第40話「兆し」

 ~~~三上聡みかみさとし~~~




 レンの活躍もあって、予選会の決勝ラウンドでも『アステリズム』は審査員の満票を獲得した。

 当然優勝。

 準優勝の『Shakeees!』も悪くはなかったが、アンサーソング対決で圧勝したこともあり、印象には天と地の差がある。


「みんな! よくやったな!」


 優勝杯授与後、ステージ裏に降りて来た3人に全力で拍手を送った。


「最高のパフォーマンスだった! 文句なしだ!」   


 赤根あかね黒田くろだ、途中で駆け付けた桜子先生さくらこせんせいも口々に褒めそやした。


「そうですかー? えっへっへー……」


 レンは顔を上気させながらも、満面の笑みでピースしてきた。


「……いやすげえな相変わらず。ついて行くのも大変だ」

「ハア……ハア……っ。あっ、あなたがすごいのはわかったから、あっちの方にもきちんと今の、仕込んでおいてよね?」


 仙崎と関原は肩で息をしている。

 汗だくで足取りも重く、相当キツそうだ。

 

「大丈夫、まーかせてっ。何せ恋ちゃんはわたしの一番弟子だからっ」


 レンは安請け合いするが、本人はきっと青ざめているだろうな、などと考えていると……。


「バカ野郎! 何をしてるんだ! 力勝負で負けやがって恥ずかしくないのか!」


 怒声のほうを振り返ると、そこにいたのは加瀬かせだ。

 準優勝の盾やトロフィーを携えた『Shakeees!』の3人に、キンキン声で説教している。


「金をかけて環境を整えて、応援隊までつけやって、それであのざまか!? てめえらの胸やケツは飾りか!? 出し惜しみせずどんどん振っていけよ! だからあんなのに負けんだよ!」


 いつもの余裕な態度はどこへやら、目を血走らせ激しく怒鳴り散らし──やがて我慢の限界を超えたのだろう、懐から取り出した鞭を振り上げた。


「止めろ、加瀬!」


 俺は加瀬の腕に飛びつき、すんでのところで鞭を止めた。


「なんだ三上! 何をしやがる!」

「3人に落ち度はない! 皆、よくやった!」

「はあああーっ!? うるっせえよ! 上から目線で何言ってやがんだ! 勝てなきゃゴミ同然だ! トップに立てねえアイドルなんてなんの存在価値もねえんだよ!」 

「意味はある! 努力や挫折こそがアイドルの衣装になるんだ!」

「はあああーん!? ご高説ありがてえところだが、それでてめえご自慢のレンはどうなったよ! そのアイドルの衣装とやらを着てトップに立つことが出来たか!? ウイング止まりで年齢制限を迎えて! 卒業したあげくに死んじまってよ! けっきょく何も残らなかったじゃねえか!」

「──残ってますよ」


 鋭い口調で切り込んできたのはレンだ。

 敵愾心に満ち満ちた目で、加瀬を睨みつけた。

   

「わたしはここにいます。このまま本選も勝ち抜いて優勝して、3人でチームアルファに入ります。そこでも負けず、やがてはセンターに、ひいては日本のトップアイドルになって見せます」

「ちっ……この……っ」


 加瀬は鞭を振り上げようとしたが、俺がガッチリ腕を封じているのでびくともしない。


「離せバカ! わかったよもうたねえよ!」


 俺が腕を離すと、いかにも悔し気に呻いた。


「ちっ……行くぞおまえら!」


 うなだれている3人を促すと、その場を後にした。


 

 

「プロデューサーさん、手、大丈夫ですか?」


 加瀬一向が去った後、レンが気づかわしげに聞いてきた。


「大丈夫だ。おまえのほうこそ問題ないか?」

「ないですよ。鞭はプロデューサーさんが抑えてくれましたし……」


 気丈に振る舞ってはいるが、レンの足はわずかに震えている。


「……あいつ、まだあの鞭持ってるんだな」

「ええ……」


 何か気に入らないことがあればすぐに振るわれる加瀬の鞭。

 練習生たちにとってあれは、長年の恐怖の象徴だった。 


「……もう二度と振るえないようにしなきゃな」

「ええ、もちろんです……っと?」


 言葉の途中で、レンはよろけるように膝をついた。


「おっと、大丈夫か? さすがのおまえでも疲れたんだろう」

「ああ……ええ……さすがに歳なんですかねえ……?」


 レンは不思議そうな顔でつぶやいた。


「よせよ。歳なのは魂だけで十分だ」

「あはっ、それはそうですねっ」


 俺のツッコみに、レンは笑った。


 ──今も俺は後悔している。

 その日その瞬間にレンをさいなんでいたのは、まぎれもない終わりのきざしだったのだ。

 にも関わらず気づけなかった。

 この先の加瀬との対決のことばかり考えて、そこまで頭が回らなかった。

 そのことを悔いている。

 今もなお。

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