリ作戦』のことを考えてしまった。
そう。
オニギリだけに!
「全くもって旨くないっ! 強引にオチをつけようとするな!」
チッ。
バレたか。
だって、そろそろ休憩が欲しいんだもん!
「しょうがない奴じゃの。儂の力でなんとかしてやる。それっ! エピソード強制終了っ!」
スゲェな、神。
そんなことまでできるなんて。
ほんと、ムダな力の使い方をしてるわよね。
ま、そういうことで。
そろそろ終わりまぁ~す。
もうすぐ五時。
逢魔が時はすぐそこまで迫っていた——————。
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