第11話 蒼の欠片

「ヴァイス様、馬車の用意が出来ています。」


「ミルラよ。そろそろ私のことはヴァイスと呼ぶが良い。何度か言ってはいたが、やはり私は堅苦しいのが苦手だ。」


 何度も言おうと思っていたが、流石にこれから命運を共にする存在がこう距離を置くような雰囲気では私もやりにくいと感じて口に出す。


「しかし.......いえ、私にはヴァイス様を呼び捨てにすることなど畏れ多くて出来ません。」


「私の頼みであってもか?」


 ミルラは困ったようにオロオロと周囲を見渡している。それくらいのこと、すぐに実行して欲しいものではあったが、彼女にとってはかなりの難題のようだった。


「そうか。ならまぁ今は良い。

しかし近いうちには出来るようになっておけ。それではミズキよ、しばらく帰れないとは思うが戻り次第また頼む。」


「あいよ。任しときな。」


 ミズキが笑顔で手を振るので、振り返して私達は外へと歩き出した。当初の予定より二人多いというのがどうなるかは分からない。しかし、後方でワイワイと話している姿はどこか心が休まるような気がした。


 どうか、全員無事で居られるように。


 私はそう願う。


 大通りを抜け、進むとこの前も通った馬車道がある。


「ミルラ様、お待ちしておりました。」


 黒い布を纏った一人の男がミルラを見つけるなり声をかける。ミルラが小さく返事をすると、男は一台の馬車を引き連れてきた。


「私は馬の扱いなど出来ませんので、勉強も兼ねてお一人雇おうかと思うのですがどうでしょう?」


 言われてみれば馬車を買うと言っても、馬車は自動で動く訳では無い。私には異論はなく、横に首を振る。他のものにも反応がないように思えた。


「あ、あの.......。」


 しかし、声を上げたのは意外にもレーネだった。


「どうかしました?」


 ミルラが問いかける。レーネは明らかに何かを言いたそうにしているが、俯きながら言葉に迷っているように見える。


「あ、あの.......実は私、元々は馬飼の娘で厩舎も持っていて小さい頃から馬の扱い方は教わってきたのです.......。そして何度か貴族の人にも遣わされたこともあるので、馬車なら任せて頂いても大丈夫かと.......。」


 レーネはどこか恥ずかしそうだったが、それよりもシュラスの驚きようが気になった。


「姉さん、そうだったの.......!?」


 シュラスは知らなかったようで、レーネは俯きながら空返事をしていた。


「それならそれで助かるな。レーネよ、お願いしても宜しいか?」


「いやでも、姉さん体は大丈夫なの?」


「うん。半日ぐらいだったら、体力も持つと思いますので心配は大丈夫ですよ。」


 彼女のその言葉は私達に向けられたもののようだった。断る理由も無かった為、シュラスが少し怪訝な顔をしていたものの全員の意向としてレーネに頼むこととなった。


 ミルラが購入したという地図を頼りに西へと進んでいく。レーネは任せてと言うだけあり、驚くほど馬に乗る姿が様になっていた。整備は荒いものの、ひたすら西へと進むだけのため問題は無いようだ。


 馬車は特に大きな問題もなく進み、夜中に差し込む辺りにクォンタムに着く。結局レーネは一度も休むことなく届けてくれたのだった。クォンタムは港町と言うだけあり潮の香りが鼻の奥をくすぐる。


「なんというか、魚のような匂いがするね。」


 シュラスは何度も息を吸い込み、不思議そうにしている。きっと潮の香りというものを知らないのだろう。なんせこの大陸で海に面してるのはこの最西端のクォンタムと最北端のアルフだけであり、どちらも鉱山街からは馬車がなければとても来れる距離で無い。また、山に囲まれていることもあるため生半可な理由ではここを移動する人間自体もかなり少ないからだ。


「まだ海が見えてないはずですが、ここまで届くものなんですね。」


 ミルラも.......そしてレーネも初めてなのだろうか。まだ海を見た訳でもないのに気分が高まっているというのが伝わってくるようだった。街まで入るとより一層潮の香りは強くなる。


 付近では魚の流通もあるためか、たくさんの馬車が止められている。私達は、街近くの厩舎にある空き場所を借りることにし馬と馬車を預けて街に入った。


 街の中は首都とはまた違った活気がある。朝方なためか忙しなく動く人々の手には様々な物が持たれている。魚、雑貨、何が入ったか分からない箱。


 貴族等ほんの一部でしか持つことは叶ってないが一応船もある。一般人が持つことはほとんどないため乗せられてる荷物はほとんどが貴族のための嗜好品や雑貨と、私からしてみると実にくだらないものばかりが海を渡っている。


 しかし、この海というもの。元々は神が私達竜の国繁栄争いのために作ったものと言うだけあって、生半可な技術では渡ることは出来ない。時に嵐時に異常な大波。ほとんど国に干渉してこなかった私ですらも情報が入るほどに海を渡ることを失敗してる人々は多い。


 果たしてそんな海を我々は渡ることが出来るのか。ある意味一番の問題はここかもしれない。だが、龍神であるという権威で渡ろうとするのはきっと間違いだ。そうでもしないと渡れないと言うならば、私は神になる資格もない。何故ならそれが私の最低限度のプライドであるから。


 しかし、情報も無しに考えたところで何か変わるわけでもなくまずは街中を探索することとした。目を使ったところで何故か視界は歪み、線をたどることができないため自力で見つけるしかない。


 考えられるのは海の中や、金持ちの商人がコレクトしてること。または海を渡そうとしてる可能性もある。


「宿を探そう。レーネも体力の限界だろう?」


「すみません、そうして頂けると助かります。」


 まずは疲れているであろうレーネを休ませること、そして多くの人が集まることで情報を得やすいだろう宿を探すことにする。


「あっさり見つかったな。見たところここが一番大きいっぽいし、ここでいいよな?」


「あぁ。ここにしよう。」


 宿はよく目立つ看板で街の中央付近にある一番大きなものを選ぶことにする。二枚開きの扉を開く。キィという嫌な音がなり中へと入る。外から見て大きいことは分かっていたがそのロビーの広さには驚かされる。赤いカーペットを敷かれたロビーには大量の腰掛けがあり、ぽつぽつといる人々は腰を下ろしている。


 外観はかなりの年代を感じさせるが、改築されているのか内装に年代感は無くむしろまとまった綺麗な旅館というイメージを持たせるだろう。


「一泊シングルでお願いしたい。」


「銀貨二枚になります。」


 資金関係はほとんどミルラに頼りっきりである。ミルラが支払う姿からいずれは返さねばならないと考える。


「こちら二百六号室となります。」


 受け取った鍵をシュラスに渡し、二人で向かわせる。


「少し聞きたいことがある。今良いか?」


「はい、なにかお困りでしょうか?」


 受付のスーツ姿の男はニッコリと微笑む。


「ここら辺に珍しいものを売ってるような店はあるか? それか珍しいものを集めるような人物は居ないか?」


「珍しいもの.......ですか?

と言いますと、具体的にどの様な物でしょう? 骨董関係でしょうか?」



「いや、石だ。不思議な光る石。」


「石.......ですか? 壺などを扱ってる店や、違う土地の雑貨を扱ってる店なら当館の周辺にいくつかはございますが、石が売ってるかまでは分かりかねます。


え〜ただ、この港街の地主であるユアン様ならもしかすれば。何でも最近はあまり市場に出回ることの無いものを集めることに凝っておられるようで、資金の有り余っているあの方ならば持っていてもおかしくないかも知れません。」


「そうか。周辺の店とそのユアンと言うやつを当たってみるとしよう。」


「えぇ。それでは。」


 さっと差し出された右手。それが何を求めているのかは分からないが、彼の表情は一切変わることがなく未だに笑顔である。


「チップ.......ということでしょうか?」


 ミルラが恐る恐る聞く。


「当たり前だ。こっちはわざわざ情報をやってるんだぞ? ただって訳無いだろう?」


 先程までの温厚そうなイメージが一瞬にして崩れ去る。声には怒りの色が濃く出ているのにも関わらず崩れていない笑顔がより不気味さを出している。ミルラは驚きながらも銀貨を一枚手渡す。


 チッ.......と舌打ちのようなものが聞こえたが、彼は特に何も言うことがないため、私達は受付を離れる。


「寝かせて来た。あれ、二人ともどうした。」


 シュラスが早足で向かってくる。私達は豹変具合から呆然としていたこともあり、彼の声で我に戻る。


「いや、なにも。周辺に骨董品を扱う店があるそうだから回ってみよう。」


 私達は旅館を出て周りを見渡す。街並みは旅館だけが大きく高いが周りの建物はほとんどが平屋か低い二階建ての様で、街全体の高さがない。潮の影響か、辺りの建物はどれも劣化が進んでいる。


「骨董品を扱う店と言えば、ボロい建物って相場が決まってる筈なのだがな。これではどれだか分からないな。」


「ヴァイス様、あちらの建物の近くに古と書いてありますが、あちらではないでしょう?」


 見れば小さな平屋の前に置かれた看板には古と言う字が書かれている。その下にも何か書かれた跡がありそうだが、掠れていてよく読めない。


「行ってみようか。」


 対面にあるその小さな店の戸を開く。横開きのドアはガラガラ.......ギィという音を立てる立て付けの悪いであろう戸はとても重かった。


「いらっしゃい。」


 店員は想像と異なり若い男だった。茶髪を短く揃えた細身の男は気だるげに言う。内装も古く、置いてあるのは古びた壺や私にはあまり価値のわからないようなものばかり。人間から見たらただの石ころであろうものを探している私が言うべきではないのだろうが。


「このような石は置いてないか? 」


 私は袖口から欠片を取り出し、店員に見せる。最も手っ取り早く効率のいい方法。彼らにはきっと光る石程度にしか思われないだろうと思った故の行動だが、多少軽率過ぎたのでは無いかとも考える。


「なんだいその石は。珍しい物だけどここには無いね。ああでも、似たような石は確か地主が持ってたんじゃないかな。


色は違うけど、この前地主に殴り掛かったやつが出た時に地主が落として慌てて拾ってたっけ。その後殴り掛かったやつはボコボコにやられてどうなったか知らないけど、あの慌て様は滑稽だったな。


悪いことは言わないから、あんまり不用意に珍しいもの見せびらかさない方がいいと思うよ。この街の人は皆金目のものにがめついんだ。特に地主は危ないし下手をしたら襲われるかもしれないよ。」


 男からも地主という言葉が出た。心無しか、そこに言葉の詰まりがあったようにも感じられたが気にするほどのものにも思えず流す。


「忠告感謝する。」


「いいえー。まぁ君たちはどこから来たか知らないけどそれ剣でしょ。それがあれば襲われても大丈夫だとは思うけど、それも盗まれないように注意した方がいいよ。」


 男は驚くほど親切だった。しかし、先程のこともあり彼もチップを期待しているのではないかと不安になる。それはミルラも同じようで、袋から一枚の金貨を取り出す.......が。


「あー俺は別にそういうことの為に教えてるわけじゃないからいいよ。地域柄なんだろうけど、俺は元々はここの地域の人間じゃないからさ。」


 ぶんぶんと手でジェスチャーで送る彼の姿にきっと私とミルラは安堵しただろう。ふぅと胸を撫で下ろす自信がいた。


「感謝する。地主に当たってみようと思う。」


「いや、待て。」


 私達は店を出ようとするが、男に止められる。嫌な予感。まさかと思い振り返る。


「いま、地主の所に行く.......と言ったな? 」


「あぁ。」


 店員の顔は先程までのだるそうな顔から緊張が滲んだ表情へと変わっている。


「まさかとは思うが、石を譲ってもらおう等とは考えてないだろうな? 」


「いや、元よりそれが目的でここまで来たのだ。それがどうかしたのか?」


「地主の物を欲しがるのは辞めておけ。奴は自分のモノの為なら手段を選ばない。しかも、あの石はどうやらお気に入りのようであれを狙った人間は全員海の藻屑だ。


そして奴は剣もたつ。先日行われた斬り合いでも奴は全員切り刻んで自分の力を誇示していたんだ。石を狙った盗人に苛立って、この地域の誰も逆らえないようにする見せしめだろうが。だから悪いことは言わない、止めておけ。」


 彼の顔は明らかに青ざめ、震えているように見える。何か余程の恐怖を植え付けられたようだった。


「何かあったのか? 」


 シュラスは食い入るように質問する。しかし、男は俯いたあとはなかなか口を開かない。


「俺も元々は腕に自信があったんだ.......いや、なんでもない。もう帰ってくれ。」


 男は体調を悪くしたようにカウンターにもたれ掛かる。介護しようかと近寄るが、手を振るその様子から店を後にする。


「行ってみよう、ヴァイス。この街なんか雰囲気が変だ。」


 シュラスはそう言う。良くよく周囲を見渡すと、忙しなく動いてる人々は何かに追われている.......はたまた取り憑かれたように強ばった表情をしている。身につけている衣服はボロ切れか汚れが酷いものばかり。


 仕事の関係上汚れが付着するからと思っていたが、どうやらそういう訳ではなくきっと貧困層か奴隷の類なのだろうと思えた。


「行こう。」


 地主の屋敷はどこにあるか分からない。しかし、このような状況を作り出したであろう張本人。または深く関わりのある自己顕示欲が強い人物なのだからきっと目立つような大きな建物に身を置いてることは確かだろう。


 ボロボロの建物だらけの街の中央通りを進み大きな広場に出る。中央通りから少し外れた海から遠い位置、そこに一際目立つ建物を見つける。丁度先程までの通りからだと旅館に隠れて見えなかったが気づかないなんてことはないと思えるほど周囲から浮いた建物だった。


 ブロックだらけの建物には金色の装飾。きっと鉱山街から取り寄せたであろうそれはほかの建物には使われていないことから、貴重性が伺える。


「あれだな。」


「ヴァイス様、気をつけてください。何か良からぬ気がします。私が見た最後の映像ではヴァイス様は血だらけでしたので.......。」


「あぁ。だが、生きていたのなら大丈夫だろう。だが気をつけよう。」


 シュラスは許せないといった表情で屋敷を睨みつけている。無言ながらもその滲み出る怒りは向けられて無いであろう私にすら感じ取れる。


 私達はゆっくりと気持ちを落ち着けるようにして屋敷へと歩いた。

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