第3話


 四人が里山を行くバスから降りたのは、この路線の終点だった。

 バスが停車した折り返しの駐車場の正面には、道を挟んで青々とした棚田があって、一際目を引く大きな『くすの木』の先に碧い山々が連なっていた。


 そんな里山の風景の中を、浩太は、他の三人と黙って歩いている。

 その間、双子の男の方の視線に、場の空気が何となく気まずい……。

 ちょっとうんざりし始めていた俺だったが、

「それじゃ……!」

 と、不意の後ろからの声に、え? と振り返った。


「あたし、こっちだから」

 ショートカットの水埜結沙が、分かれ道の片方を指差してみせていた。もう片方の手は、双子の男の方の二の腕を掴んでいる。

「──あおちゃんはあたしが借りてっちゃうんで」


 そんなふうに俺と双子の女の子の方に宣言すると、男の方、葛葉蒼の手を引いて分かれ道を下って行く。

 すぐに面倒そうな男子の声と快活な女子のやり取りが聞えてきた──


「一人で帰れよ、めんどくせーな……」

「物騒だとは思わないのかね、きみは? 山道に女の子一人よ?」

「よっく云う……」

「あのね! せっかくデートに誘ってやってるんだからありがたく思う!」

「胸のない女になんて興味ねえよ」

「ちょっ……胸のことはほっときなさいよ!」


 そんなふうに葛葉蒼というやつは、ぶつぶつと云いながらも、ちゃんと水埜さんを送ってゆくつもりらしかった。

 案外いいヤツなのかもしれない。

 そう思うと俺は、すぐ後ろを歩く双子の女の子の方、葛葉茜さんが小走りになって横まで追い付いてくるのを待った。


   *  *


「──山之辺、って言ったっけ? あの委員長やってる背の高い……いい人だね?」


 傍らを歩くコウちゃんがそう云うのが耳に入った。わたしは顔を上げると、え? というふうに小首を傾げてみせる。

 少し足の運びの遅くなったわたしに合わせて、彼が歩調を遅くしてくれた。

 弟のあおいの姿が消えてから、ちょっと空気が軽くなっってくれたようだった。


「登下校のことやらクラスの取り決め事について、何でも訊いてくれってさ。あと葛葉さんも副委員長だから、いろいろ訊けるからって」


 わたしは、自然と微笑んで頷いて返すことができた。

 幼なじみのことをよく言ってくれて嬉しかったし、学校の課外活動のことをきっかけに会話がしやすくなる。…──あっくん明弘の心配りが嬉しかった。



 それから会話が繋がるようになって、そろそろコウちゃんの家に着く頃、わたしは訊いた。


「葉山くんは……東京から来たんだよね?」

「まぁ、ほんとは千葉なんだけどね……」 彼はちょっと笑って、それから云った。

「──でも俺、小さい頃には、ここに住んでたんだぜ」



 あまりにも何気ない云い様だったのが、逆にショックだった。


 ──それはわたしの中の、物心ついてから七年前までの記憶の中にいる〝コウちゃん〟の口からは決して出ては来ないはずの云い様だったから……。


 自分の心が沈んでゆくのを感じた……。

 目線が下がって、湿り気を帯びた地面を見た。



「俺ん、ここなんだ──」 彼のその声で面を上げた。

 彼が石積みの擁壁に沿って伸びる階段の前で足を止めていた。


 そこを上れば縁側のある古い木造平屋の家に出るのは知っている。──その家は、よく行き来したから……。


「葛葉さんとこは、まだ先?」 ──彼が訊いてくる。


 わたしは顔を上げると、頷いて返した。

 それから結構な努力をして笑顔を作り、彼に手を上げてみせた。

「じゃあ、またね」、と──


 彼は、少し思案顔になると、それから階段にかけた足を下ろした。

 それから……、


「……送るよ。──山道に女の子一人は危ないだろ」 ごく普通にそう云う。


 先に立って歩き始めた彼に、わたしは、ちょっと嬉しい気持ちになることができた。

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