第17話


 翌日から結沙は学校に出てくるようになったが、茜の方は出ては来なかった。だから浩太は茜に会えていない……。


 彼女の家──神社にも何度か行ってみてはいるものの、いざ境内まで上がると社務所の玄関を叩く勇気が出ず、広くない境内からそっと家の方を窺うだけで、彼女の気配は感じられなかった。

 あの夕映えの場所──茜のとっておきの場所にはあれから毎日のように通っているが、不思議なことにあの小路を見つけることができず、辿りつけないでいる──まるでそんな場所なんて初めから存在していなかったようだった。


 昼間学校では、蒼は、目を合わせてもくれない。


 ──避けられてるのか……俺……。


 俺の中に、『もう、しかたないのかな』──そう思い始めている自分がいた……。



   *  *


 結局、浩太が蒼に切り出したのは、二日ほど経った日の午後の、結沙と明弘とで帰りのバスを待つ待合所の屋根の下だった。


「葛葉──茜に会わしてくれないか……頼む」

 あれ以来、へんに身構えるようになった蒼に、浩太は真剣な眼差しを向けた。

「…………」

 その真剣さに、何か気圧されるように蒼が目線を臥せる。


 ──正直になれなくなったときのあおちゃんの表情だ……と、傍に居た結沙は思った。


 浩太は、ちょっと視線を逸らせたが、苦しそうな胸の内を晒すように続けた。


「──茜やお前たちが、いったい何を気に入らないのか、俺……正直わかんないけど……茜とはちゃんと会って話したい」


 ちょっと間があってから、蒼が応じた。

「会って、何話すんだよ」


 ──お前のおやじに頭下げられて茜はそうしたのに、お前はいったい何を云うんだよ!


 そう詰め寄ってやりたい自分を抑えて、蒼は機械的に訊き返した。


「わかんないよ……。でも、会って、話せたら……きっと、気持ちの整理は、できると思うんだ……」

 ふいと横を向いた浩太の表情は、相当に苦しそうだ。それは蒼の心をざわつかせた。


「あ、あのね……違うの、葉山くん──あ、茜はね……」

 見兼ねて結沙が声を上げるのを、明弘が肩に手を置いて止めた。

 その明弘に目で問われて、蒼は内心で一つ溜息を吐く……。


「──…うちの神社の裏から延びる道の先に、奥宮がある。茜……そこに居るよ」

 ついに蒼が、ぶっきらぼうに云った。

 ──もうどうとでもなれ。

 そういうふうな感情が読み取れる表情かおだった。


「ありがとう」

 浩太は、複雑な感情を飲み込むようにそう云って、それから笑顔を作って蒼に向けた。


 ちょうどバスが到着したタイミングで、浩太が発した礼の言葉に、蒼はわざと無視を決め込んでバスに乗り込んだ。

 ──これで今日も〝結沙を送って〟いかねばならなくなった。

 今日はもう、浩太に付き合うのはどうにも体裁が悪いじゃないか……。

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