第41話「R/W:ワタシノオワリ」

 ~~~レン~~~




 予選終了から本選開始までの期間、みんなはそれぞれのベストを尽くした。

 志保しほちゃんは新たな衣装を仕立ててくれた。

 黒田くろだくんは楽曲調整に余念がなく、七海ななみちゃんは『アステリズム』の広報をこれでもかと打ってくれた。

 プロデューサーさんに関しては言わずもがな、毎日あれこれと働きまくり、一日の睡眠時間は3時間もないのではないだろうか。


 レンちゃんたちは当然さらなる練習と、本戦を想定したライブ活動を頻繁に行った。

 予選を見てくれた人やネット配信している動画を見てくれた人などが来てくれるようになり、回を重ねるごとにライブのお客さんは増えていった。

 ファンレターや贈り物を貰ったり、握手やサインを求められる機会も増えた。

 恋ちゃんたちは戸惑いながらも喜んでいた。

 自分たちの現在と、未来への希望と不安。それらがない交ぜになったような、とてもいい顔をしてた。 

 


 そしてわたしは──

 


「ねえー、レンさん起きてるっ? まだ寝てるのっ?」


(ええーっと……わたし、また寝てた?)


 レンちゃんの怒り声で、わたしは目を覚ました。


「そうだよ! 今日はレンさんの日なんだからねっ? もうすぐプロデューサーさんだって来ちゃうんだからっ、もっとシャンとしてよっ!」


(ああそっか、もういつもの場所にいるんだねー……。ご飯も食べてー、制服も着て鞄も持って―。あとは一緒に登校するだけーっと……ふぁ~あ~あ~)


「もうっ、そんな大きなあくびしてーっ。プロデューサーさんに見られたらどうするのーっ?」


(昨日夜更かししすぎたせいかなあー? うーん……やっぱりまだまだ眠いのでわたしは寝るねっ。じゃっ、あとは任せたぁ~)


「ちょ、ちょっと任せるって何!? レンさん!?」


(そのままの意味だよ~、何せわたしは気楽な身分だからね~)


 恋ちゃんが何か文句を言ってきたが、すべて無視した。

 というか正直、それどころではなかった。


 あの日──予選会の決勝ラウンド以降、調子が良くない。

 音がよく聞こえないし、物がよく見えない。

 匂いも、風の流れもよくわからない。


 最初はただの疲労かと思ったが、どうも違うようだ。

 というかそもそも、昔は眠くすらならなかったじゃないか。


(ふぁ~あ……)

  

 あくびをしながら、わたしはのんびり恋ちゃんのたてる音を聞いていた。

 

 制服の衣擦れ、缶バッチを外す音、パンプスの踵が地面を叩く音、胸の鼓動。

 プロデューサーさんが来たことで、それらはさらに大きくなった。

 まるであらゆるものが音楽になったように、華やいで聞こえた。


 ──おはようございますプロデューサーさんっ。えっと今日はレンさんが寝ぼすけさんで……。順番はちょっと違うんですけど、わたしでもいいですかっ?

 ──ああ、そういうことなら構わんぞ……というかそもそも、おまえらの決め事に俺がどうこう言う筋じゃないんだがな。

 ──わ、よかった。ほっとしましたっ。

 ──……なんだそんなに、おおげさに。

 ──おおげさじゃないですよーっ。わたしにとってはこの辺、死活問題なんですからねっ? もっとも、アダルティな人たちにはわからないんでしょうけどっ。

 ──アダルティというのはあれか、俺の中身がおっさんだってことを揶揄やゆしてるわけか?

 ──ええー? わたしそんなこと言いましたあー? ただ単に大人だなあーって思ってる人たちのことを敬って言ってるだけなんですけどおーっ?

 ──うんわかった。わかったからそんなに近づいて来るんじゃないっ。今やおまえたちはわが校どころか西東京を代表するアイドルで、そのうち国民的なアイドルになるはずなんだからなっ? 俺なんかにそんなに近づいても、いいことなんてまるでないんだからなっ?

 ──ええー? そんなのわたしが決めることじゃないですかあーっ。わが校とか西東京とか国民的とか、そんなのどうでもいいんですよおーっ。わたしはわたしの、わたしにとって一番大切な人に好きだと言ってもらえればいいだけなんですからあーっ。


 優しい雨のように降り落ちるふたりの会話を、わたしはずっと聞いていた。

 にやにやしたり、くすくすしたりしながら。 


 そしてわたしは、唐突に理解した。

 終わりが近づいていることを。

 わたしという魂の消滅が、もうすぐそこに迫っていることを。

 それが決して避けられぬものだということも。

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