九丁目: VS異世界チートキャラ

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ悪魔を無視して、バイクを走らせること約十分。

 通行人の冷ややかな目線にさらされながらも、なんとか『石割桜いしわりざくら神社』に着いた私は、神社の鳥居へと続いているであろう階段の前に立っていた。

 

「何よ、この急な階段。神社が全く見えないじゃない。ねえ悪魔?」

 

「……あ……ああ……」

 

「何いっちょ前に放心してんのよ。しゃんとしなさい、しゃんと」

 

「うう……」

 

 バイクのヘッドランプの下に縛り付けられている悪魔は、目が虚ろになっていた。

 まともに喋ることもできないらしい。

 この世の終わりが来たかのような表情をしていた。

 

 ち~と、やり過ぎたかしらね。

 

「ほらっ、しっかりしなさいよ!」

 

 私はバイクから悪魔を取り外して、平手打ちを喰らわせた。

 

「いたっ! ううっ、よくも……よくも、僕のビンタ童貞を奪ったなぁ!」

 

「何よ、ビンタ童貞って。ま、そこまでボケることができるのなら、もう大丈夫ね。で、どうだった? 私とのドライブ。楽しんでもらえたかしら?」

 

 私は悪魔を片手に階段を上りながら、雑談を始める。

 小山の頂上に石割桜神社はあるらしい。

 

 誰よ、こんな参拝しにくい所に建てた奴。

 

 本当は『神殺しの力』を行使したいところ。

 だけど、誰かに見られる可能性がある為自力で登るしかない。

 

「楽しめるわけがないだろう! 終始ジェットコースター体験なんて……生き地獄だったよ! それよりも嫌だったのが虫だね! 顔にバンバンぶつかってくるし、油断してると口の中に入るし……。ハエの味なんて知りたくはなかった!」

 

「良かったじゃない。これでアマゾンの奥地へ行っても生きていけるわね」

 

「全然良くないっ! 僕は食虫植物じゃないぞ!」

 

「そうだったわ、ごめんなさい」

 

「わっ、分かればいいんだ。分かれば……(やけに素直だな)」

 

「そうよね。あなたが多細胞生物なわけないわよね、単純単細胞さん」

 

「やはりそう来たか! しかも、もっとヒドくなっただと!?」

 

 そうこう雑談をしている間に、私たちは石でできた鳥居に到着した。

 所々苔が生えていて、歴史を感じさせる石鳥居である。

 

「こうしていてもなんなんだし、早く入りましょうかゾウリムシさん」

 

「ほんとに単細胞生物にしやがった! 僕は悪魔だ」

 

「ん? アメーバさん?」

 

「アしか合ってない、『あ』しか! 僕は悪魔だよ、あ、く、ま!」

 

「えっ? アシカ?」

 

「よしっ! 多細胞生物なった。……いやいや、よしっじゃない! 聞き取るべきはソコじゃないだろっ! 前半じゃなくて後半を聞き取ってくれ、後半を!」

 

「じゃあ、海女さん?」

 

「そう言えば、朝ドラで有名になったよなぁ。お陰で観光客も増えたし。県民の誇りだよ……って違う! どうして、『く』を飛ばすんだよ!?」

 

「……はぁ」

 

「なに勝手に疲れてんだよっ!」

 

 疲れたし、このノリにももう飽きたので、神社の説明でもしましょうかね。

  

 鳥居の奥には小さな社殿(これしかないから、きっと本殿)がひっそりとたたずんでいる。

 境内には、神社の由来になったであろう『石割桜』が文字通り——いや、文字以上の『岩』を割って咲き誇っていた。

 

「これじゃ、『石割桜』と言うより『岩割桜』ね」

 

「……確かに大きいな。そして、とても美しい」

 

 季節は春。

 陽気に誘われた石割桜は満開であった。

 

 今度、宮守みやもり姉妹と時雨しぐれちゃんのみんなで、お花見にでも来たいわね。

 その為にもまずは神喰い目玉、もとい『羅刹』の『神玉かみだま』を見つけなくちゃ。

 

 早速境内に入り、伝説の岩を探し歩く。

 しかし、そんな岩は見当たらない。

 いくら探しても伝説の岩なんてない。

 あるのは桜が生えている岩だけ。

 

 ま、最初から探さなくても分かってたんだけどね。

 だってここ、『石割桜』と『本殿』以外何もないから。

 

 境内を一周して、私は入り口の鳥居の元へと帰ってきた。

 

「ねえ、悪魔。伝説の岩ってどこにあるのかしら」

 

「まだ探していない所があるだろう?」

 

「探していない所?」

 

「本殿の中さ。岩って言っても色々あるからね。知ってた? 石と岩の違いって曖昧あいまいなものなんなんだよ」

 

 確かに本殿の中は探していない。

 本殿とは普通、祭神を安置する場所だ。


 悪魔によると祭神は複数いる場合もあるらしい。

 その主たるものが主祭神——ここで言うと『三ツ石神』なんだとか。

 そして、祭神はときになどの場合もあるそう。

 

 ってことは、『悪鬼羅刹』が封印されている『伝説の岩』が祭神としてまつられてても変ではないわね。

 

「じゃあ早速、本殿を探しましょうか」

 

 私は本殿へと続く石造りの参道を歩く。

 本殿の前方、ちょうど二体の狛犬が設置してある所を通過したとき、地面が揺れた。

 

 これは地震なんかじゃない。

 だって地震にしては震源が近すぎるし、浅すぎるもの。

 

 この揺れは何かが地面の中から出てくる前兆。

 

「何か来るぞ!」

 

 悪魔に言われなくても分かってる。

 参道に亀裂が走って、むくむくと盛り上がってきているんだから。

 

 ——————ズボッ!

 

 ん?

 ズボッ?

 

 見ると、参道から岩で形成されているが突き出していた。

 そのまま地面に手を突く。

 這い上がって来るつもりらしい。

 

 なんか出てきたぁぁぁ!

 

 もう一本腕が出て、そのまま二本の腕で上半身を起こし始める。

 土下座の状態で埋まっていたらしく、背中、右脚、左脚の順で起き上がっていった。

 地面から分離した参道を、カメの甲羅のように背負っている。

 

 まさに岩ゴーレム。

 異世界じゃなくてもゴーレムには会えるらしい。

 頭が抜けないらしく、頑張って引き抜こうとしていた。

 

「あのゴーレム、何をしてるのかしら。昔のギャグマンガみたいなことになってるわよ」

 

「そんなこと言ってないで、早く戦闘態勢に入りなよ。見るからに敵って感じだろ」

 

「それもそうね。誰も見てないし、神殺しの力でも使って助けてあげましょう」

 

「どうして助けるんだよっ! 敵だぞ、敵!」

 

「だってぇ~、わたしぃ~、困ってる人は助けてあげる優しいヒロインだも~ん。てへっ!」

 

「こいつ、あからさまに神様どくしゃからの好感度を上げようとしているっ!」

 

「チッ、余計なことを……」

 

「うわぁ~、チッって言ったぞ、チッって」

 

 私の心配もよそに、ゴーレムは無理やり上半身を引き抜いた。

 

「「————あっ」」

 

 頭が取れた。

 普通に頭が取れた。

 異世界風に言うなら、デュラハンみたいになってる。

 

 おっ。

 これは戦わずして勝ったんじゃない?

 悪魔と同化するまでもなかったわね。

 

 しかし、ゴーレムは頭が無いまま立ち上がり、後から頭を掘り出した。

 そして何事もなかったように——首にくっつけた。

 

「くっついちゃうのね……」

 

 しょうがないので悪魔を装着し、背中に背負っていた木刀を『巨大ハンマー』に変形。


 ゴーレムには打撃系の武器が有効なのだ(多分)。

 相手の材質から判断しても、打撃系の武器で間違っていないと思うのだけれど。

 神剣じゃ、逆にこっちが壊れちゃうからね。

 

 まだゴーレムが敵なのか違うのか分からないので、構え(ハンマーを構えたことがないので適当)だけをする。

 

「……さあ、敵か味方か、どっちかしら」

 

 果たしてその結果は!?

 

 ………………バリバリ敵でした!

 普通に殴り掛かってきました!

 

 先制攻撃してきたってことは倒してもいいわよね? 

 だって正当防衛だもんね!

 

「おっしゃぁぁぁ! ぶっ飛ばしてやんよ!」

 

(どうしてそんなに嬉しそうなんだっ!)

 

 私はとりあえず、ゴーレムの頭へ向かって駆けた。


 こういう敵は、頭を粉々にすれば倒せるはず。

 それがお決まりってもんよね!


 おっと、油断はしちゃいけなかった。

 見た目に反して、速いかもしれないんだから……。


 私は用心して、ゴーレムの足元へ向かう。

 でもそれは、杞憂きゆうに終わった。

 

 な~んだ、おっそ。

 動きが鈍いわ。

 ほんと、見た目もそうだけど、動きもカメみたいな奴ね。

 

 先制攻撃のパンチを繰り出してから次のモーションに入るまでに、随分と時間がかかっている。

 私が倒した守護神よりも小さいくせに数倍トロい。

 しかしスピードがない分、パワーと一回の攻撃力は格段に上だ。

 

「ま、どんだけ強くても遅かったら意味ないんだけどね」

 

 私はゴーレムの足元から一気に跳躍した。

 

 ゴーレムとご対顔。

 岩ゴーレムはとっても硬い顔をしていた。

 

 そう、岩だけに!

 

「挨拶ついでに、くたばれぇぇぇ! 必殺マジカルハンマーーーッッ!!」

 

 そのまま身体を横にひねり、思いっきりスイング。

 

 そりゃもう、フルスイングよ。

 野球だったら絶対にホームランの自信があるわ。

 

 ゴーレムの頭はダルマ落としの如く吹き飛んだ。

 ガァァァンっという音とともに、手に衝撃が伝わってくる。

 

 くぅぅぅ~~、とってもジンジンするわね。

 

 着地した私はハンマーを逆さまに立て、両手をすり合わせて痛みを緩和する。

 

 とても痛かったわ。

 痛かったけれど、これで勝てるのなら屁でもないわね。

 

 これだけぶっ叩いたんだから、いくら岩でも砕けたでしょう。

 さて、どうかしら。

 

「——ちょっと……マジですかよ」

 

 結果は、全然砕けていなかった。

 無傷のまま地面に転がっている。

 あれだけ思いっきり叩かれたのに、ヒビどころか欠けてすらいない。

 

 ダメだ、硬すぎる!

 面の皮が厚すぎる!

 岩だけに!

 

 落ちたゴーレムの頭は、お硬い顔をしながら、身体に引き付けられるようにして転がっていった。


「ん?」


 不意に、私の半径二メートル範囲が暗くなる。

 例えるなら、逆スポットライトを浴びている感じ。

 そういえば、そんなアイテムを『某国民的人気アニメのネコ型ロボット』が持っていたような……。


 それにしても、おかしいわ。

 今日は雲一つない晴天。

 屋外だから、太陽が遮られるなんてありえないのだけれど……。


 嫌な予感がした私は、咄嗟とっさに上を見る。


「へっ?」

 

 見ると、大きな拳が隕石の如く(岩だけに!)私の頭上に迫っていた。

 頭が元に戻る間も、身体は独立して動いていたらしい。

 

 頭に気を取られていた私は、ハンマーで防御するのがやっと。

 ゴーレムの巨大隕石パンチを回避することなど、到底できない。


 もの凄い衝撃と共に、これまたもの凄い圧力が私を襲った。

 

「——うっ!」

 

 重い。

 本当に重い。

 しかもこの衝撃……さっきハンマーに伝わってきたのが可愛く思えるわね。

 

 脚が砕けそうになるも、どうにか踏ん張る。

 実際、砕けているのだろう。

 骨が速攻で再生しているのが分かる。

 

 ハンマーを支える腕も腰も脚も、全て痛い。

 身体全体が痛い。

 

 ゴーレムは私の足が地面にめり込んでもなお、潰してくる。

 地面が割れ、クレーターができ始めた。

 

 ゆっくりと、身体が地面に沈み始める。

 私はパンケーキに押し込まれるように沈んでいく。

 私が自分の背丈よりも深くめり込んだところで、ゴーレムは拳を抜いた。

 

(こりゃ凄い攻撃力だな。まさか、地面に埋まるとは)

 

「こいつ、通常攻撃が必殺攻撃級の威力よ。羅刹の肉体と言い、どうしてこうチートキャラばっかりなのよっ!」

 

(そう嘆くなって。君はそんな敵を探しているんだろう? 退屈だからってさ)

 

「確かにそうなのだけど……『強さ』と『チート』は似て非なるものよ。私は弱い敵を探しているのであって、負けそうなくらい強いチートキャラは探してないわ。言わば勝ち確の敵を探しているの」

 

(なんだそのチンピラ精神! もっと頑張れよな!)

 

「だけど……強ければ強い程興奮するのも事実。たとえ絶対に負けるって分かっていてもね。だから、探していなくても強敵に会えたら嬉しいわ。こう感じるのも全部なのだけれど……」

 

(楽しいからいいだろう? 全ては君の為——契約なのだから)

 

 ゴーレムが拳を抜き去るのと同時に地上へジャンプ。

 距離をとって対峙する。

 

 簡単に倒せないのがセオリー。

 さて、どうやって倒してやりましょうかね。

 

 頭を砕くのは無理そう。

 頭が無理なら——身体しかないじゃん!

 

 全身をバラバラにするしかない。

 完全勝利とはいかなくても、戦闘不能くらいにはなるでしょう。

 

 バラバラにしてからパーツの一つでも砕けば、修復時、きっと勝手に崩れてくれる……はず。

 そうすれば戦闘不能よね!

 いや~、頭いいな私!

 

(……砕けたらの話だけどね。捕らぬ狸の皮算用は危険だよ)

 

「分かってるわよ! でもこの方法に賭けるしかないの。だって、これ以外思いつかないんだもんっ!」

 

(だもんっ、ってなんだよ! だもんって!)

 

 私はゴーレムへ再攻撃を仕掛ける。

 岩ゴーレムめがけてロケットダッシュ。

 

 今度は下から順に、確実に崩してやるんだから。

 

 まずは、ゴーレムの右脚——右膝の半月板を砕く。

 

「崩れやがれぇぇぇ! この石頭野郎っ!」

 

 巨大ハンマーを頭上まで振り上げ、一気に振り下ろす。

 火花が飛び散り、腕には激しい振動が伝わってきた。

 

 もう痛くない。

 この衝撃には慣れたから。

 

 ゴーレムの膝が地面に落ちる。

 それに続けて、膝から下も崩れ始めた。

 砂塵を巻き上げながら右脚がバラバラになっていく。

 

 ゴーレムは体勢を保つことができなくなり、右へ傾き始めた。

 

 このまま転ばれたんじゃ、すぐに回復されてしまう。

 もっと速く、もっともっと速く——こいつを砕かなくちゃ。

 

 ゴーレムが傾き始めたのと同時に地面を蹴り、真上へ飛んだ。

 ハンマーを下から上へと振り上げ、右肩を吹き飛ばす。

 

 まだジャンプの勢いは残っている。

 私はそれを利用してゴーレムの頭まで上昇した。

 

 右腕が崩れていくのを横目で見ながら、頭をもう一度落とす。

 砕けることはなかったが、ゴーレムが回復する時間を引き延ばすことくらいはできるだろう。

 

 これで右半身は終了。

 次は左半身よ!

 

 右肩から首を経由して左肩へ。

 ゴルフのショットを打つように、横から左腕の付け根を叩く。

 

「ファァァァァァ!」

 

(!?)

 

 おっと、ふざけてる暇はなかったわね。

 

 崩れていく左腕に乗っかって下へ。

 

 エレベーター、左膝へ参りま~す。

 

 落下している間に私は身体をひねり、横回転を始めた。

 それはまるで、独楽にでもなった気分。

 視界が高速回転をし、右から左へと回る。

 

 平衡感覚がおかしくなりそう。

 ま、身体強化してるから……そんなこと……ない……うえっ!

 

 吐きそうになっても回転はやめない。

 ぐるぐると回転したまま骨盤と左足を飛ばした。

 

 ミッションコンプリート!

 でも、回転は止まらない。

 

「また加減間違えたぁぁぁぁぁぁっ!」

 

(うぇぇぇぇぇぇ!!)

 

 ハンマーで地面を横殴りにし、大穴を開けてやっと停止。

 勢いのまま地面に叩きつけられる。

 

「ぐはっ!」

 

 参道の横——砂利が敷き詰められている場所に全身を強打。

 頭部を打ち付け、少しの間意識がなくなる。

 致命傷にはならなかったらしく、すぐに回復した。

 

 うわっ、焦ったぁ~~!

 物語がクライマックスにいく前に、私の人生が天国にっちゃうトコだったぁ!

 あぶね、あぶね。

 

 ん……あれ? 

 息が苦しい。

 この感じだと、折れた肋骨が肺に刺さって……出血しているわね。

 その血が肺を満たしていってるってトコでしょう。


 傷口はすぐに塞がる。

 しかし、肺に溜まった血はなくならない。

 このままでは窒息してしまう。

 

 息が……息が、できない!

 

 吐血しながら一瞬で考えて実行。

 私は右手を手刀にして、自分の胸部にぶっ刺した。

 

 筋肉を裂きながら内部へ侵入。

 肋骨と肋骨の間に手を通す。

 心臓を避けて肺へ到達。

 爪で左右の肺を破り、胸に開いた穴から血を抜いた。

 

 窒息しそうになっていたので、痛みは覚えていない。


 死に物狂いになると、人って麻痺するものなのかしらね。

 ……助かったのは良かったのだけれど、これじゃ衣装が台無しだわ。

 

 魔法少女の服は所々破れ、自分の血で染まっている。

 魔法少女というよりは、ゾンビみたい。

 魔法少女ゾンビの誕生だ。

 

 しかし贅沢も言ってられない。

 贅沢は敵なのだ。

 

 血を抜き去り、とりあえずは呼吸。

 しばし休んでから、ゴーレムの方を向いた。

 

 四肢しし分裂しているゴーレムはまだ回復していなかった。

 というより、回復にすら入っていなかった。

 

 どんだけトロいんだか。

 私なんてこの間に二回も死にかけたってのに。

 

(全部自分のせいだろう?)

 

「うっ、うっさいわね! いいじゃない、生きてんだから」

 

(あんまり無理をしてくれるな)

 

「分かってるわよっ!」

 

(そもそも君はだな、無茶しすぎなんだよ。回復するのにも体力と神格が必要なんだぞ。そこんトコ分かっているのかい? HPとMPが連動しているようなものなんだからさ、ペース配分をだな、ペース配分を——)

 

「はいはい、わっかりましたぁ~」

 

(絶対分かってないだろ!)

 

 とまあ悪魔に怒られている間に、散り散りになったゴーレムは回復を始めていた。

 破片がピクピクと動きだし、宙に浮いた胴体部分に集まり始める。

 

 私は巨大ハンマーを『ロボットアーム』に変形させ、両腕に装着した。

  言うなればアームプロテクター。

 拳の損傷を防止しながら、腕のパワーも上昇させてくれる優れものだ。

 

 いまの私はメカ少女のような見た目になっていることであろう。

 魔法メカ少女ゾンビだ。

 

 これでゴーレムの身体を砕く。

 回復なんてさせてたまるものか。

 

 私は戻ろうとしている小さめの岩を押さえつけ、空手家が瓦割かわらわりをする要領で殴った。

 文字通り、鉄拳で思いっきり殴った。

 

「せいっ!」

 

 桜でさえ岩は割れるのだ。

 私が割れないわけがないでしょう。

 

 ……割れるわよね?

 空気読みなさいよ。

 

 いや、割れて下さいお願いします!

 

 私の願いが通じたのか、岩は思ったよりも簡単にひび割れ、砕けた。

 

 よっしゃぁ!

 この調子で、粉々にしてあげるわ!

 憎むんなら回復が遅い自分を憎むことね。

 

 三分もかからずに目の前に転がっていた岩を全て破壊。

 しかし、どうしても頭だけは無理だった。

 

 ほんと、石頭。

 石(岩)だけにね!

 

 とまあ、これで戦闘不能——そのはずだった。

 

「なっ! こいつ……回復しやがっただと!?」

 

(ありゃあ、ダメだったか)

 

 割れたはずの岩は見事に接着し、元通りに。

 そして胴体へとくっついていった。

 

 岩ゴーレムは再び完全に蘇った……ん?

 あれっ?

 また頭がない。

 

 見ると、私が何回も殴ったせいで地面にめり込んでいた。

 ゴーレムは頭を拾い上げようと腕を伸ばす。

 

 やはり頭が弱点らしい。

 

 でもな、どうやって壊せばいいんだろう。

 とりあえずキープしときましょうかね。

 

 私はゴーレムが拾い上げる前に頭を奪取しようと、頭めがけてダッシュした。

 奪取だっしゅだけにダッシュである!

 

「んぎぎぎ……せいやぁっ!」

 

 以外に重い。

 巨大ハンマーよりも重い。

 ロボットアームで補助していなければ、持ち上げられないくらい。

 

「えっへん! これは私のもんだ! 悔しかったら——」

 

 重量挙げのように頭上に持ち上げ、首なしゴーレムの方を振り返りながらそう言った。

 そう、振り返りながら。

 

 ほんと振り返って良かったぁ。

 あと少し遅かったら、死んでいただろうから。

 

 後ろを見ると、首なしゴーレムの拳が既に目と鼻の先——視界を埋め尽くすほど近くまで迫っていた。

 

 さっきよりも速い。

 見るからに威力が増していた。

 

 反射的にゴーレムの頭を盾にし、身体を守る。

 ロボットアームのパワーも全開。

 本気で防御しなければならないくらい、コイツは強い。

 

 ——————ピキッ。

 

 ヤバい。

 アームが破損したかも。

 

 ——————ピキピキピキ。

 

 なおも亀裂音が響く。

 

 くっ、ここまでか。

 

 ————————————。

 

 ……あれっ?

 攻撃が……止まった?

 

 ゴーレムは拳に力を入れるのをやめ、再生停止ボタンを押されたかのように全く動かなくなった。

 

 どうしたのかしら?

 

 ——————バリンッ!

 

 甲高い音が鳴って、何かが崩れる。

 それと同時に頭を持っている感覚が消えた。

 

 パラパラと破片が地面に落ちていく。

 私のロボットアームではなく、ゴーレムの頭の方が割れたらしい。

 ゴーレムは私でも壊せなかった自らの頭を、したのだった。

 

 まさに自滅。

 自分を自らめっしたのであった。

 

 なんというか……ドンマイ。

 そう泣くなって。

 あっ、頭がないから泣けないか。

 

「あはははははは! 馬鹿、ほんと馬鹿!」

 

(まさか自滅とは……つまらない終わり方だな)

 

「いいじゃない、勝ったんだから。それより……あははははははっ! も~、お腹痛い! あはははっ!」

 

「————はぁ、またかの」

 

 私がお腹を押さえて笑っていると、ゴーレムの背後——ちょうど本殿がある方から声がした。

 巨体に隠れていて声の主の姿は見えない。

 

「またやってしまったんか。何回やれば気が済むのかの。こやつも頭の固い奴じゃ。岩だけにな! ……くっくっく」

 

 面白くもない洒落を言っている。

 

 誰よ? 

 そんなつまんないこと言ってる奴。

 

 気になったので、ただの岩像と化したゴーレムの陰から頭を出して、姿を確認した。

 するとそこには、『働きたくないっ!』と書かれた(ヨレヨレの)Tシャツを着た女が立っていた。

 

 大学生……いや、二十代くらいだろうか。

 少なくとも自分よりは年上だろう。

 赤縁あかぶちメガネを掛け、春なのに団扇うちわを持っている。

 

 一言で表すと変な格好。

 一言じゃなくても変だ。

 春の陽気に誘われて、変質者も目覚めたらしい。


「さっきから聞いておれば、言いたい放題じゃな、小娘。魔法メカ少女ゾンビの格好をしとるお主に、変な格好と言われとうないわっ!」

 

 口調にも癖がある。


 全く、いつの時代の人間だよ!

 てか、どうして私のモノローグを読んでいるのかしら。

 しかも結構前から。

 魔法メカ少女ゾンビって、ゴーレム戦のときのやつよね!?

 

「それはな、儂が『神』だからじゃよ。この神社のな——」

 

 満開に咲き誇る桜の下、こうして私は自称『神様』と出会ったのだった——————。

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