第8話


 それから少しして、ある日の昼休みの教室で、ちょっとした〝事故〟みたいなことが起こった。

 後から思い返してみても、どうしてあの時、あの状況であんなことになったのか、浩太にもわからない。たぶん、自分の中の『もやもやしたもの』が関係していたのだと思う。


 きっかけはこうだ。クラスの有森という男子が葛葉に──もちろん茜の方にだ…──交際を申し込んで断られた。ただそれだけなら、別によくある高校生活の一ページでしかなかったが、問題はこの有森の性格と、コイツが地元の名士の息子で、コイツの周囲には多くの取り巻きがいたということだった。

 ──ちなみに明弘の分析によれば、上記に浩太の方の〝大人気のなさ〟が加わっている。


 有森はフラれた悔し紛れからか、毎朝毎夕の登下校で一緒にいることの多かった俺との仲を囃し立て始めた。

 …──まあ、都会から来た転校生という漫画やドラマでいう〝定番〟の立ち位置ポジションだったからかな。

 それで俺に対して、どう口説いたのか、やっぱり壁ドンか? まだ告白してないなら今やってみせろ、と突っ掛かってきたのだ。

 その粘着質な有森の声に溜息が漏れそうだ、と思ったが、実際、漏れたかもしれない。

 それと周囲の無責任な、それでいて期待するようなヘンな空気には、さすがにイラっときた。


 俺は、ちらと茜とその隣の結沙の顔を見た。大人しい茜は困った顔をしていて、傍らの結沙は険呑な顔を有森に向けていた。

 俺は不本意だったが席を立ち、二人の席の方へと歩き出していた。茜の席の前で立ち止まって──この姿勢じゃ壁ドンは無理だな……、と一瞬考えて、茜の座る机に片手をついて身を乗り出すように覗き込んだ。

 それから、殊更に平静を装って顔を作り、云った。


葛葉くずのは……」

 茜の顔を真っ直ぐに見て声を掛ける。

 彼女はス──と顔を上げた。

「──…今度の土曜、映画とかどうかな?」


 ──内心では、帰りにコレをどうフォローしようか、と考えながら云った言葉に、茜の方はすんなりと合意の返事を口にした。


「うん」

「──はい?」


 はっきりとしたOKの言葉だったが、想定外だった俺は、思わず真剣な表情の彼女顔を見つめて訊き返してしまっていた。

「……え? あっ、じゃ……土曜?」

 動揺し、しどろもどろとなった俺とは違い、茜の方の表情は変わらない。

「うん……土曜日に」


 茜は、なんの抵抗もなくこの事態を受け入れていた。

 そのあまりに〝らしくない〟反応に、その場にいたクラスメイトが一斉に二度見している。


「──あ……の、じゃ、土曜に……約束したぞ……」

 彼女ほどには落ち着けない俺は、わざとらしい指差し確認をし、そのまま回れ右して教室をあとにした。ともかくこの場から逃げ出すことしか考えられなかった……。


   *  *


 葉山浩太が教室を出て行くと、残されたクラスメイトのうちの女子たちから一斉に──それでも茜に遠慮して控え目な…──声が上がった。

 あのサッカーの試合以来、浩太の女子人気は着実に上がっていたので、この急展開からの決着にクラスの女子がさんざめく。

 そんな中で茜は、むしろ当人たちよりも顔を赤らめていた結沙の視線を感じてから、はじめて耳まで真っ赤になった。そして半ダッシュで教室を出ていく。

 結沙はさすがに追っかけられなかった。



 こんな感じに浩太と茜は、諸々のイベントを省略ショートカットして、クラス公認の仲に……なったらしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る