出逢った後に 3

 気が付くと宏枝はそこに座っていた。

 いつ頃からそうしているのだろう……。


 視界いっぱいの暗灰色の空の下、見渡す限りに枯草と岩肌とが拡がっている。

 遠くに、断続的に明滅する地平線が見える。

 周囲で風が鳴って、うるさいぐらいに感じた。


 ──寒い……。


 宏枝は自分の腕を抱くようにして、小さく震えた。

 彼女の背後に、人影が現れる。

 その背後に生じた気配に、宏枝は観念したように目を閉じた。


 気配は音もなく宏枝の隣に移動してきて、同じ岩の端に腰を下ろす。猫を思わせる目の女の顔が、宏枝の顔の横に並んだ。

 知らない顔だったが、彼女が何者なのかはわかっていた。

 女は黙ったままで、しばらくして宏枝は、おどおどと口を開いた。


「あ……あの、ありがとう、ございました」


 今日一日という時間をもらったことへのお礼を言う。


 するとすぐに、


「あーあー」

 ため息交じりに、つまらなそうに女は応えた。「──案外に往生際がいいんだなあ……」


 宏枝の方を向くわけでもなく、長くて綺麗な脚をぶんぶんと何回かバタつかせる。


「──ね、あんた、ほんとにもうこっちの世には、未練とかないわけ?」


 本当につまらない、と言わんばかりの顔で、その女は訊いてきた。



 あからさまな物言いに、でもその言葉の響きに宏枝は確かに動揺した。いろいろな想いが込み上げてきて、深呼吸して、それから……困ったように微笑んで、宏枝は女を見返した。


 女は猫の目を細めて、非難がましい横目と、片手を軽く当てて頬杖をつく仕草と、尖らした口元とで、遺憾の意を示してみせる。


「……また元の笑い方だね」


 ぼそっと云ったそれは、宏枝の胸に刺さった。

 女は、横目の視線を外して、今度は暗い空を見上げて云う。


「まだ若いのになー……そんなに死んじゃいたい?」

「……」


 意固地な方の宏枝が顔を出し、女の一言一言を黙殺しようとする。

 女は続けた。


「やり残したこととか、やってみたかったこととか、あるでしょー」


 女が小首を傾げると、艶やかな黒髪が肩から流れ落ちる。

 意固地な宏枝が無視を決め込む。


「お洒落だってしたい盛りだよね?」


 わざわざ耳元に顔を寄せてきて囁く。ルージュの引かれた口元にドギマギする宏枝に、女は揶揄うように笑う。


「……このまま死んだら、デートだってもうできないしー──」


 まだ顔を赤らめている宏枝から、女は離れると、今度は猫の瞳を悪戯っぽく輝かせて云う。


「男の子困らせて、振り回したりとか、やってみたいでしょ?」



 宏枝は脳裏に、照れた良樹の微苦笑を想い、慌てて振り払った。


 やはり未練はあるのだ……。


 現実を突きつけられるのは辛かった。



「ふーむ……」

 そんな宏枝の落ち込み様に、女は表情をあらためた。「じゃ、次はコレね」


 すると周囲の情景が一変した。


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