青い海と空、船首が切る波の音、鼻腔をくすぐる潮風の匂い。さぁ冒険だ!

 青い海と空、船首が切る波の音、鼻腔をくすぐる潮風の匂い。大きな船というのはなぜこうもワクワクさせられるのだろう。現代のフェリーであれ、大航海時代の船であれ、船に乗るという行為そのものが遠くの地へ行くという、冒険の最初の一歩なのだと思う。潮風と共に脳裏に浮かぶ、見知らぬ外国の食べ物や、音楽、異国の衣装を纏う人々……。すぐに目的地につく飛行機や高速鉄道では得ることができない感慨を私たちは船に対して持っているのだ。それに、ホーンブロワーシリーズの海戦、海底二万里、バウンティ号の反乱、レイフ・エリクソンの北米到達、シャクルトンの帝国南極横断探検隊……、海洋冒険小説と史実の冒険も差がないくらいに、海をテーマにした作品はドラマ性に満ち溢れている。

 本作、『ロワールハイネス号の船鐘』の物語は、海軍士官のシャインと船鐘に宿る精霊ロワールを軸として展開する。艦長としてロワールハイネス号を指揮するシャインにとってその船出は順調といえるものではなかった。船を襲う不幸や襲撃はやがてシャインの父であり反目しているアドビス、海賊、海軍の重鎮、そして母であり若くして亡くなったリオーネ、リュニス群島国へと繋がっていく。私たち読者は百三十万字以上の文字の海を航海するうちに、ロワールハイネス号の船員となって旅をしていく錯覚を覚えるだろう。
 
 さて、個人的に勧めたいのが「月影のスカーヴィズ」・「碧海の彼方」の中盤から後半にかけての二編である。その二篇の気になるタイトルをあげていくと「裏切りの砲火」、「燃えさかる甲板で」、「四本指の男」、「父と子」等、目でなぞるだけで冒険と戦いと陰謀と人間ドラマにあふれていることが分かる。前半の謎をこの二篇で明らかにし、それでいて最後の謎にむけて話のスケールを大きく昇華させている。ぜひ、この篇まで読み進め、魅力的な登場人物たちの活躍を楽しんで欲しい。そこまで至ったならば最終篇の物語の骨子である最大の謎の解明と、シャインとロワールの結末を手に汗して読み解くことができるはずだ。
 
 同じジャンルの映画などでよくご存じだと思うが、海洋冒険小説はその終わり方がたまらなく面白く、また深い余韻を持たせてくれるものである。王道の海洋冒険小説である本作の結末が、読者の期待を裏切らないことをここに保証しておきたい。

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