第2話 ジェム

 次郎の授業は基本、講堂地下の模擬戦場で行われる。『図書館』の内部構造を再現した室内訓練場だ。広さは講堂とほぼ同じ程度。


座学も行えるように壁の一部が黒板になっているが、他の箇所はほぼ図書館と同じ作りである。…見た目は。


実際の『図書館』の中は、何層もの階層があり、その階層自体が様々な形をした部屋で区切られている。外壁の見た目は天然の鍾乳洞のようであり、思わぬところに人工物めいた意匠の構造物があって、水をたたえていたりする。


実際の図書館内部はどういうわけか、外壁もある程度日光を通すのでそれなりに薄明るい。しかし模擬戦場はしょせんモルタルの模造物なので普通に天井にいくつか電球が埋め込まれていた。


生徒たちはジャージに着替えて物珍しげにキョロキョロしている。何となく教室の座席順に並んでるのは、人間関係がまだ固まっていないからだろう。次郎はその前に立つ。


戦術基礎Ⅰ。1年B組、出席者13名。

全員で15名だから一名欠席、例の男子生徒だ。もう一名の女子は…公欠?

この菱形深海ひしがたあびすは始業式から姿を見せていない。真柄校長から何か聞いた気もするが…正直聞き流していた。4月のこの時期にいきなり公欠とはどういうことだ?


まあ、あとで確認しておこう。次郎は気を取り直し、出欠簿を閉じた。

そしておもむろに脇においておいたスーツケースを取る。


「今日は本来座学の予定…だったが変更して」そう告げつつ次郎がスーツケースを開くと、生徒の目が釘付けになった。その中に並ぶのは15個の指輪。小ぶりの赤い宝玉が輝いている。


「疑似ジェムの試着を行う」


静かな驚きが生徒の間に満ちていく。


「言うまでもないが、ジェムとは冒険者が図書館に入るための入館許可証であり…図書館内部で戦闘や探索に使う『スキル』を使用するための基本装備でもある」


次郎の説明が始まる。


「疑似ジェムとは、正規のジェムを模して作られた訓練用のジェムだ。」


次郎が指輪の一つを手に取り生徒に示すと生徒全員の目がそこに集中する。


「この訓練場でしか使えないし、スキルもプリセットのものが一つあるのみ。あくまで図書館内のシミュレーションのためのものだと考えてくれ」


生徒は極めて興味津々という態度で、次郎の話に聞き入っている。

先日、態度の悪かった女子三人組も食い入るようにジェムを見つめている。


それはそうだろう。疑似ジェムを扱うのは本来一年の後期からだ。


しかし敢えて次郎は今日この初日に、擬似ジェムの試着体験を生徒にさせる必要があった。


―――まずは利害の一致からだ。


力でねじ伏せられない相手なら、欲を刺激する。生徒たちにも欲がある。


それは「冒険者になること」。


その身分と力の象徴が、ジェムだ。

疑似的とはいえ、冒険者の力を振るうチャンス。言うなれば本格的な「ごっこ遊び」。この誘惑は強力だ。

次郎の教えの先に本物の力があると体感できれば、生徒たちはその報酬を求めて次郎の指導に従うことになる。そしてそれは次郎の目的にも叶う。


ここで両者の利害が一致する、というわけだ。


疑似ジェムの試着によって、この先にある飴玉の味を覚えさせておく。そのために次郎はあえて本来のカリキュラムを無視したのである。次郎が冒険者としての経験から下した判断だった。


18名全員に疑似ジェムが行き渡ると、次郎はスーツケースの蓋を閉じた。

全員が指輪を嵌めて、ためつすがめつしている。


「せんせー!なんも変わんないっス!」


手を上げて報告したのは、曽田弥彦。ややお調子者だが、ひとなつこく憎まれないタイプの男子だ。男子の中では比較的コミュ力が高いので、クラス委員も務めている。もみあげが長く若干小猿っぽい印象がある。


「そうだな、それで良い」


次郎は頷いて懐から教職員用のIDカードを取り出すと、壁に埋設された端末のスロットに通した。


ヴン、と空気が振動し訓練場の床が燐光を放つ。人間一人が立てるほどの大きさの六角形の線が光り、蜂の巣のようなハニカム模様を床に描いた。


「うお!?」「きゃあ!!」


生徒たちから悲鳴が上がる。訓練場の起動に呼応して疑似ジェムも起動したからだ。それぞれの指輪が輝きを増していく。


六角形の線が訓練場のフロアを全て覆い尽くす頃合いに、生徒たちの姿形も変わっていた。甲冑を身にまとうもの、盾を持つもの、剣や槍を手にした者。薬瓶や杖を持つ者もいる。


変身した生徒たちそれぞれの右肩と左肩付近に、数字が浮かび上がる。みな数値はバラバラだが、6より上の数字が出たものは居ない。


「うおお、かっけえ!」

「これ…どういうこと?」

「うう…こんな格好恥ずかしいよぉ」

「ウチの可愛くないし!」


騒がしくなってきた。

次郎が手を叩いて注意を促すと、全員が不安と好奇心ではちきれんばかりの様子で注目してくる。ひとまず静かになったところで、次郎が口を開いた。


「今日はこれからお前たちに…」次郎の虎唇がめくれ、太い牙が覗く。


「殺し合いをしてもらう」

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