第9話 「あはは、まだ治んねーんだ?」

「あはは、まだ治んねーんだ?」


 きよしが、詩生しおの口元を見て笑った。


「親父、よっぽど強く殴ったんだなー。」


「うかつだった。あそこに神さんがいるって、わかってたのに…」



 詩生しおは。

 卒業式の日、あたしをグラウンドの片隅で抱きしめた。

 それを、父さんに見られてしまった。


 父さんは、やきもち妬きだ。

 いくら、父さんが詩生しおをかわいがってても。

 あたしを抱きしめたんじゃ、詩生しおもただのケダモノ。

 父さんは、校舎の裏に逃げ込んだあたしたちを追って来て…詩生しおを殴った。

 そして。


「俺だって我慢してるってのに、お前ふざけんな!」


 おかしな説教をした。

 母さんが言うには。


「も、千里ちさとって人前でイチャつくの大好き。節度を持ってって言うのに、いつまで経っても十代みたいなノリで恥ずかしいったら…」


 だそうで…

 それに関しては、いろんな人の証言もある。

 確かに、あの日も廊下で肩組んだりしてたもんなあ…



華月かづき、仕事いつから?」


 詩生しおの問いかけに、あたしは顔をあげる。


「えっ、あ…来週末から。」


「はえーな。旅行も行かれねーじゃん。」


「旅行?誰が。」


「おまえ。」


「誰と。」


「俺と。」


「……」


「…嘘だよ。ったく…かてぇ女だよな。」


 そんなこと言いながら、詩生しおきよしと笑ってる。


「…悪かったわね。かたい女で。」


 唇を、とがらせる。


「じゃ、華月かづきは行かないんだ?」


 きよしが、カバンから手帳を取り出した。


「何?」


「小旅行。」


「小旅行?」


「そ。今んとこメンバーは俺と詩生しお紅美くみがく。」


 あたしは手帳をのぞきこむ。


紅美くみちゃんが行くのに、沙都さとちゃん行かないの?」


沙都さとはまだ誘ってないんだ。あいつに言ったら、人数爆大増えるから。」


「…なるほど…」


「あ、悪い、一人誘っていいか?」


 きよしが、詩生しおに手を合わせた。


「ああ。女?」


「おう。」


「えっ、きよしの彼女?」


「ちっがーう。いずみ。」


いずみ?」


 聞いてないな。

 どうして、あたしじゃなくてきよしが誘ってるわけ?

 それに、いつからいずみきよしは仲良しになったわけ?


 それにしても…

 二階堂本家の人間って、こういう他人の計画するイベントには顔出さないはずだけど。

 それを知ってるきよしが誘うなんて。


「何、華月かづきは知ってんだ?」


「うん。遠い親戚。」


「予定としては、行けて青海。最悪でも三日月湖。」


「いいねえ。いつ?」


「おまえ、来週から仕事だろ?」


「う゛ー…」


 思わず、すねる。

 だって、こういうことって初めてなんだもん。


「うっそ。今週中にしてやるよ。」


「本当?」


「しなきゃ、詩生しおがにらんでるし。」


 きよしがそう言って、あたしは詩生しおを見る。

 すると。


「べっつに、俺はかまわないんだけどなー。」


 って、詩生しおは伸びをしながらきよしの頭を殴ったのよ…。




 * * *



「ひゃっほーっ!」


 なるほど。

 きよしの予想は正しかった。

 沙都さとちゃんに計画を話したところ、あっと言う間に広まって。

 最初の予定の六人から、倍の12人。

 一番心配してた、詩生しおと犬猿の仲のれつまでが来てしまった。



 結局、行き先は青海でも三日月湖でもなく、電車で一時間の場所にある海。

 当初予定してたメンバーなら、テント持って行ってキャンプって話も出てたんだけど…

 八人を超えた時点で、きよしはおじいちゃまのコネを使って手頃な民宿を押さえた。



沙都さとーっ!転ばないでよーっ!」


 紅美くみちゃんが、叫ぶ。


「おーお、何だかんだ言って、優しいねぇ。」


 詩生しお紅美くみちゃんをからかうと。


「だって、あいつが着てるブルゾン、あたしのなんだもん。」


 紅美くみちゃんは、さらっとそう言った。


 沙都さとちゃん達は、砂浜ではしゃぎまくり。

 三月だというのに、とっても暑い。


「…あれ?きよしは?」


 気が付くと、きよしがいない。


「さっきいずみちゃんと、どっか行ったよ。」


 紅美くみちゃんが、ジュースを飲みながら言った。


 …もしかして。

 いずみの恋してる相手って、きよし

 …まさかなあ。

 タイプ的に、ちょっと似てるけどー…

 似てるからこそ、選ばないような気がする。

 きよしは、どっちかというと「かわいい子」系が好きだし。

 いずみは、うみ君みたいな人って言うだろうし。


 …キスの相手…

 うーん…

 きよしは誰とでも大丈夫でも、いずみはしないよね…。



「……」


 ちょっと待って。

 と、いうことは。

 今ここにいるのは…

 詩生しおれつ紅美くみちゃんと…あたし。

 な…なんか気まずいなあ…


 あたしが、そんなこと思ってると。


「…あたし、遊んでこよーっと。」


 紅美くみちゃんが、意味深に笑いながら立ち上がった。


「えっあっあああ紅美くみちゃん!」


 あたしの呼び止めも聞かずに、紅美くみちゃんは沙都さとちゃんたちの群れの中に行ってしまった。


「…あ…あたしも、遊んでこよっかなー…」


 あたしがそっと立ち上がると。


「あっち行こーぜ。」


 詩生しおがあたしの手を取った。


「えっ…あ…でも…」


 遠慮がちにれつを見おろすと。


「じゃ、俺もついて行くとするか。」


 れつも、立ち上がった。


「えっ?」


「何だよ、おまえは。」


 あたしの手を取ったれつに、詩生しおがすごむ。


「おまえこそ。」


「俺は、いんだよ。」


「…何、おまえらデキてんの?」


 れつが、含み笑いしながらそう言って。

 詩生しおの目が、一気に釣り上がった。


「やっやめてよ…こんなとこで…」


 あたしが小さく言うと。


沙也伽さやかー!兄貴が具合い悪いってよー!」


 詩生しおが、最終兵器を出した。


 沙也伽さやかちゃんはれつの妹で、自分で豪語するほどのブラコン。

 案の定、詩生しおの声に沙也伽さやかちゃんはすっとんで来て。


「大丈夫っ!?お兄ちゃんっ!」


 れつに、しがみついた。


「…てめぇ…覚えてろよ。」


 学校では冷血人間なんて言われてたけど、れつは結構妹思い。

 詩生しおに低い声でそう言ったっきり、沙也伽さやかちゃんと木陰に座った。



「…そんなに、れつと合わない?」


 あたしの問いかけに、詩生しおはイヤな顔で。


「合わない?合わないっつーんじゃねえんだよ。嫌いなんだよ。」


 って。

 子供みたいだな。

 なんて思いながらため息ついてると。


「おまえも、あんな奴と仕事なんかすんなよ。」


 って…あたしをにらみながら言ったのよ…。

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