望みを叶える方法

 あのとき、中庭で鳥の姿に化けた悪魔は王子にこう告げた。

 悪魔は契約者を直接手にかけることはできない。

 だが、契約者が死を契約に望む場合にのみ、助言をすることができる。

 そうして悪魔が教えた死ぬ方法とは、王を殺すことだった。

「……そんなこと……できるわけがないよ……」

 王子は落胆した。

 彼は思い込んでいる。

 王だけがこの世界で唯一、自分を心から愛してくれる人間であると。

 いや、正確には思い込もうとしていた。

 だから王を殺すことなど到底できるはずがなかった。

 悪魔は思わず内心で嘲笑あざわらう。

 なんて哀れな魂だろう。

『では他の者たちは殺せるのですか?』

 王子は首を振った。

 そうだ、できるわけがない。

 王子は彼らを愛そうと必死なのだ。

 悪魔は王子の本当の望みを分かったうえで言葉巧みに誘う。

『では、やはり王を殺しなさい。貴方は父親殺しの罪で処刑されるでしょう。結果として貴方は殺されます』

 悪魔はこれがとても残酷な助言だということを分かっていた。

 だが、一番的確かつ、己の胸もすく方法だった。

『王が存命であれば、貴方をどうにかこうにか生かし続けるでしょう。例えば貴方が王妃や妹君たちを手にかけても、きっと真実を隠蔽いんぺいしますよ? 王は愛する貴方を失いたくないのでしょうから』

「……」

 王子は黙っている。

 眉間には皺が寄り、酷く苦しそうな顔をしている。

『貴方は愛するということがどんなことか、よくご存じない。受け入れるだけが愛ではありませんよ。現に王はいつだって貴方を強く望んで奪うでしょう? 貴方だって強く望んで奪っても良いのです。愛しているのなら、殺してしまいなさい』

「…………王を、殺す……」

 ぽつりと呟いた王子を眺め、悪魔はあと一押しだと算段をつける。

「……ねぇ」

 不意に呼びかけられ、悪魔は王子を見上げた。

 目が合うと、王子はにこりと微笑んだ。

「話は変わってしまうんだけど――貴方に名前を付けようと思うんだ」

 急な申し出に、悪魔は少しだけ深紅の目を見開く。

「名前を付けてと言われていたのに、私ときたらなかなか決められなくて。……いや、少し違うか……。どうしても、これしか思い浮かばなかったんだ」

『ほう、それは一体どんな名前でしょう……?』

「――リュクス」

『リュクス……』

「うん、もし嫌じゃなかったら、今日から貴方の名前はリュクス。リュクスだよ」

 王子はまるで確かめるように、馴染ませるように繰り返した。

『何か由来がおありで?』

 悪魔が訊ね返せば、王子は少し躊躇いがちに言った。

「遠い昔にね……目の前で死んでしまった、私のたったひとりの執事の名前……。――本当はね、貴方の姿を見たときに、とても驚いたのはそれもあったんだ。貴方があまりにも彼に似ていたから。髪や目の色は違うけど、本当にそっくりなんだよ」

『何故お亡くなりになったのかを訊ねても?』

 王子はこれ以上無いくらいに顔を歪ませた。

 そして絞り出すように言った。

「お母様がね――毒を盛ったんだ」

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