出逢ったから… 3

 夕方の色へと変わりゆく西の空を、二人は乗り換えの河原町行を待つ桂駅のホームで並んで見た。

 良樹の隣の宏枝は、少し上向き加減で、市街地のビルの遠い先を見て、何度か目を瞬かせる。

 ほどなく、風を巻いてホームに電車が滑り込んできた。


 桂の駅で乗り換えて十分程度の車中、宏枝はずっと良樹の腕に身を預け、目をつむっていた。

 その流れがあんまり自然だったので、照れるよりはやく、肩の位置を下げて彼女の柔らかな体を受け止めていた。


 疲れたかな? 歩き詰めだったものな。


 良樹はそんなふうに反省しながら、彼女の横顔を窺う。ふんわりと浮かんだその微笑に視線を落とす。

 そろそろ終着駅だった。

 もう少し、このままでいたいと思う。

 車内に、目的の駅への到着を告げるアナウンスが流れる。



 電車は阪急の四条河原町のホームに戻ってきた。

 良樹は、傍らの宏枝を軽く揺すって起こした。


「中里──着いたよ……」

「うん……」


 彼女の目がゆっくりと開く。

 ちょっとまじろいでから、良樹の方を向く。

 目が合って、甘えるようなうれしそうな顔になって、宏枝は良樹を見た。

 照れくさそうな顔の良樹が、赤くなった頬で立ち上がる。

 彼女は、もう何も言わないで、ふんわりとした微笑で良樹を見上げて、ちょっと遅れて立ち上がった。


 良樹の肩先には、彼女の笑顔がある。

 その笑顔が、良樹には嬉しい。



 階段を上がって四条の通りに出ると、大通りの往来は黄昏刻を控えた街の空気に包まれていた。

 二人は河原町交差点の信号を、川向こうに向かって四条大橋を渡る。

 橋の下を流れる鴨川沿いの人の賑わいに、黄昏が近づいている時間帯なのを感じる。

 集合時間の18時はもう過ぎていて、急がなければいけないのだけれど、良樹はもうそんなことはどうでもいいという気になっていた。


 いまはただ、もう少しだけ、この時間を歩いていたい。


 だから、彼女が川の流れの向こうの空──西山の空の雲の輝きに心奪われて、ふと足をとめたときも、ずっと彼女を待っていた。



 川端通りを三条大橋のたもとまで歩いたところで、静かに宏枝は歩みを止めた。

 周りの人の流れの邪魔にならないよう、端に退くと、静かに良樹を見る。


「ここで」


 怪訝になる良樹の視線の先で、後ろ手の彼女が小さく首を振ってみせる。


「いま二人で戻ったら、学校、問題になっちゃう」


 そういって悪戯っぽく笑って、それからちょっと恥ずかしそうに目を伏せる。


 ああ──


 それで良樹は思い至った。


 そうだったっけ……。これ修学旅行だった──。このまま戻ったりしたら、ヘンな噂になっちゃうか。


 良樹は、小さく頬骨の辺りを掻いて視線を下げた。


「先、行って……」 彼女が含めるように云う。「わたし、少ししてから戻るから」


 良樹は、うなずくと視線を上げてもう一度彼女を見た。


「それじゃ、またあとで」


 うん、と肯いた彼女の瞳は、不思議な色を湛えていて、それに良樹は狼狽えた。


「──あ、あの……」

「行って……」


 宏枝は、じんわり目を細めて云う。


「うん」


 良樹は、彼女を残して信号を渡った。三条を東に歩いて旅館に向かう。途中、何度か振り返って、彼女の小さな姿を確かめながら……。


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