第20話 「おめでとう。」

「おめでとう。」


 あたしは、嫌みたっぷりな笑顔。

 今日は…前田さんの結婚式。



「全く、いつの間に、よね。」


 あたしが前田さんのブーケを手直ししながら首をすくめると。


「ま、妬かない妬かない。」


 前田さんは、あたしの前髪を指先ではねた。



 渡米して十ヶ月。

 あたしは…CMモデルをしている。

 アメリカでの生活は、何もかもが新鮮で楽しくて。

 あたしは、その生活環境も手伝ってか…随分歩けるようになった。


 日本から、わっちゃんがうるさいほどリハビリの指示を出してくれたのと、名トレーナー揃いのリハビリセンターを紹介してくれたのも力になった。


 最近では、車椅子はいらない。

 杖で充分。



 前田さんのお相手は…まさかの、烈。

 あたしがモデルクラブを辞めて、ビートランドのアメリカ事務所に入って二ヶ月後。


『俺もそっちに入る』


 突然、烈がそう連絡して来た。


「フリーになったあんたを狙いまくりね。」


 って前田さんは笑ってたのに。

 あたしを狙うどころか…


「前田さんってノリいいっすね。」


「あら、ノリだけ?」


「え…他に何が…」


「あたし、こう見えて何でも出来ちゃう女なのよね。」


「何でもとは?」


「何でも、よ。」


「……」


 前田さんのアパートで、烈の歓迎会をした夜。

 二人はそのまま…



「前田さん、きれいねえ。」


 母さんが、あたしの隣で笑う。

 F'sは全米ツアー中。

 SHE'S-HE'Sから母さんと陸兄が録音のため渡米中で。

 今日は父さんも母さんも式に参列。

 ついでに聖も。

 …ついでにって事はないか。

 聖は、烈の友達だから。


 ともかく、前田さんのおかげで久しぶりに家族に会えた。

 本当はみんな来たいって言ったみたいだけど、スケジュール的に無理で。

 桐生院家からは、前田さんにビデオレターが送られた。



「それにしても、おまえも見違えた。きれいんなったな。」


 父さんが、あたしの肩を抱き寄せる。


「その髪型、似合うじゃん。」


「聖まで…何だか気味悪いなあ…みんな。」


 あたしの怪訝そうな顔に、みんなは爆笑。


 あたしは、渡米してすぐ髪の毛を切った。

 美容院のCM だったからってこともあるけど…こう、心機一転っていうか…

 そういうのって、してみたかったし。

 今は、肩までの長さでシャギーが入ってる。



「ああ、そういえば、基礎化粧品のCM、日本でもやってんだぜ。」


「えっ、そうなの?」


「あの華月って、すごく色っぽいわよね。」


「自分の娘捕まえて色っぽいって聞かれてもなあ…」


「男でもできたんじゃねーの?」


 聖が何気なく言った言葉。

 だけど、なぜか一瞬みんな黙ってしまった。


「それがいないのよ。前田さんは烈とアツアツだと言うのに。」


 あたしが唇を尖らせてそう言うと。


「烈の奴、あれだけ華月華月って言ってたくせに。」


 聖が、鼻で笑いながら言った。

 それを聞いた父さんは。


「それは許せんな。」


 って…


「ちょっ…やめてよーっ!」


 烈に殴りかかりそうになった父さんの腕を取って。


「聖のバカ。」


 あたしは、聖の肩を叩く。



 誰も…詩生のことを言わない。

 あたしも、まだ、ちょっぴり怖い。

 もう子供生まれたかな…とか、時々そんなことを考えるけど。

 まだ、あたしの中では終わってない恋。

 終わらせないといけないって、わかってるけど…

 まだ…時間が必要。

 もう少し、知らん顔していたい。



「契約更新するんだってな。」


 ライスシャワーの中、烈と前田さんは幸せそう。

 あたしは…二人を笑顔で見つめたまま、父さんの言葉に小さく頷く。


「…一年なんてあっという間だったな。もう一年も、あっと言う間だぜ。」


「……」


「せっかく思うところがあってこっちに来たんだ。おまえなりの何かを掴めよ。」


 父さんの言葉を、自分の中で繰り返す。

 …あたしなりの…何かを掴む。

 そう…だよね。


 あたし、今は仕事とリハビリに必死で。

 逃げるように渡米した原因である傷に対しては…見ないフリしてばかり。

 だけど…思う。

 時間が薬になるのなら、あと一年で…あたしの中にも変化が訪れるんじゃないかって。


 きれいごとかもしれないけど…

 誰も恨みたくない。



「こうして見ると、モデルの烈に見劣りしねー前田さんって、実は美人だよな。」


 聖が腕組みなんてして言うから、笑ってしまう。


「今頃気付いたの?」


「普通に美人だとは思ってたけど、今日は格別だよなあ。」


「本当にね。」



 空は最高の幸せびよりで。

 烈と前田さんの幸せを祝福してるかのように…澄み切ってた。




 * * *




「きゃっ!」


 久しぶりの休み。

 気分転換に買物でもしようかな、って部屋を出たところで。

 人と、ぶつかった。


「Oh!! Sorry!! Are you OK!?」


「イ…イエス。」


 鼻を押えながら顔を上げると。


「…日本人?」


 ふいに、日本語で話しかけられた。


「は…はい…」


「あ。」


「…はい?」


 金髪のその男の人は、あたしをまじまじ見たかと思うと。


「化粧品のCM出とる人ちゃう?」


 って…関西弁で…


「は…はあ…」


「うっわー…何?ここの住人?」


「え…?」


「めっちゃ嬉しい!!」


 手を取られて、握手。


「俺、ハリー・エリオット。いっこ上の階やねん。」


「あ…あの…」


「え?」


「どうして…関西弁?」


「あ。ああ、これな?」


 その、ハリーは照れくさそうに髪の毛をかきあげると。


「親父が関西人。おふくろは生粋のアメリカ人やねんけど。」


「なるほど…」


 それにしても、見事なまでのイントネーション。

 金髪に青い目。

 なのに、関西弁。

 前田さんに言ったら会いたがるだろうな。



「この杖は?」


 転がった杖を拾ってくれながら、ハリーがあたしを見上げた。

 きれいな、目。


「あ…あたし、足が悪くて。」


「どこか、出かけんの?」


「休みだから、ちょっとぶらぶらしようかなって。」


「ほいなら、俺と一緒やん。出かけよ、出かけよっ。」


「え?」


「同じとこの住人やし、ええやん。とっておきの店とか、紹介するし。」


「……」


 圧倒されてしまった。

 でも、ハリーの笑顔がなんとなく優しくて。


「…じゃ、お願いします。」


 あたしは、ハリーの後に続いた。




「歳上!?」


 ハリーが、シシカパブを食べながらおおげさに言った。


「歳上って。たった一つしか違わないじゃない。」


「どー見ても、俺が上やん。」


「あたしだって、これでも随分成長したのよ?」


 ハリーを見上げる。


「何の仕事してるの?」


「音楽関係。」


「プレイする方?」


「いーや、こっち。」


 そう言って、ハリーはミキサーを動かす手をした。


「大学生かなって思った。」


 20歳のわりには、可愛い顔。


「ああ、よう言われんねん。顔に迫力ないさかい、いつまでもBOY言われっぱなし。」 


 …笑顔が…

 少しだけ、詩生に似てる…?



「なあ、華月、彼氏おらへんのん?」


「なっ…何よ…」


「指輪ないし、フリーなんかなー思うて。」


「…悪かったわね。モテなくて。」


「嘘。じゃ、俺もチャンスあり?」


「え?」


 ハリーは一気にシシカパブを頬張ると。


「テレビで見た時、一目惚れ。今日、こうやって会うてみて、ますます惚れた。」


 あたしに、向き直って言った。


「……」


 なんて答えていいかわからなくて黙ってると。


「ま、すぐやのうてもええから。少しずつでも俺んこと好きになってぇな。」


 って、軽く…あたしの頬にキスをしたのよ…。




 * * *



「あははは!最高だねえ。会いたいなあ。」


「…やっぱり…」


 仕事の帰り。

 新婚家庭にお邪魔して、ハリーのことを話すと、この言葉。



「けど、いい奴みたいじゃん。そいつ。」


「うん。結構なんだかんだお世話になっちゃってるのよ。」


「ま、華月もそろそろ浮いた話の一つや二つ出てもおかしくねえよな。」


「ほっといて。」


 目の前のリンゴを、パクリ。


「そう言えば、烈、伯父さんになったんだってね。」


 あたしが思い出したように言うと。


「そ。まさかって感じだったな。」


 烈は、苦笑い。

 ブラコンで有名だった烈の妹の沙也伽ちゃんは。

 DEEBEEのドラマー、希世ちゃんと結婚した。

 なんでも、高校在学中に子供ができてしまったらしい。



 この一年。

 あたしの周りでは色んなことが起きている。

 イトコの紅美ちゃんが、実は養女だった…って。

 紅美ちゃんはしばらく家出をしてしまってた。

 でも、ちゃんと自分を見つめなおして…帰ってきて。


『なんかさ、すごいドラマみたいだったんだよ』


 なんて、他人事みたいに電話で話してくれた。

 …辛かっただろうに、無理して笑ってくれる紅美ちゃんには、涙が出そうになった。

 でも、紅美ちゃんの強さを…あたしは信じてる。



「一年離れただけでも、いろいろ進展があるもんだよな。」


 烈が笑う。


「そうよね。驚きの連続。」


 一番驚いたのは…


「でも、あれには驚かされたな。」


 前田さんが、思い出したように笑う。


「何?」


「わっちゃん先生。」


「ああ、今あたしも思ってた。」


 ずっと独身を通してきたわっちゃん。

 薄々、彼女がいるな…ってのは感じてたけど…

 晴れて、この夏結婚した。

 それが、その相手が、二階堂本家の空ちゃんだったなんて。

 しかも、六年越しの大恋愛。


 泉が。


『だまされてたーっ!』


 って、怒鳴って電話してきた時は笑ってしまった。

 病院中の看護婦さんが、泣いたそうだ。



「歳の差11だってね。」


「でも、わっちゃん若く見えるから違和感ないよ?」


「華月は相手の人知ってるんだっけ。」


「うん。遠い親戚。」


「うちの親は17離れてるぜ?」


「あ、そっか。」


「でも、仲のいい素敵な夫婦よね?」


 あたしは、笑顔で二人を眺める。

 何だか…あったかいな。

 愛があるって…あったかいな…。



「あ、もうこんな時間。帰んなきゃ。」


「明日休みでしょ?泊まってけばいいのに。」


「そんな、野暮なことはしたくないなあ。」


「いいじゃん。泊まれば。」



 …困った。

 烈と前田さんの手前、言うのが照れくさいんだけど…

 実は、明日ハリーと約束があったりする。



「あー…いろいろ忙しいから。」


 あたしがしどろもどろ言ってると。


「…ははあ…」


 前田さんが、ニヤニヤしながらあたしを見た。


「わかった。わかったわよ。帰んなさい。気を付けてね。」


 この手の話には敏感だよなあ…


「彼によろしくね。」


「あ、そういうことか。」


「あっ、いや…それは…」


「じゃ、また。」


 半ば追い返されたような形になってしまった。

 あたしは頭をかきながら、少しだけ首をすくめる。

 でも…

 あたしの、ここでの生活は、突然華やかになってきてしまった…。

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