第二幕

第9話


 土曜日──、

 当日は青い雲間に時おり雨が舞うような、そんな日和で、結局、浩太が選んだ映画館は海岸線まで出た隣接する市の大型商業施設に入るシネコンだった。

 俺としては、結構遠いことに躊躇うものもあって、近隣で一番近い小さな映画館で、と考えていたのだが、蒼と結沙からあっさりとダメ出しをくらった。


 蒼曰く、

「茜のやつ、だーいぶ舞い上がってる。──どーでもいいけど、おまえ上手くやれよな。ヘタ打たれて、まともにとばっちり喰うのは、俺なんだから……」


 結沙からは、

「近場は絶対ダメ! 土曜なんか、み~んな集まってくるよ、たぶん」 と脅かされた。


 それでも帰りが遅くなるようなロケーションは家族が心配するだろうからと及び腰になっていただろう俺に、結沙はあっさり請け負った。

「だいじょうぶ。茜のお母さんには、あたしから云っといてあげる」 と……。



 そういう訳で、昼下がりのこの時間、俺と茜の二人は午後の最初の上映の前に、この施設内の大手コーヒーチェーン店の席に座っているのだ。


 上機嫌そうな表情かおでラテを飲みつつ話をしている今日の茜の装いは、ささやかに、それでも確実に華やいでいて、いつもと違っている気がする。そしてそういう彼女に気づく自分もまた、確実にいつもと違ってると自覚させられる。

 ──ああそうか……、舞い上がるってこういうことか……。

 気が付けば、俺は確かに茜に見惚れていた。


 俺の視線に気づいた彼女が「?」というふうに顔を上げた。ちょっと幸せそうに目が微笑んでいる。俺は照れて視線を外した。

 時計を見る。そろそろ開場の時間だったので店を出ようと視線を戻すと、彼女も小さく頷いた。




 映画は、十年ぶりに再会した幼なじみの恋の行方を描いたラブストーリー…──というものだった。

 茜は最初からずっとストーリーに惹きこまれ、ラストに至る展開では主人公からヒロインとの思い出のすべてが失われてしまうことにひどく落胆する気配が、隣の俺にまで伝わってきた。


 後から思い返せば、スクリーンからの淡い光に受けた彼女の横顔を、気付かれぬようそっと窺っていた俺には、そのときの茜の浮かべた表情の本当の意味は解ってはいなかった……。


 それでもラストシーンの「もしかして……」という余韻に包まれてシネコンを出たときの茜はいたく上機嫌で、この偶然の賜物のようなデートは、やっぱり〝運命〟だったのじゃないかといまは思っている。



 その後は手頃な時間の列車がなかったので、次の列車が到着するまでの小一時間をウィンドウショッピングと施設内の遊戯設備で過ごすことになった。

 ゲームコーナーの薄暗い中での光や大音響の音楽は彼女に似合わないかな、と思いはしたが、やっぱり茜はゲーム筐体の類には一切反応を示さず、それで俺たちは隣のアミューズメント施設に移動したのだった。


 そうして俺は、軽い気持ちでスポーツ系のゲームで勝負しないかと持ち掛けてみた…──負けた方が勝った方の言うことを一つだけ聞く、という条件付きで。

 負けてあげてもいいし、勝ったら──手くらい握らせてもらう口実に──くらいの出来心も多少はあったのは事実だ。

 だけど俺は、ここで茜の意外な一面を知ることになる……。



 茜は少し考えるように握った右手をおとがいに当てると、小さく頷いて俺を向いて云った。

「うん、いいよ。──受けて立つ」

 云って指差したのはバスケのフリースローのゲームだった。


 茜はささっと頭のうしろ、ちょい高めの位置で髪をまとめるとリボン紐で束ねた──いわゆるポニーテールだ。

 その健康的な仕草とうなじの線の綺麗さをチラと盗み見ながら、俺は二台並んだ筐体の前に進んだ茜の隣に並んで立った。


 そしてゲームが始まった次の瞬間には、〝やられた……〟と思うこととなっていた。


 それは膝使いの柔らかい、つま先から肘、肩、腕、指先、すべてが一本のラインになってゴールを指すようなきれいなワンハンドセットのフォームで、俺は一瞬、隣にいるのは茜じゃなくて蒼の方なんじゃないか、と疑ってしまったほどにダイナミックなフォームだった。

 ──彼女が県のベスト8チームのシューティングガードだということは後で知った。


 そして……、

 いったんスイッチの入った彼女は中途半端に手を抜くことのない性格だ、ということを思い知ったのだった。



 いうまでもなく、結果は俺の『完敗』だった。

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