第7話


 数日後──


「──だから、たとえ〝コウちゃん〟が昔のコウちゃんじゃなくたってだよ……」

 放課後で人気ひとけの捌けた教室。少し陽が傾いで和らいだ陽光の窓際の席。わたしの前に座る結沙が云う。

「……現在いまは、かっこよくてちょっとイケメンで優~しい葉山浩太くんといい感じになってるんだから、それはそれでいいのではないのかな? それともなにか不満かね?」


 背中越しの、ことさらにつれない感じの結沙──。こちらを向いていなくて顔が見えないのをいいことに、わたしは小さく口を尖らせて云った。


「不満とかそういうコトじゃないよ……。それにいい感じだなんて……、葉山くん、誰にでも優しいし……」


 すると結沙は勢いよく振り返った。目が合うと、結沙はわざと意地の悪い顔をして溜息なんか吐いてみせる。

「……まぁ、茜ってば、昔からすっごい所有欲、てか独占欲って、強かったものね」


「…………」

 わたしはそっぽを向いて黙った。


   *  *


 ──そこは否定しないんだ……。


 目を丸くしてしまった結沙は、そっぽを向いた茜に上目で睨まれながら、窓からの夕陽を浴びてキラキラしている彼女の長い髪と整った鼻梁の線に、やはり茜はきれいだなと思った。

 これって恋する乙女だからかな?

 最近の親友の変化に、ちょっと憧れる自分を発見する。

 

 だから……

「じゃあさ……」 云ってみた。「──告白しちゃいなよ」


 すぐ傍から茜の息をのむ気配が伝わってくる。

 その茜の顔は見なかった。

 ──あーごめん……意地悪いね、いまのあたし……。

 気拙くなって黙っていると、教室の戸口から近づいてくる人の気配を感じた。


「あれ……、まだ居たんだ?」

 コウちゃんだった。明弘と蒼ちゃんも一緒だ。「──ちょうどいいや、一緒に帰ろう。ちょっと待ってて……」



   *  *


 バスは里山をガタゴトと上っていく。

 夕刻のバスを一便遅らせると、もう最終便という路線だ。相変らず車内には浩太たち五人の他に乗客はほとんどいなかった。

 車中の時間、茜と結沙はほとんど話をしなかった。

 めずらしいな、と俺は思ったが、トンネルの先で明弘が降り、終点のバス停で降りて、すっかり陽が落ちて暗くなった県道を上って行くときも、茜と結沙との間に会話はほとんどなかった。


 途中の分かれ道で結沙が蒼と一緒に──今回は暗くなっていたからか、蒼の方から付いて行った…──下りていくと、俺はそっと訊いた。


「どうしたの? 喧嘩でもした?」


 え? と驚いたような表情の茜に、俺はそれ以上は何も言わずに彼女に歩調を合わせた。

 初夏の夜のやわらかな音に包まれて、俺たちは歩いた。


「葉山くんはさ……ずっと東京にいたから、つまんないでしょ? こんな田舎……」

 しばらく歩くと、茜がそう訊いてきた。


 ──〝つまらない田舎〟……茜は、のことをそんなふうに思っているのか……。

 そういうふうにもとれる彼女の言葉に、俺はなんだか〝気落ちした自分〟に気付いた。


「いや……そんなことないよ──」

 言葉を返すのに時間は掛かったが、何とか自分の思いをまとめて口にする。

「なぜだかハッキリした記憶はないんだけど、それでもやっぱり──」

 空を見上げると、一番星が出ていた。

「なんか懐かしい気がするんだ……ここ…──」

 そこまで云って、もう言葉が続かない……。

「──…嫌いじゃないよ、ここの、この風景」

 ……それで、茜に向かって笑ってみせるしかできなかった。


   *  *


 口を開いた彼の声の真摯な響きに、わたしはさっき口にしたことを後悔していた。

 ──〝つまらない田舎〟だなんて……。

 ホントはそんなふうに考えたことなんてない……。

 自分自身の意気地のなさをひがむむ自分が、そんなことを云わせたのだ。

 けれど、それを彼の前で口にしてしまうなんて……。


 と、凹むわたしの耳に、彼の言葉が滑り込んできた…──。


 ──懐かしい気がするんだ……。


 その言葉に、わたしは確かに何かを期待してしまった……。

 でも、彼の言葉が途切れて、わたしのその期待は、コウちゃんとわたしの間をすり抜けていってしまった……。


 でも、そのあとに、こう思う自分が残る。


 ──そうだよね……こういう葉山くんのこと、好きになってもいいんだよね……。

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