出逢ったから… 8

 結局、夕食後の全体レクリエーションの時間でも、中里宏枝の姿を見つけることはできなかった。

 今年のレクの出し物の中には十二単の着付け体験があり、各クラスの女生徒一名ずつが代表して十二単姿を披露するのだが、その代表の中に、ひょっとしたらと期待する彼女の、母親譲りのすっきりとした和風の顔立ちを見つけることは出来ず、良樹は一人苦笑した。


 ──さすがにいるわけないか。……でも、似合いそうなんだけどな。


 正直、A組の代表のコよりもずっと宏枝の方が似合うと、そう思ったりしてた。



 その後──


 レクリエーションの時間が終わり、各クラスごとに割り振られた入浴の時間までの待ち時間のタイミングで、良樹は須藤に謝りに行くことにした。

 D組の女子の宿泊するフロアに彼女の部屋を訪ねると、ジャージ姿の須藤が、不機嫌そうな顔で出てきた。


「あー、あの……」 良樹は初っ端から気勢を削がれた。「今日のことは、その……、悪かった、です」

「…………」


 彼女の険呑な上目の目線が、良樹を正面から捉える。須藤も小柄で、宏枝と同じような目の高さから睨め付けられた。


「わかった……ちゃんと話すよ……」


 その圧力に負けて、良樹は静かに話せる場所を探して彼女を引っ張っていく羽目になった。



 非常口とある緑の誘導灯の下で、非常階段前の壁に背を預けた格好の須藤亜希子に、良樹は今日一日のことを──中里宏枝の名前と、彼女と母親との家庭の事情の話は伏せて、それ以外のことは正直に全部話した。


 須藤は、彼女にしては珍しい、ふてくされたような顔で視線を合わせず、一通りの良樹の釈明をただ黙って聞いていた。

 話し終えた良樹が、審判の下るのを待つような表情で亜希子をみる。

 亜希子は小さく唇を噛んで息を吐いた。


「わかった」


 無理やりに納得するような物言いだった。

 こんなふうな彼女をほとんど想像できなかった良樹だったから、続いた問いには耳を疑った。


「──それで、名前は? ……なんて言うの、そのコの名前」


 須藤に限って、まさかそんなところに執心するとは思ってなかった良樹は、彼女の挑戦的にも聞える邪険な言いように、さすがにむっとした。

 むっとはしたが、昼間の負い目もあって、ぶっきらぼうに答えた。


「中里宏枝──A組だって言ってた」


 もう売り言葉に買い言葉だっだ……。

 そう云わせた方の亜希子の方の目に、一瞬、自己嫌悪の色が浮かんでたことに良樹は気付けなかった。

 ただ、その色が浮かんだのはほんとに一瞬で、良樹の云った名前に思い至った瞬間に、彼女の顔色は一変していた。


「なによ、それ……」 俯き、口の中だけで呟くように云って、それから良樹に聞こえる声で、静かに亜希子は訊いた。「宮──、それ……ウソいってないよね……?」

「…………」 良樹の方も、そっぽを向いたまま引き結んでいた口を開いた。「あのさ、おれがウソ言う理由って、あるのかな?」


 喧嘩腰になっている。


「…………」


 亜希子は、聞き取れないほどの小さな声で何事かを云った後に、壁から背を離した。


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