第10話 計画

 疲れた。ひたすらに疲れた。その場に座り込み長刀を手放す。これまでの疲れは心労によるものが大きかった.......が、今回のこの疲れはただひたすらに肉体疲労だった。しかし、この疲れは達成感が共にあった。


 一撃。いや、不意の一撃であるならば大きな隙と引き換えに莫大なリターンが期待できるようになったと考えれば、今回得た成果はとても大きなものだと言える。


「しかし、それにしても重いなこれは。他の者も皆これを身につけてやっていると言うのか?」


「今ここに来てる子達は皆中級クラスだからここでそれを付けてるのはアンタだけさ。


だからと言って他と比べるようじゃダメだってことは言わなくても分かってるだろう?」


 ミズキも少しは疲れたのか、私の隣に腰掛け大きく息を吐いた。


「二十一年。アタシが剣術をここまで磨くのに掛かった年数さ。龍神様であるアンタからしたら短いと思うだろうけど、精々六十やそこいらまでしか生きることの出来ない人間って種族からしたら、もう既にこの剣のために人生の三分の一も捧げてるってことさ。


アンタはアタシと違ってセンスもある、そしてアタシを含めここには知識と教えているという経験がある。アンタが強くなるための好条件は揃ってるってことさね。


アタシは馬鹿だから、アンタが何を目指してるのかも何に勝たなければいけないのかも正直曖昧にしか分からない。けれど、アタシは全力を尽くすからアンタも出来る範囲で頑張りなさいな。


人間なんかに頭を下げてまで得たいもの.......それか守りたいものがあるんだろう?

ならアンタは必ず達成出来るはずなんだからさ。」


 ポンっとミズキは私の背中を叩き、奥の部屋へと帰って行った。彼女には私の境遇などは話してはいないはず.......だと言うのに、悟ったように話すミズキ。

私は気がつけばミズキが歩く様を見ていた。


「お疲れ様です。これを。」


「あぁ。ありがとう。」


 ミルラはタオルを持って駆け寄ってくる。私はそれを受け取り汗を拭き取る。


「ミルラ話がある。今後の方針について早急に決めていかなくてはならない。」


「方針.......ですか?」


「あぁ、そうだ。だがその前にここでは不味いだろうな。」


 ガヤガヤと声が聞こえる。中級者と言っていたが、ここに居るのは年端も行かぬ幼子ばかり。修練中は皆大人しく指導を受け、鍛錬を積んでいたが終わってしまえばやはりただの子供。


 楽しそうに響いてゆく声は、私たちの会話の背後にあるものとしてあまりにも不似合いである。そのため私は場所を変えたいと考える。


「分かりました。ではヴァイス様少し歩きましょう。」


 私とミルラは外へと出る。


「どっか行くのか?」


 シュラスは木刀を磨きながらそう私に話しかける。


「重要な話だ。二人は.......」


 そこまで話して私は悩む。考えてみればここまで彼ら兄弟を私は振り回してきてしまった。そしてこれ以降私の事情を知らせてしまえば、彼はきっと力になろうとするであろう。そしてそれは彼らの幸せになるとは思えない。


 私には力もない。しかし、ミルラだけは何としても守らなくてはならないのだ。それはつまり、彼らを巻き込んでしまった場合私には彼らの命を保証できるだけの余裕は一切ないということでもあり二人を巻き込んでいい通りはどう考えてもないのだ。


「いや、二人は休んでいてくれ。少し話してくる

終わり次第どこか四人で出掛けよう。」


 これでいい。いずれは別れなくてはならない。その前に彼らを出来れば元の街で暮らせるようにしてはやりたい.......が、私たちの事情にはもう巻き込みたくない。


「そう.......か?

分かった。俺達はここで休んでるとするよ。」


 シュラスの目は何処か遠くを見ているかのような気がした。


「行こう。」


 ミルラを引き連れ、私は歩き始める。向かうのは路地裏から少し進んだ先。首都だと言うのに人気は少なく、道行くのは皆郊外に家を持つであろう老人ばかり。昨日の帰り道に通ったそこは、昼時でも変わらず静かで時の流れがゆっくりに感じられる。


 私は一本の大きな木の元へと腰を落とす。ミルラもその隣へと座り込んだ。


「私は残りの三匹と戦わなければならない。しかし、私には一切戦闘における自信が無い。その為私にはこの地にある欠片を全て回収し、尚且つ私自身の戦闘能力を向上させた後に三大陸へと渡り奇襲にて討ち取るのが必要と思われるのだ。


そして勝利の暁に、私は神から受け継ぐ知識で貴様にかせられた私の呪いを解きたいと考えている。私は私のために、そしてミルラのためにも救いたいと考えているのだ。」


「そう.......ですか。私は貴方の手を煩わせたくはありません。いえ.......なんでもありません。

そして、私はいつか行くことになるとは思っていましたので二つ目の欠片の場所は既に分かっております。


ここから西へと真っ直ぐに進んだ先にある港町のクォンタムにあるようです。ですが、いくつも別れた青白い線が見えてはいたのですがどうしてかその場所を特定することも、どう入手するのかも視る事ができないのです。


私に見えるのは行くまでとヴァイス様がそれを手に入れた瞬間だけで、そこまでの過程がいくつも入り乱れるようにして変わって行くために私には分からないのです。」


 ミルラは悔しそうに左目に手をやる。ギリッと聞こえた音が彼女の歯を噛み締める音だと理解するのに時間は必要なかった。


「いや、十分すぎる程だ。ありがとう。そしてすまない。ミルラがいなければ、私は手探りで探さなければいけないところであったのだから場所がわかるだけでどれ程助かることか。


そして港町というのと非常に追い風であるな。どうなるにしても、私は必ず大陸を渡らなければならないのだからそのための情報収集は出来るだけ迅速にそして並行して行わなくてはならないと思っていたのだ。


近いうち.......そうだな、私が今教わってる剣術を理解出来次第一度クォンタムをは赴くとしよう。一度で見つかるのかは分からないが.......ここからクォンタムまでは.......そうだな、馬車を借りても半日は掛かるだろう。用意は限界までした方が良さそうだ。」


「分かりました。では、馬車の用意は私にお任せ下さい。一台で良ければ竜の巫女として蓄えてきただけよ資金もありますし余裕で手に入ることでしょう。」


 ミルラはジャラりと小袋を取り出す。中身は全て金貨のようで、小さな城も立つ程の量がそこには押し込まれていた。


「すまない。」


「いえ、私ができることは私に任せておいてください。あ、シュラス様方にはどう伝えましょう?

クォンタムまで行くとなれば一日二日程度で済む話では無いでしょうし、急に話した場合疑われてしまうかも知れませんよね.......。」


「彼らには何も伝えない。ミズキに修行のために少し外へ出るとだけ伝えてもらうことにして、彼らは巻き込まないようにしよう。」


 欠片がある場所は未来を読むことすら難しいというのは私もミルラも知っている。少なくともお互いに、彼らを巻き込みたい無いという意思は合致していたようだ。


「分かりました。ではそのように.......」


「おい。」


ミルラの声は低く怒りの篭もった声により中断させられる。その声の主は声色が変わっていても直ぐにわかった。


「どうしてそこにいる。シュラス。」


「ヴァイスが余りにも悲しそうに.......いや、分からないけど暗い表情をしていたから申し訳ないとは思ったけどつけさせて貰ったんだ。


なんで俺を頼ってくれないんだ。どうしてあれだけのことを話しておいて、その後から巻き込みたくないなんて考えになるんだ。


首都まで来た時点で俺も姉さんも覚悟は決まってたんだ。ヴァイスのために力を貸そうって。大した強くもないし、ここの事なんも知らないくせに一人で頑張ろうとするなよ。俺を頼れよ。」


 怒っている。しかしその表情はとても暗かった。


「これは竜である私とそれに深い関わりのある我々だけの問題。貴様のような人間を巻き込んではいい問題ではないのだ。


少なくとも私はこれ以降大陸を渡るまではシュラスと別れるつもりもない。そして私が渡るまでの間に必ず暮らせるように手伝いをしたいと考えている。」


 私は彼を刺激しないよう、出来るだけ丁寧にゆっくりと話した.......が、寧ろそれは悪い方向に転がったようで、彼の肩は小刻みに震えていた。


「それがおかしいって言ってんだよ.......。

俺は俺のためにここまで来てるんだ.......何を勘違いしてるのか知らないけど、俺はヴァイスのために行動してるんじゃない。ただ、困ってる人を手助けした結果が続いてるってだけだ。


だから途中まで乗りかかってるのに急に下ろして行くなんて俺は許さない。ヴァイスは求めてるものがあるってくらい俺にもわかる。


知らないのかもしれないけど、皆この大陸の人間は白い龍神様にいつも感謝して生きてきたんだ。その恩返しができるっていう特権を勝手に奪わないでくれよ。」


 彼は両手で私の胸元を掴んで叫ぶ。悔しさ辛さ怒り.......私にはその感情は分からないが、私の行動が彼の気持ちを無下にしてしまっていたということだけが理解出来てしまう。

しかしそれでも。


「貴様が死ねば姉はどうなる。私に巻き込まれるということは常に死のリスクが付き纏い穏やかな人生を暮らすことは出来ないかも知れないということであるのだぞ。」


「分かってる。それでも、俺に助けを求めてくれ。子供の我儘だと思って受け入れてくれればそれでいい。


姉さんは、俺がもっと強くなって一緒にいても守れるようになればいいだけなんだ。」


 グッと引き付けられる。その力強さにはやはり驚かされる。私が折れるしかない。そう思わせてしまうほどの威圧感が、彼の小さな体からは溢れていた。


「分かった.......。それでは私に手を貸してくれ。」


「おうよ!」


 シュラスは私の胸元を掴んでいた手を話すと、ニッコリと嬉しそうに微笑んだ。だがその顔はやはり子供のものであるようにしか感じられなかった。

しかし、彼の技術いや能力は本物だ。私では歯も立たないことは火を見るより明らかだろう。


 私とミルラはお互いに顔を見合わせ、小さく笑っていた。


「なら戻ろう。レーネを一人で待たせているのだろう。」


「そうだった。急に飛び出して来たから、早く戻らないと!」


 私達は駆け足で道場へと戻った。


「どこ行ってたの、シュラス。急に飛び出していくものだからビックリしたわよ。でも皆一緒なら心配は無いようね。」


 入口でキョロキョロと周りを見渡していたレーネはシュラスにそう言うと、中にある椅子へと腰を下ろす。ふぅ〜と椅子でお茶を飲む様子がこれ以上に無いほど似合っている。


 そんな彼女を本当に連れて行ってしまって良いのか.......。また一つの疑問が湧く。シュラスは戦闘能力に長けており、きっと生半可なモノでは問題にならないだろうがやはりレーネもとなると心配ではあるのだ。


「私はミズキに話を。シュラス.......いや、ミルラよレーネに話をして置いてくれ。」


 えっ.......とシュラスが何か言いたげな表情をしていたが流石に彼に任せると余計なことまで話しかねんと考え、ミルラに任せる。


 そして私はミズキの居るであろう部屋へと向かう。道場奥の廊下を抜けると、部屋の襖が閉まっている。


「ミズキ、今いいか?」


「ヴァイス君? なんだい?」


 ガラッと開けて中に入る。中ではまだ着替え途中だったのか、下着姿のまま頭をタオルでわしゃわしゃとしているミズキが居た。


「申し訳ない。着替えているならばそう言ってくれれば良かったのだが。着替え終わったら声をかけてくれ。」


 私は申し訳ないと思い、外へと出る.......が。


「いや、アタシは気にしないから大丈夫さ。」


 バサっと大きなシャツを広げると、ミズキはそれを被るようにして着る。別段何を思うわけでは無い.......はずなのだが、どこか気恥しいような気がしないでもなくその顔を直視出来なかった。


「それよりアンタ、一番手前のシャワー室使った?冷たい水しか出ないもんだからビックリしたじゃない。いつもあんな冷たい水を浴びてるのかい?

仕舞いには風邪ひいちまっても知らないよ。」


「あぁ。きっと私だと思うがそれはすまなかった。元々冷たい水を浴びるのが好きなものでな。」


 ミズキはアピールするようにわざとらしく体を震わせている。私からしてみれば火傷寸前とも思える程に熱々のお湯を浴びる方が体に良くは無いのではないかとすら思えるのだが。だが、そんなことよりも早く話さねばならない。


「ミズキ、本題なのだが私には捜し物がある。そしてその場所もわかってしまった為に近いうちに行かねけらばならない。行ってしまえば数日は戻ってこれないだろう。」


 返答は無い。後ろを向いたミズキは何も言わずにただ時間だけが流れる。


「そうかい。」


 小さくミズキは言いこちらへと振り向く。どこか冷たげな目と含みを持ったその口の動き。


「いや、そう勘ぐるな。今なんて直ぐに別離する訳ではない。ただそのための通過点のひとつである。私にはまだ学ばねばならない技術も多々ある故、言い方を変えれば出ていくことは出来ないのだから。


ただ、事は急を要する。そのためにまずきりが良い所までの指導が終わり次第行こうと考えている。」


「すまないね。アンタが龍神様.......いや、余りにも人間の死地に赴く時のような表情をしているものだから、もう別れなくてはならないのかと思ったよ。


そうさね、私がアンタに伝授したいことはいくつもあるけど取り敢えず三日。三日を貰えれば、アンタが戦えるくらいには仕立ててみせるさ。ただし、内容を詰め込むんだ。だから、多少厳しいのは覚悟しなさいな。」


「そうか、分かった。その方向で予定を組もう。」


 死地に赴くときのような表情。私がそんな表情をしていたとは微塵も思ってなかった。不思議なもので言われてしまうとどうしようも無く気になる。しかしそのことについて言及することは、感情的にしたくないと思ってしまった。



 それから三日の間、私は剣術を中心にいくつかの体術も加えたいなしの技術をミズキから教わった。

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