第14話 「アルバムチャート一位!?」

「アルバムチャート一位!?」


 夜。

 詩生しおがやって来て、この話をした途端。

 前田さんが、叫んだ。


「アマチュアじゃなかったの!?」


「一応、プロ。」


 詩生が、苦笑いしてる。


「検温でーす…あら、こんばんは。」


 担当の看護婦の佐野さんが、詩生を見てニッコリ。


「テレビ見たわよ。」


「あ、どうも。」


 あたしと前田さんは体温計を佐野さんに差し出す。


「はい、前田さん六度四分…平熱ね。華月ちゃんは?えーと…六度二分。はい、二人ともよろしい。」


 佐野さんは体温計をケースに戻すと。


「前田さん、明日こそはリハビリに行きましょうね。」


 って、前田さんにすごんだ。


「えっ…あー…でも、まだ少し…」


「少し、何?」


「痛いの。」


「…大丈夫だから。」


「だって、二ヶ月も車椅子だったのよ?急に歩けるわけないじゃない。それに、もし立てなかったら怖いじゃないの。」


 前田さんは、素直に自分の意見を言っただけなんだけど。

 佐野さんと詩生の顔色が、ふっと変わった。


「そんな子供みたいなこと言わないで…明日から、いいわね?」


「えー…」


「あたしもついて行こうかな。」


 あたしがそう言うと。


「…華月?」


 詩生が、目を細めてあたしを見た。


「一人で怖いなら、あたしも一緒に行く。」


「か…華月ちゃん…」


 佐野さんが、真面目な声で。


「あなたは、まだいいから。」


 って、あたしを見つめた。


「今後のことについては、先生から話があるから…」


「今後のことって…?」


「……」


 あたしの問いかけに、佐野さんは無言。

 …困らせてしまった。



「あたし…」


 あたしは、話し始める。


「生まれた時、仮死状態だったんだって。」


 詩生は、あたしの手を握って。


「…未熟児だったんだよな。」


 って、少しだけ笑った。


「そう。でも、こんなに大きくなっちゃった。」


 あたしも、笑う。


「父さんが言ってた。あたしが生まれた時、病院の先生たちは無理だろうって…でも、一ヶ月経った頃には普通の赤ちゃんと同じくらい元気になってて…奇跡だって言われたんだって。」


 カーテンの隙間から、月の明かり。


「あたしがこうして生きてるのが奇跡なら、あたしだって奇跡を信じたい。」


「…華月…おまえ…」


 詩生が、握った手に力を込める。


「歩けないって事実を実感させられて辛くなるだけかもしれないけど、あたしは…ゼロの可能性でも…歩きたい…」


「…歩けないって…あんた、歩けないって…」


 前田さんは呆然としながら、あたしと詩生、佐野さんの顔を戸惑った目で見る。

 …あー、いきなり…悪かったなあ…


 あたしは前田さんに向き直って。


「…うん。あたし、歩けないって言われた。」


 ハッキリと告げる。


「……」


「でも、死ぬって言われて生きてるんだよ?歩けないって言われても、歩けるかもしれないよね。」


 少しだけ、困った顔の佐野さんが視界の隅っこに入った。

 …そうだよね、困るよね…

 でも、あたしの意志はは変わらない。


「前田さん、あたしと一緒にリハビリ行こ。」


 まっすぐに、そう言うと。

 前田さんは、拗ねたような口調で。


「…あんたが行くって言ってんのに、あたしが行かないなんて言ったら、話になんないわよね。」


 あたしを上目遣いに見て言ったのよ…。




 * * *




「よお。」


 九月の雨の日。

 久しぶりにれつがやって来た。

 …見覚えのある女の人を…二人連れて…。



「…烈。」


 あたしは、烈を見つめる。

 …どういうつもり…?



「ほら、何か言うことがあんだろ?」


 烈は女の人たちをあたしの前に突き出して。


「早く言えよ。」


 って、乱暴に言った。


「……」


 それでも何も言わない女の人達は、面白くなさそうに斜に構えてあたしを見下ろした。


「おまえが階段から落ちたのは、こいつらのせいだろ?」


「……」


 あたしもまた…無言で烈を見つめる。

 どうして今頃…


「おまえが、こいつらに押さえつけられてるのを見た奴がいるんだ。」


「…でも、落ちたのは、この人たちのせいじゃないもの。」


 あたしが烈につっかかると。


「…いい子ちゃんぶっちゃって…」


 一人が、長い髪の毛を後ろにおいやって話し始めた。


「言いなさいよ、あたしたちに突き落とされたって。」


「そんな…あたしは…」


「あんたみたいないい子ちゃん見てると、虫唾むしずが走るわ。言えばいいじゃない。あたしたちに叩かれたあげく、突き落とされたって。」


 その言葉を聞いた烈が大きな溜息を吐いた瞬間。


「…本当かよ…」


 ふいに、病室の入口から声が聞こえた。


「詩生…」


 そこに、怖い顔して立ってる詩生がいて。

 女の人は腕組みをして詩生に視線を向けて。


「…本当よ。詩生が、こんな子かまったりするからよ。」


 ふてぶてしい態度で、そう言った。


 詩生は唇を噛みしめて…瞳を揺らしてる。


「何なのよ。ちょっと売れたからって。寂しい時に遊んであげてた恩もないわけ?」


「はっ。詩生の好み疑うな。俺なら寂しくてもこんな女相手にしねー。むしろ一人の方がいい。」


「烈、やめて。」


「……れよ…」


 ふいに詩生が低い声を発した。


「帰れ…今すぐ帰れよ。」


「…言われなくても帰るわよ。」


「言っとくけど、自業自得なんだからね。その子がケガしたのは、詩生のせいよ。」


 二人はあたしと詩生と烈を睨みながら、病室を出て行った。



「…俺のせい…?」


 詩生が、つぶやく。


「詩生、関係ないのよ。あの時、あたし…」


「詩生のせいだろうな。」


 あたしと詩生の間に、烈が割り込む。


「詩生と関わってない間の華月の生活は、穏やかだったよな。」


「烈、変な事言わないで。」


「本当じゃねーか。詩生と関わり始めてからは、散々だっただろ?」


「それは、あたしが詩生とは釣り合って見られなかったからよ。」


「詩生と一緒だと、華月は不幸になんだよ。」


 烈が、詩生の肩をドン、と突く。


「おまえは、華月を幸せにできない。」


「烈!」


 あたしの意見なんて、無視。

 烈は、詩生にひどいことを…

 なのに、詩生は黙ったまま。



「俺の夢は、華月とずっと仕事をしてくことだったんだ。それを、おまえが…」


「烈、帰って。」


「どうしてくれんだ?」


「帰って!」


 やっと…烈が、あたしを見た。


「…そんなに、詩生がいいのかよ。」


「烈、もう…来ないで。」


「……」


 烈は、しばらくあたしを見て。


「…分かった。」


 冷たい目をして病室を出て行った。



「…詩生…」


 立ち尽くしたままの詩生に声をかけると。


「…確かに、そうだよな…」


 詩生は、力のない声で…うつむいたままつぶやいた。


「俺の知らないところで…いつも、華月に何かが起こってる。」


「でも、それは詩生が悪いわけじゃ…」


「…わりい…今日は帰る。」


「詩生?待って…」


 車椅子に移ろうとする間もなく、詩生が病室を出て行ってしまって。

 あたしは詩生の残像に唇を噛みながらうつむく。


 どうして?

 あたしは、何があっても平気なのに…



「…あーあー…ドロ沼ね。」


 ずっと隣のベッドで黙って見てたらしい前田さんが、大きくため息を吐いた。


「愛され過ぎんのね…彼氏。」


「…愛され過ぎる?」


「ほら、ただのアイドル的存在なら、誰が彼女ったって、そうそう嫌がらせはしないわよ。だけど…なんて言うの?庶民的って言うか…もしかしたら、手が届くかもって雰囲気を持ってるんじゃない?だから、みんなが欲しがるのよ。独占されたくないって思うんじゃない?」


「……」


 嫌な予感がする…


「…詩生、明日…いつもみたいな顔で来てくれるかな…」


 あたしが小さく言うと。


「…難しいかもね。あたしだって、自分の想いだけではどうにもできないことが起こったら…そりゃ、相手の安全を一番に願うだろうから。」


「それって…もう、会わないってこと…?」


「例えば、よ。」


 詩生と会えなくなったら…

 あたしは…



「それにしても、モデル男、不器用な奴ね。」


 前田さんは、ロッカーから財布を出して。


「あんたのために、何かしたかっただけなんだろうけど…裏目に出ちゃったわけだ。さて、あたしは売店に行くけど、何かいる?」


「…ううん…」


「だろうね。ま、元気出しなさいって。悩んで解決するんなら悩むのもいいけどさ、そうじゃないなら、無駄な労力よ。」


 前田さんの意見は、いつも的を得てる。

 今あたしが悩んだって、詩生の気持ちが晴れるわけじゃない。


 あたしは少し考えて。


「あたしも行く。」


 財布を持って、車椅子に乗ったのよ…。

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