四章14:惜別、バースロイルの出立 Ⅱ
「おじいちゃん、その格好怪しすぎない?」
「大丈夫じゃ……安心せい……!」
クロノとノーフェイスが、ラピスとフューネラルを連れ立ってクエストに向かう頃、ララとグスタフは、街の防具屋に装備の手入れにやってきていた。
「工房に来たんだから、もういいでしょ。はい、鉄仮面を取って」
「うむ……さすがにここまではエミリィも来んじゃろ……はあ」
言うまでも無いが、グスタフの孫娘エミリィは、この街で暮らしている。すると先の作戦で野戦病院に搬送された後、回復し街に戻ってきたエミリィと、グスタフは蜂合わせる可能性を考慮せざるを得なくなった。
「はあ……は、こっちのセリフだよ、おじいちゃん。そんな格好してるから、お店の前で呼び止められちゃったじゃん。顔を覆う防具を身に着けているお客様は、中に入れませんって。不審者扱いだよ、まったくもう……あたしが顔利くから良かったけど」
「うう……かたじけない……こんな孫娘より若い娘っ子に迷惑をかけてしまうなど……儂は自分が情けのうて……」
「いやそこまで言ってないから……はい。とにかくちゃちゃっと装備を見繕おう」
「う、うむ……」
やはりベヒーモスとの一戦後である、伝説級の防具を身に着けているリーナクラフト以外は、皆どこかしら破損やほつれ、メンテナンスが必要な状況に、どうしてもなる。そこで元服屋たるララが、全員分の防具を修理してあげようと、そういった次第な訳である。
「ま、あたしは殆ど空を飛んでたから、あんまりダメージは無いんだけど……おじいちゃんはヤバいね。っていうか、よくその年でベヒーモスと一騎打ちしようなんて思ったね」
「いや、儂からすれば、お主もよくその年で……というかそれで元服屋とかありんと思うのじゃが……しかも剣筋もしっかりしとるし」
この場合、どっちもどっちである。そもそも単騎でベヒーモスと張り合おうなんて根性自体が狂ってるのであって、やっぱりこれは、どっちもどっちなのだ。
「ま、それはそれとして板金の張替えからやろうね。たぶん王都に行ったらもっといい素材があると思うんだけど……道中何があるか分からないしね」
「その精神といい、誠に騎士の鑑じゃ……ゾルドのヤツにも爪の垢を煎じて呑ませてやりたいわい……」
「まー服屋だから、鉄の扱いなんて慣れてなかったんだけど、火の魔法を覚えてから自前で加工できるようになって……今は結構楽にできてる」
「加工もできるとは……今の子は本当に凄いのう」
「あ、褒めてくれたついでに、名前とか何か入れちゃおうか。我が愛しのエミリィとか……あはは」
「て、照れるのう……じゃが、こう裏のほうにちょっとだけなら……目立たない感じで……エミリィって」
「おっけーおっけー。おじいちゃん可愛いとこあんじゃん。このララにまっかせて〜」
かくて和やかに話を弾ませる二人だが、ある一人の来客が一斉に緊張を走らせる。
「いらっしゃいませ! あ、エミリィ様でございますね……はい、槍の修理を。かしこまりました。ではおかけになって少々お待ち下さい」
(え、おじいちゃん? 今エミリィって呼んでたよ?)
(は?? ちょ、ちょっと鉄仮面どこじゃった? 鉄仮面……!!)
ララが気づいたおかげで、すんでのところで鉄仮面を被るグスタフ。そうとは知らぬエミリィが、椅子に腰掛け足を組む。
(な、なんでこのタイミングで来るの……)
(儂に似とるってことは、よう考えたら武器の修繕にくるわい……ぬかったわ……)
「あら……お嬢さん、黒の旅団の」
するとエミリィが先に、ララの存在に気づいてしまう。
(やばいこっちに来た!)
(頼む……ごまかしてくれ……!)
「あはは……こんにちは。どちら様……でしたっけ?」
「覚えていないのも無理はありません。先日はありがとうございました……お陰様で一命を取り留め、こうしてまた冒険者として最スタートを切る事ができます」
「あ、ああ〜、メールベルの。あの時はドタバタしていて、よく覚えていなかったっていうか……」
「それも仕方のない事です。確かあの時……あなたは単騎で空に飛び立ちました……ということは、一人でベヒーモスを退治なさったという事ですものね?」
「まあ、一人っていうか、ドラゴンと一緒にだけど……でも良かったよ。救援も間に合ったし、えっと……」
「エミリィと申します」
「そう! エミリィさんも無事だったし……うん、なくなっちゃった人は、残念だったけど」
「そう仰って頂けるだけで彼らも救われるでしょう……ところで、そちらの御仁は?」
あたかも、まるで初めからそれが本題だったとばかりに、エミリィはグスタフを指す。
「あ〜、これはあたしのおじいちゃん! ちょっと鎧が壊れちゃったっていうから見てあげてるの!」
「あら……偶然ですね……私もあの山頂で、確か鎧に身を包んだ騎士をお見かけしたと記憶しているのですが……」
「ひ、人違いじゃないかな……あそこには、そんな人はいなかったと思うけど」「……かも、知れませんね。死んだ筈の人間が家族がいて、その家族が私の代わりに戦ってくれたなんてこと……きっと、私の思い違いなのでしょう」
「はは……きっとそうじゃないかな……」
「ではララさん、全て私の思い過ごしと聞き流してくださって結構ですので、一言だけ」
「は、はい」
「次は、あなたの隣で槍を振るえる女になりますので、その際はぜひよろしくと……もしその騎士が何処かにいらっしゃるなら」
「は、はあ……いれば、伝えておきます」
「……それから。鎧に名前なんて彫ってたら、バレてしまいますよ……では」
エミリィが言うだけ言ったところで彼女の名が呼ばれ、エミリィは槍を携え去っていく。
(バレてるじゃん……)
(バレとるのう……)
それから半刻。装備のメンテナンスを終えた二人は、疲れ切った表情で店を出る。
「正直のう……」
「なに?」
「ベヒーモスと戦う時より心臓に悪かったわい……」
「うん……同感」
二人が宿の門をくぐる頃、街の高台では一人、槍を振るう女傑の姿があったというが……それはまた、別のお話だ。
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