第13話 「話しかけないでくださいね。」

「話しかけないでくださいね。」


 ある日突然、あたしは二人部屋に移された。

 そこで、この言葉。


 看護婦さんの情報では、23歳の前田まえだ希望のぞみさん。

 彼氏にふられた腹いせに、彼氏の運転する車の前に飛び出したそうだ。



「あたし、他人が大嫌いだから。」


「それは良かった。あたしも、あまり得意じゃないから。」


 鋭く放たれた言葉に、負けずに応える。

 前田さんは、あたし同様車椅子。

 だけど…もうリハビリをしてもいい頃なのにその気がないらしい。



「趣味の悪い眼鏡ね。」


「お気に入りなんですけど。」


「最悪なセンスだわ。」


 前田さんは、あたしの顔をジロジロ見て。


「それじゃ、彼氏もできないわよ。」


 言い切った。


 話しかけるなと言う割に、自分は随分な言葉を投げて来るなあ。



「華月。」


「あ、いらっしゃい。」


 隣のベッドとの間のカーテンを閉めて、横になろうとしてる所に。

 帽子を目深にかぶった詩生が病室に入って来て。


「烈が土産だってさ。」


 仲が悪いはずの烈のお土産を、あたしに差し出した。


「…仲良くなったの?」


「まさか、相変わらずさ…おまえ、その眼鏡やめろよ。」


「お気に入りなのに。」


「…ま、いっか。」


「父さんは、いつも没収って隠しちゃうのよ。」


「じゃ、俺も没収。」


「もう。」


「素顔がいいって。」


 前みたいに、優しい笑顔の詩生。

 あたしは、つい嬉しくて眼鏡をはずす。


「じゃ、詩生も帽子をとって。」


「あー?いいじゃねーか。」


「目がよく見えない。」


 あたしが首を傾げて言うと。

 詩生は、渋々と帽子をとって。


「これでいいっすか?」


 って、ふざけた。


 …本当は、ものすごく忙しいはずなのに…詩生は毎日来てくれる。


「…詩生。」


「あ?」


「毎日来なくていいから。」


「なんで。」


「忙しいでしょ?」


「いんだよ、俺が来たいんだから。」


「…もう、あんなことしないから。大丈夫だから。」


 あたしがうつむいてそう言うと。

 詩生は。


「ちっがーう。そんなんじゃなくて…俺はー…」


「?」


「今までの時間がもったいなかったなって…それを埋めたい…っつーのもへんだけど、もっとおまえと一緒にいたいんだよ。」


「……」


 自分で言って照れてる詩生を、抱きしめたくなってしまった。



「…コホン。」


 はっ。


「…相部屋になったんだっけ…」


 詩生が小さな声で言って、二人で首をすくめる。

 カーテンの向こう。

 前田さんは、きっと聞き耳をたててる。



「車椅子、押そーか。」


 詩生が苦笑いしながらそう言って。


「…そうだね。」


 あたしはベッドから車椅子に移動した。



 エレベーターで屋上に上がると、そこはもう夕暮れ。

 夏のこの時間帯って寂しい気持ちになっちゃうけど…詩生が一緒だと…それも明るい。



「華月。」


「ん?」


「これ。」


 詩生が、そう言ってポケットから…


「ブレスレット?」


「花とかついてるもんに反応しちゃうんだよなー…どうしても。」


 そのブレスレットは、小さな花がたくさん輪になってる。


「可愛い…ありがとう。」


 あたしは早速それを左手につける。

 だけど、ふと…傷跡が、重なって。

 あたしが右手に付け変えようとすると。


「…いいさ。」


 詩生が、あたしの隣にしゃがみこんで…その傷跡を触った。


「一緒に、強くなろう。」


「…一緒に…?」


「俺は、おまえが不安にならないように…もっと強くなるから。」


「詩生…」


「おまえは、家族に心配かけないように強くならないとな。」


「詩生にはかけていいの?」


「俺?俺にはいいよ。」


「嘘だよ。」


「いいさ。全部、受け止めるから。」


 あたしは、詩生を見つめる。

 いつの間にか…男の子じゃなくなってる。



「ああ、そういえば…」


 詩生が何か言いかけたけど。

 あたしは、詩生の唇に人差指をたてる。


「…愛してる…詩生。」


 そっと…唇を重ねると。

 不思議…

 初めてキスをした、あの日と同じ…甘いキス。


 唇が離れると、詩生は、あたしの頭を抱きしめて。


「俺も言い忘れてた。」


 って、耳元で笑った。


「何?」


「ケーキ、サンキュ…」




 * * *




「や。調子はどうかね。」


 あたしが入院して初めて、いずみがお見舞いに来た。


「…来るの、遅いんじゃない?」


「仕方ないじゃない。アメリカ行ってたんだから。」


「アメリカ?いつから?」


 泉はイスを出して座ると。


「五月から。仕事がさ、ここに来て急展開。あたしなんかは大学出なきゃダメだって言われてたのに、あまりの忙しさに『泉の手も借りたいっ!』って。」


 持って来た紙袋の中から、オレンジを出して剥き始めた。



「じゃ…大学、辞めたの?」


「うん。入学金、もったいなかったなあって。」


「これからも、アメリカなの?」


「ううん。研修に行ってただけなんだ。これからは、こっちでバリバリ働く。ま、仕事があれば向こうにも行くけどね。」


「かっこいいなあ~…」


「何言ってんの。はい。」


 泉は剥いたオレンジを一房自分の口に放り込みながら、残りをあたしにくれた。


「あ、ありがと。」



 あたしたちは、しょっちゅう会ったり電話をしたりするわけじゃない。

 高校卒業してからは、自分の仕事のペースをつかむことに必死で、特に疎遠になってたかも。

 もっと連絡すれば良かった。

 長い時間会わなくても、昨日会ってたみたいに話せる相手だから、安心しちゃってるってこともあるけど…



「あたしがいない間に、何かあったらしいね。」


 泉が、低い声で言った。


「…え?」


 ドキッとした。

 …手首のこと…?


「あ…あれは…」


早乙女さおとめ君…だっけ?かわいそうだよ。」


「…ごめん…」


「あたしも見たけどさ、あれじゃ、誰でも怒るね。」


「……え?」


「あのポスターよ。相手、いい男だけど、ちょっと華月には合わないんじゃない?」


「……」


 思わず、目が点になってしまった。

 泉は…


「ぷぷっ…」


「何よ。何笑ってんのよ。」


「だって、そのことなら…」


「おーっす。」


 あたしと泉が話してるとこに、詩生登場。


「…あれ?」


 泉が、あたしと詩生を見比べる。


「あ、確かきよしの…」


「え?」


 詩生の言葉に、今度はあたしが詩生と泉を見比べる。


「この間、一緒にいなかったっけ。」


「…いたけど、別に何でもないわよ。」


 泉は、少しだけ唇をとがらせた。


「聖と付き合ってるの?」


 あたしが顔をのぞきこんで問いかけると。


「付き合ってるわけ、ないじゃないっ!」


 泉は、両手を握りしめて立ち上がった。


「あたしの理想は高いのよっ!あんな、誰かれかまわず襲ってくるような男、付き合うわけないっ!」


「……」


 泉の剣幕に、詩生と顔を見合わせて。


「つまり…」


 同時に、泉に言った。


「聖に、襲われた…と。」


 その言葉に泉は絶句して。


「…はい、これ。」


 静かな声で詩生にオレンジの入った紙袋を渡すと、何事もなかったかのように病室を出て行った。



「結局、真相はわからず、か。」


 詩生が笑いながらイスに座る。


「でも、あんなに慌てた泉なんて初めて見た。聖の奴め…」


「小旅行の時も、二人で消えたりしてたし…デキてんのかなって思ったんだけどさ。」


「その話になると、二人ともしらを切るって言うか…」


「ますます怪しいな。」


 あたしは、さっきの泉の剣幕を思い出して。


「…聖のこと、ちょっとからかってみよっか。」


 なんて、詩生と相談してしまったのよ…。




 * * *




「あんたの彼氏って何者?」


 他人が大嫌いなはずの前田さんが、リンゴをむきながら言った。

 天気のいい午後。

 あたしたちは中庭で優雅に?おしゃべりをしている。



「何者とは?」


「学生かと思ってたけど、いろんな時間帯に来るしー…真っ赤な髪だし。はい。」


 前田さんは、むいたリンゴをあたしにくれた。


「あ、ありがと。前田さんて、音楽…興味ない?」


「音楽?ああ、ロックとか…あ、あんたの彼氏、バンドマン?」


「うん。」


「なるほどねー…そういえば、お父さんもワイルドよね。」


「父さんもバンドマン。」


「あの歳で?」


「あの歳って、まだ40代よ?」


「本職は何よ。」


「だから、バンドマンだってば。」


「バンドで食べてんの?じゃ、有名人?」


 父さんを知らない人がいるんだ。


「F'sってバンドでボーカルしてる。」


「ふうん…F'sね……F's!?」


 前田さんは車椅子から落ちそうになりながら。


「F'sのボーカルって!それって!神 千里!?」


 あたしの肩を揺さぶった。


「あっ…ああ、そう。」


「全然気が付かなかったー!」


「どうして?テレビで見るのと同じだけどなあ…」


「だって、病室に来てるあんたの父親って、すんごく優しいんだもん。」


「父さんは優しい人よ?」


「神 千里って言ったら、冷たくてナイフのような人って。」


「でも、すごく優しいもん。母さんなんか激愛されちゃってるし。」


「…じゃ、もしかしてと思うけど。」


「?」


「もちろん、お母さんはSHE'S-HE'Sの…」


「うん。」


 母さんのバンドはメディアに出ないけど、『神千里』の奥さんはSHE'S-HE'Sのボーカリストって事は…知られてる。

 前田さんは頭を抱えて。


「知らなかった!あんた超大物の娘じゃないの!」


 って叫んだ。


「でも、普通の親よ?」


「普通の親ってのは、うちの親みたいなのを言うのよ。」


「前田さんとこの両親って、あたし見たことないもの。」


「来たことないから。」


「……」


「あたしはね、昔っから邪魔者。」


「どうして?」


「上には出来のいい姉が二人と、兄がいるわ。」


「あたしにも、いるよ。」


「下にも、妹と弟がいる。」


 あたしは指折り数えて。


「六人兄弟?」


 って言った。


「そう。その中で一番出来が悪かった。でも、一番きれいだったのよ。」


 前田さんは、言葉はきついけど…美しい人だ。

 彼氏にフラれたっていうのは、きっとこの負けず嫌いな性格のせいだろう。



「だから、あたしはこの美貌をたてに生きてくことにしたんだけど、両親から言わせれば、あたしみたいなのはバカなのよ。」


「バカ?どうして。」


「世の中、頭が良くないと生きてけないって。それで、あたしは嫌われ者。もう、家族とは五年会ってないわ。」


 なんだか、いろんな家族がいるんだな…

 あたしは家族と五年も会わないなんて…信じられないけど。



「いろんな男と恋をして、それで自分に磨きをかけて。毎日が楽しかったわ。なのに、そんなあたしを家族は侮辱するのよ。」


「あたしは…家族が大好き。」


 あしの所には…毎日家族の誰かが来てくれる。


「でしょうね。あんた見てると、よくわかるわ。」


「でも、あたし…恋とかそういうのにうとくて。」


「かわいい彼氏がいるじゃない。」


「詩生とは、幼馴染なの。」


「幼馴染み?それで、思い出したように付き合い始めたの?」


「昔から、すごく居心地のいい人だとは思ってたんだけど、好きだって気が付いたのは本当に最近のことなの。」


「…それまで、恋愛は?」


「なし。」


「貴重ねー…」


「それに、あたし学校でも友達作らなくて…どっちかって言うと嫌われてたかも。」


「あんたが?」


「うん。未だに女友達がいない。」


 あたしが笑って言うと。


「この間来てたボーイッシュな子は?」


「遠い親戚。友達ってより、身内かな。」


「じゃ、あたしが第一号だ。」


 前田さんは、ケラケラ笑って言った。

 あたしは、少しだけキョトンとしたあと。


「母さん、驚くだろうな。」


 って、前田さんに笑ってみせたのよ…。

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