第4話


 転校してきてから最初の日曜日は雨だった。

 ここへ来て、もう数日が過ぎている。

 浩太は、やることもなく、昼下りまで自室で天井を見上げたりしていたのだけれど、ふと思いつくことがあって腰を上げた。

 家を出るとき、母親おふくろに一言だけ声を掛ける──返事は聞かなかった……。

 最近はずっとこうだ。

 父親おやじも出張が多く、転校してきてからこっち、顔を合わせたのは一度きりだったと思う。

 ……もっとも、あのコト以来──千葉にいた時から会話らしい会話なんてない。



 小さな折り畳み傘でもそんなに気にならないくらいの雨足の中、俺は山間の県道を上っていった。

 視界いっぱいの明るい色の緑の木々に雨の雫が伝って、山の匂いを微かに感じる。

 七年前だから小学校の四年生くらいまでここで育っているはずだ。

 それなのに何の記憶も残ってないことを不思議に思いながら、一方で俺は、この風景にどこか懐かしい気持ちを抱いている。


 気付けば、葛葉の家──地元の稲荷神社の辺りまで歩いて来ていた。


 ──葛葉は、ひょっとして子供の頃の俺のこと、知ってるんじゃないのかな……。


 彼女が時折見せる胸の苦しいような表情と、同じ顔の弟の、睨むような顔が浮かんだ。

 俺は朱の鳥居をくぐって石段を上がっていった。




 に気付いたのはすぐだった。

 見上げた石段の先に、〝ふぅ〟と、淡い灯りが揺らいでいた。


 ──何だっけ、この灯り……。


 見覚えがあるような、その不思議な感覚に導かれるように石段を登りきると、さして広くはない境内に出た。


「──! 葉山くん……?」


 心底驚いたような鋭い声音に、ハッと我に返った。

 果たしてそこには灯りはなく、和服姿の娘…──葛葉茜の姿があった。



 小袖姿に赤い和傘という時代錯誤な出で立ちが、何故だか妙に腑に落ちるだ……。

 そんな彼女の顔はいつになく張り詰めていて、探るような眼差しでこちらを見ている。俺は居心地の悪い思いに口を開いた。


「あ、あの……、こんばんわ……」


「こんばんわ……」

 それから彼女は取り繕うように、おどおどと言葉を継いだ。「──あ、あの……葉山くん……、いま、何か変なものとか……、見てない?」


「いや」

 何かを警戒するような葛葉茜の表情に、俺は首を振った。


 そう応えた方がいいと、何故かそのとき、そう思った…──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る